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20. 交渉

 マグリットが捕まらず、ヴィクトールは仕方が無いので妹のロクサーヌとファーストダンスを踊ってその場を取り繕うと、二曲目は誰とも踊らずに会場内で彼女を探しながら歩いていた。

 

 彼の思い描いていた計画とはだいぶ異なってしまっていたが、それでもヴィクトールは軌道修正を諦めきれなかったので、彼は会場内を見渡してマグリットを探していたのだが、そんな時に背後から誰かに呼び止められたのだった。


「ヴィクトール様」


 その澄んだ声に驚いて声の方へ振り向くと、そこには正に彼が探していた人物が立っていたのだ。


「マグリット様、探しましたよ。貴女をファーストダンスに誘いたかったけれども、他の方と踊ったんですね。」

「えぇ。丁度知り合いと話していた時に曲が始まったので、彼と一曲踊りましたわ。」

「それは残念でした。しかしこうしてお会い出来たのですから、次の一曲は、私とどうか踊ってくださりませんか?」

「折角のお誘いですが、私、ヴィクトール様とはダンスよりお話がしたいんです。」


 柔かに微笑みながらも、マグリットは凛としてヴィクトールの申し出を断った。

 彼女がヴィクトールに会いに来た理由は、ダンスではないのだから、自分の用件をハッキリと主張して彼と話をしなくてはならなかったのだ。


 そんな彼女の様子に、ヴィクトールは驚いていた。今までの彼女であれば、こちらからの誘いに困惑する様子は見せるものの、こうもハッキリと自分の意思を示す事は無かったので、何かが、彼女の中で意識が変わった事を察した。


「そうですか。それでしたら、ここではなんですし場所を移しましょうか。」

「はい、そうして頂けると嬉しいですわ。出来れば二人だけでお話ししたいので、余り人が居ないところが良いですわ。」

「分かりました。ではこちらに。」


 そう言ってヴィクトールはマグリットの手を取ると、テラスへと案内したのだった。



 夜のテラスは、室内の喧騒が遮断されて嘘のように静まり返っていた。

 月明かりの下で向かい合う男女というシチュエーションは、まるで恋物語の一場面のようで合ったが、しかし、これからする話はそんなロマンチックな物では無かった。


 マグリットは、ヴィクトールと二人だけになると、彼が何かを言う前に、腰を折って深く礼をすると謝罪の言葉を口にしたのだった。


「ヴィクトール様、申し訳ありません。私、貴方とは婚約出来ませんわ。」


 いきなりの彼女の言葉に、流石のヴィクトールも面食らったが、それでも彼は余裕のある笑みを浮かべて、ゆっくりと口を開いた。


「理由を聞いても?」

「侯爵家の娘としては、あり得ないと思いますが、私、恋がしたいんです。」


 柔らかく微笑みながらも、しっかりとヴィクトールの目を真っ直ぐに見て、マグリットは答えた。

 彼女の中に、もう迷いは一切無かった。


「貴方と恋をするその相手が私かもしれませんよ?」


 そんな彼女の様子に、少し困りながらもヴィクトールはマグリットとの話を続けた。地盤を固める為には、マグリットとの婚約は必要なのだ。だから心が決まっている彼女に対して食い下がったのだが、しかし、彼女の意思は揺るがなかったのだった。


「それは無いと思います。だってヴィクトール様は、私を見ていませんわ。貴方が見ているのは私自身ではなくて、レルウィン家との繋がり。いいえ、もっと言うとシゼロン公爵家との繋がりですわ。」

「……いけませんか?」

「貴族としては当たり前のことだと思いますわ。けれども……ごめんなさい。私は、それが受け入れられなかった。だって側で従姉妹があんなに幸せそうな婚約をしたのだから、私も夢を見たいと思ってしまいましたわ。」


 既に気持ちが固まっているマグリットには何を言っても、彼女の考えは揺らがなかった。


 微笑みながら堂々と自分の気持ちを告げるマグリットに、ヴィクトールは深くため息をつくと、呆れたように首を横に振ったのだった。


「有り得ない……公爵家と繋がれるチャンスを棒に振るなんてどうかしてるよ。この話を断ることで、君の家の立場が悪くなるとは考えないのかい?」

「あら、そうでも有りませんよ。私の話を、最後まで聞いてください。」


 マグリットはニッコリと笑ってヴィクトールの問いに答えると、自信たっぷりにそのまま話を続けた。


「ヴィクトール様の目的が、家同士の結び付きの強化であるならば、私と婚約しなくても他にも手立てはあると思うのです。例えばそう、ビジネスパートナーとか。」

「君とビジネスパートナーだって?!」

「いいえ、私ではヴィクトール様のパートナーには慣れませんわ。」

「それでは一体……。」

「私の従兄弟のアルバートですわ。彼だって、シゼロン公爵の甥ですから仲良くして損は無いでしょう?貴方はエリオットと既に仲が良いから、それに加えてアルバートと事業提携をしたら、ノルモンド家とシゼロン家の関係は揺るぎない程に強固になりますでしょう?」


 マグリットの出した提案に、ヴィクトールは驚きを隠せなかった。まさかマグリットからこんな申し出があるとは思わなかったのだ。

 確かに彼女の提案は魅力的な物だった。アルバートは家柄が良いだけでなく、事業家として成功しているので彼と仲良くなれるのならばそれはとても美味しい話なのだが、しかしヴィクトールにはこの話がそんなに上手くいくとは思えなかったのだ。


「確かに、良い話だと思うけれども余り現実的ではないのでは?私は彼と全く面識がないのだよ。」

「それは、私が取り持ちますわ。アルは私の話なら必ず聞きますから。」

「それだけじゃないよ、彼はエリオットと仲が悪いそうじゃないか。普段からエリオットと親しい私と果たして手を組みたいと思うだろうか?」

「それも多分大丈夫ですわ。アルとエルの仲違いは、きっともう直ぐ解決しますから。本当、あの二人はもっと早くに腹を割って話し合うべきだったのよ。」

「どうして分かるんだい?」

「ふふっ、それは従兄妹だからですわ。」


 そう言って悪戯っぽく笑うマグリットに、ヴィクトールは一つ大きなため息をつくと、降参だと言わんばかりに両手を挙げた。


「君は……全く、面白い事を考え付くんだね。」

「お褒めいただき光栄ですわ。」

「分かったよ、貴女との婚約は諦めよう。その代わりそちらの提案通り、キッチリとアルバート様との事業提携の話、纏めていただきますよ。」

「ええ、お任せ下さい。」


 マグリットは満面の笑みでヴィクトールに微笑むと深々と頭を下げてこれを了承したのだった。


「しかし、残念だな。」

「えっ?」

 話し合いは無事に終わったと思っていたのに、不意にヴィクトールがそんな声を漏らしたので、マグリットは思わず彼の顔を見上げた。


「貴女は思ってたよりずっとずっと聡明で素敵な人だった。私が射止められなかったのは実に勿体無いな。」

 彼の口から出た言葉は、マグリットは思っても見なかった言葉であったが、ヴィクトールは心からそう思って居たのだ。


 けれどもそんな彼の言葉に赤面するでもなく、マグリットは少しだけ難しい顔をして、言ったのだった。


「そういう所ですわ、ヴィクトール様。」

「うん?」

 ヴィクトールはマグリットが言わんとしている事の意味が分からずに首を傾げた。自分は一体何をダメ出しされたのかが分からないのだ。


 するとマグリットは少し残念な者を見るような感じで、ヴィクトールの駄目な所を指摘したのだった。


「私が貴方とは恋愛出来ないと思ったのはそう言う所ですわ。勿体無いだなんて、損得で考えているのが丸分かりですわ。そこはもっと、別の言葉で表現しないと。」

「成程……では例えば、私が射止められなかったのは悔しいです。とかですかね?」

「……まぁ、及第点ですわね。」


 そう言ってマグリットがまた悪戯っぽく笑ってみせると、ヴィクトールも彼女には敵わないなといった感じで、つられて一緒に笑ったのだった。

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