表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re.roaD:KeyProjecT  作者: 宇宙
3/4

最果ての楽園

何時からだろうか。戦場が死を恐れる場所ではないと認識したのは。

幼い頃、いや、産まれる前から決められていたその真実に対し、僕たちは疑問を持たない。

理由なんて物は無い。存在しない。有ってはならない。そう教え込まれてきた。


人の形をした獣を殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺す。それだけが僕たちの生きる価値であり、この世界の平和そのものなのだ。

だから、僕たちは戦う。存在証明の為に。この国の為に。



「明日より君たちには、3日間"戦線最前線フロントライン"にて実践を行ってもらう。」


教師の言葉から始まった地獄は、次の日から紛れもない真実として始まった。

激しい金属音が無機質な部屋の壁を乱反射する。銃弾、剣、防具。この戦線で滅びゆく小さな塊たちの運命が奏でる鎮魂歌に囲まれながら、学生たちは目的地に向かっている。


「楓、この作戦で昇格するぞ」


静寂に包まれた輸送列車の窓を開け、静かに呟く赤髪の青年は、隣でうたた寝をする白髪の青年に話しかける。無論、返事など帰ってくるはずもない。その代わりに、歪んだレールで宙に浮く金属音が返事をする。


「今から死にに行くのに、呑気な奴だな。」

「僕は死なないよ。死んでたまるか」


零れ落ちた愚痴に反応する様に、楓の瞼は上がり、赤髪の青年を睨みつける。

刃のように鋭い眼光が次に映したのは、歪な形をした鉄の城だった。


「また戻ってきたんだ。」

「あぁ、ここで生きて俺たちは昇進する」

「精々、生き残る事だけを考えよう。」


奇怪なブレーキ音を皮切りに、僕たちは死ぬ事が定められた地獄への一歩を踏み出した。




"戦線最前線フロントライン"

我が国へ挑む他国の侵略者を、一身に受け止め迎撃する唯一無二の戦略機関が設置されている。歪な形をした鉄の城は、人々からは"希望城"と呼ばれている。

しかし、名に反して中身はこの世界の絶望そのもの。


拠点に着いた途端、鼻腔を貫くのはこの世のものとは考えにくい、いや、考えたくも無いほどの腐敗臭と血の匂い。その発信源は目の前に転がっている。


「はぁ…。上層部たちは何してるんだろうな」

「死体処理する暇も無いほど忙しいんだよ。」


無造作に置かれた死体を横目に、僕たちは目的地へ足を進める。

ただ長い階段を登りながら、途中に積んである死体から銃弾を拝借する。この行為に罪の意識も悲しみも要らない。自分たちの生存確率を上げるための最善策である。

永遠とも感じれる時間を歩いた者たちは、遂に目的地へに踏み入れる。


「ここで何人死ぬんだろうな。」


そっと呟いた紅蓮の横顔は、近いうちに起こる惨状を予知しているかの様だった。僕たちは、ここで死ぬ予定なのだから、予知しても意味が無い。


「そんな事考えるだけ無駄だよ。さぁ、準備をしよう。来訪者が沢山来ている。」


視界に映る雲ひとつない青空と真っ青な海。これだけ見れば、ここは希望を象徴する場所になる。しかし、それは許されない。風景に似つかない大量の黒点が一斉に飛んできている。あれが、僕たちの命を刈り取る死神"独立型侵略兵器 餓狼がろう"

最先端を自負する隣国"鮮血帝国"から送られてくる最悪の使者だ。

全員が目標を確認すると同時に、範囲50mの"流星力ステラ"が活性化を始める。


「始めようか」


その言葉が紅蓮の口から零れた刹那、無数の鉄の雨が餓狼に向かって飛んでいく。一切の迷いがない銃弾が何十体の餓狼を殲滅させていく。


「次!」「補給組!遅いぞ!!」「流星力をもっと回せ!」「特殊能力ギフト発動します!」「場所を考えろよ!!」


様々な言葉が、この戦場を駆け回る。いつしか忘れられる者たちの言葉は、誰の耳に届く訳でもなく、吐き捨てられるだけど分かっていても。

耳を覆うカバーを貫通して鼓膜が震える。この残音が何時まで続くのかは分からない。でも、彼らはひたすらに命を謳う。

目で見える程、敵機の数は減る中で楓だけは嫌な予感を感じていた。


「紅蓮、1回下がるよ。」

「はぁ?お前の目は節穴か?残り少しで殲滅だ。もうこのまま潰すぞ。」

「違う。嫌な予感がするんだ。」


曇りひとつない瞳で全てを察した紅蓮は、後退する為銃を背負う楓に無言でついて行く。背後からは銃声と怒号が飛び交う。自分たちの成果の為、理想の為に決死の攻撃を仕掛ける彼らを、現実は惨い事実を突きつける。

楓と紅蓮が建物に入り、物陰に隠れた瞬間に、世界は先程までの希望の色を漆黒で塗り潰した。

心臓の奥底を震わせる様な衝撃と共に、天井が崩れ落ち、想像のキャパを超える大量の鮮血が目の前に飛び散る。

怒りも、悲しみも、苦しみさえも感じさせず、瞬きの間に起こった惨劇は、生存した2人にだけ理解することを許された。


「僕たち以外全滅だろうね」

「な、なにが」

「みんな死んだんだよ。」


淡々と現実を伝える楓と対照的に、焦燥感と非現実を受け止めることが出来ない紅蓮。聴こえるのは紅蓮の吐瀉物が地面で弾ける音と嗚咽だけ。先程までの喧騒が過去であり、もう戻らない時間であることを、2人は理解している。しかし、脳が理解出来ていないだけだ。



長いようで短い、それでいて色も付かない時間が過ぎ去り、落ち着きを取り戻した紅蓮は、口に大量の水を流し込み、潤んだ瞳で楓を睨みつける。


「なんで、なんで、俺だけに伝えた」

「それは…」


単純明快な疑問に、楓は返事をできなかったが、紅蓮はさらに追い打ちをかけてしまう。


「分かっていたなら、知っていたなら何故みんなに伝えなかった!?伝えていれば、また違う未来が…」


怒りと混乱に流された感情の塊が、楓に投げつけられたはずだったが、その言葉は途中で遮られることになった。


「そんな未来は見えないし、有り得なかった。」


真っ直ぐで誠実な言葉は、楓の瞳を蒼白く光らせた。


「未来はなかった。全滅するくらいなら、生存を選び取る。」

「お前…」

「結果はまだ話してないよ。」


言葉を遮り、乱暴に吐露された言葉と指さされた方向には、巨大な兵器がこちらを覗いていた。


「新型!?」

「いや、型なんてものじゃない。あれは、生物だ。」


ギロリと睨みつけた瞳は、確かに人工物ではない生気と確かな殺意が宿っていた。こちらに気付いた巨大な蜘蛛は威厳と絶望を撒き散らしながら、地面を揺らし歩みを進める。

この状況に飲まれ、正常な判断ができない紅蓮からは嗚咽と涙、震えが零れている。仲間を殺した、自分に絶望を押し付けるその生命に対して抱く感情は"恐怖"

なのに、何故目の前の彼は平然と立っているのだろうか。何故、武器を構えているのだろうか。何故、諦めないのだろうか。


「紅蓮、生きようね。」


その一言は希望の光が絶望を打ち砕いた。生存するこの国全ての生命に対して、「我らは負けていない」と伝えているようだった。



それからの事は覚えていない。視界に映った最後の光景は、自分の影がはっきりと瞳に焼き付くような光と、笑いかける楓の笑み。何故か安心するような、笑えてくるような描写が全てを包み込んだ。



「この実践の終了条件は、選抜メンバー80名中10名以下になった時。現在の生存者は2名。故に、この実戦は終了だよ。」


心地の良い風と声に導かれ、俺は長い眠りから目を覚ました。どれだけ時が経っているかは分からない。そもそも、何があったのか脳の処理が追いついていない。しかし、この胸の痛みは現実を覚えている。


「終わったのか?」

「うん。実践開始から30分で終了だよ」


ボヤける視界の中心で、醜く咲く一輪の花を俺は金輪際忘れる事は無い。たった30分で散っていった命と芽吹いた才能。多くの犠牲の上できっかけを掴んだのは、赤黒い血を浴びた一輪の花。

吐き気を催す悪臭と、異様すぎる明るさを放つ空間で、紅蓮はある予感を感じた。

目の前にいるのは悪魔と天使。どちらで在ろうとも、世界はこの者を選んで、命乞いをする。

だからこそ、自分はこの者を理解し、共感し、共犯者になる。


「僕たちの昇進は確定した。帰ろうか。」


それ以降、彼は口を開くことはなかった。

ただ、俺には理解出来ていた。

奴は全てを分かった上で仲間を見捨てた。利己主義の権化を産んだこの世界は、残酷で醜くい。それでも、花が咲くほど美しい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ