世界
「晴咲楓殿。貴君は本任務で敵部隊の戦力を削ぎ、無事任務から帰還した事を称え、学園ランクCとし学園順位180位を授与する。」
総勢15名の先生が見守る中、学園長室で行われているのは先日行われた任務で功績を残した楓の昇格式であった。新年度が始まって1ヶ月で部隊長クラス討伐の功績は、昇格に値することが決定し、楓は晴れて15歳クラスでは最上位のCランクへと昇格していた。
「明日からは、また学園生活を謳歌してくれたまえ。」
学園長の有難いお言葉が終わり、部屋が拍手で満たされる中、僕の心だけは満たされることは無かった。
本来であれば、ここに戦友が居たはずだった。あの戦友がいなければ任務をこなす事も出来ず、戦死していた可能性だってあった。それなのに、この昇格式どころか葬儀さえもなかった。
「ありがとうございます。より一層精進して参ります」
鳴り止まぬ拍手が気が遠くなるほど長く続いた。
ー国立 中央学園ー
この学園都市が有する8つの学校の1つである中央学園。全校生徒8000名を抱える本校は、名の通り学園都市の中央に位置し、8校の中で最も学生数が多い学園である。特記するべきところは、学生数ではなく戦力である。毎日のように侵攻してくる他国の防衛の為の戦力は、頭一つ抜けており学園都市、いや、この国が保持する最強の戦力である。
誰もが聞いたことがある歴史が淡々と読まれる授業は、本当に退屈で仕方がない。そもそも、今日戦場から帰ってきた僕が帰還初日から授業を受けなければいけない理由が分からない。
「晴咲、この都市が保有する学校を全部答えろ」
「へ?僕ですか?」
「あぁ。余所見をするほど退屈な授業だろうから、問題を出してやった。」
サングラスをかけた見るからに怖い歴史の担当教員は、チョークを手に僕を指した。クラスメイト18名の視線が痛いが、このまま口論しても意味が無いだろう…。
渋々立ち上がり、記憶の中にある情報を口に出す。
この都市には8つの学校があり、どの学校も国家防衛の為の学生部隊が所有されている。
中央学園、礼王学園、桜花防衛学園、有咲学院、魔術学院、都市学園、伯国学院、精霊学園の8校が存在し、この世界での防衛を担っている。
僕の答えに対し呆れたような溜息をつき、席に座るように指示する先生の顔は、いつ見ても恐ろしい。
「正解だ。授業を続けるぞ」
僕たちが戦場に出る理由。それはこの国を守る為。
30年前、宇宙から飛来した隕石が我が国へ落下した。
その日以来、世界で超人的な力を得た子どもが現れると同時に、落下した隕石には無限のエネルギーを持つ事が明らかになり、各国が僕たちの住む国へ戦争を仕掛けている。
そこで特殊な能力や超人的な力を持つ児童を集め、この国の防衛を行っているという訳だ。
30年前から現れた特殊能力を持った子ども達は、6~22歳の間だけ闘うことを許可されており、22歳以降は能力が完全消滅するため、後方支援などに回されるという研究の結果が出ている。その為、この国の防衛は子ども達が担っている。
退屈な授業にも終わりがある。優しい初夏の風が教室を通り抜けたと同時に、終了のチャイムがなると同時に、教室から出ていく教師と生徒たち。
生徒たちの楽園と呼ばれる放課後が始まった。
「楓〜、帰ろうぜー」
「学園順位30位の紅蓮くんは訓練とかしないのかな?」
僕の隣の席に座る赤髪の美青年"紅蓮"は苦笑いをしながら、窓の外に見える校庭の真ん中に立つ人を指さした。
「今日は、湊会長が居るんだ。あの人の隣で訓練なんか出来ねぇよ」
「あー、なるほどね。」
指さした先にいる人こそ、1人で300人に匹敵する実力者"湊 皐月"さん。この国で"猛者"の二つ名を冠し、齢19にして、全学園の最上級執行機関"生徒会"の会長に鎮座する方だ。
「湊会長に見つかると、生徒会への勧誘が酷いんだよ」
「いいじゃん。生徒会に入れれば、人生勝ち組だよ?」
「何を言ってるんだよ。生徒会に入ってしまったが最後、自由と青春を手放すことになっちまう…」
苦虫を噛み潰した様な表情を見て、何かと察するものがある。
紅蓮の言う通り、生徒会に入ること事は自由と青春を手放すことになる。生徒会はこの学園都市で最も力を持つ組織。彼らの一言で都市を破壊することだって可能だ。都市に勝る力を持つ生徒会に入ることが出来れば、学校ではもちろん、都市内で羨望の目と明るい未来が確約される。それ故に、目指す者も多いが、殆どはその夢は夢として終わる。
「まぁ、いいや。任務報酬も入ったことだし、今日はパーッと遊ぼうか」
「おっ!いいねぇ!楓くん、君を俺を楽しませる隊長に任命する!」
「いらないから。ほら、行くよ。」
去りゆく教室に、どこか寂しさを覚えながら、僕は放課後という楽園を満喫するため、足早に学校を抜け出した。
この学園都市は総面積は343k㎡、総人口148万人の都市であり、楕円形の区切りに囲まれた様に位置している。そして、この都市には各学校が統治する区があり、僕たち中央学園は1区に指定されている。
この広さに迷い、自治区に帰ることが出来ない人も居るとか居ないとか。
僕たちが向かったのはこの地区一の商業地域だった。
「今日、人が多いな」
「華金ってやつだしね」
いつも混みあっている商業施設だが、週末を満喫しようとする学生や社会人でより一層騒がしい。すれ違う人たちの殆どは学生服を着ている。この都市には都市が保有する8校以外にも私立学校だけでも50校以上ある為、人口の5割は学生で構成されている為、週末の娯楽施設は常に大賑わいだ。
数多くの人とすれ違う中、僕たちが向かった先は人通りが少なくなる地下5階のとあるお店。
「紅蓮、誰にもつけられてないよな?」
「もちろん。俺の能力を舐めてもらっちゃ困るぜ」
後方に誰もいないことを確認し、古びた木製のドアを4回ノックする。
『合言葉は』
「龍結晶」
扉の奥から聞こえてきた無機質な声に応えると、ゆっくりと扉が開き、僕たちは足並みを揃えて中へと踏み入れる。
娯楽と言えば…
「っしゃぁぁぁ!!5.8倍!!!」
握り締めた紙を天高く掲げた紅蓮と、明らかに落ち込んだ様子を見せる楓の前には、巨大なスクリーンがそびえ立っていた。