1. 従兄妹たちのお茶会1
「それで、マグリット様はご存知なんですの?アイリーシャ様の婚約ってどの様にして纏まったのかしら?」
「そうですね、まだリーシャに会えていないから、詳しくは聞いていないですの。」
「まぁ、やはりこの婚姻は政略的な物で本人たちは仲がよろしくないから従姉妹であるマグリット様にもお話ししたくないのかしら。」
「単に忙しくてリーシャと予定が合わず、彼女の婚約が決まってからまだ会ってないだけですわ。」
マグリット・レルウィンは、華やかな茶会の席でうんざりとした気持ちを隠しながら、にこやかに微笑み、周囲と適当に話を合わせていた。
どのお茶会に出席しても、ここ最近はずっと従姉妹であるマイヨール侯爵家のアイリーシャがメイフィール公爵家の嫡男であるミハイルと婚約した事について話題を振られるので、マグリットはいい加減嫌気がさしていたのだ。
(まぁ、リーシャとミハイル様の婚約なんて噂話の格好の的だから仕方ないんだけどね……)
従姉妹のアイリーシャはマグリットと同じ王太子殿下の婚約者候補であったし、ミハイルは王太子殿下の側近なのだ。そんな二人が婚約したとなれば、一体どのようなロマンスがあったのかと興味を持たれるのも当然だった。
そしてその一方で、この二人の婚約を政略結婚だと穿った目で見る者も少なくなかった。
何故ならミハイルは次期メイフィール公爵であるし、アイリーシャも侯爵家の娘ではあるが、母方の生家がシゼロン公爵家なので、現シゼロン公爵の姪に当たるのだ。
そんな二人が婚約したとなると、このシュテルンベルグ王国を支える五大公爵家内の勢力図が変化するのは明白で、本人たちの知らない所で、色々な憶測が飛び交っていたのだった。
「と、まぁ。世間では色々好き勝手言われてるけれども、見当違いも良いところよね。」
先のお茶会を早々に切り上げて、マグリットはその足で、渦中の人物……従姉妹のアイリーシャに会いにマイヨール家に出向いて、社交の場で囁かれていた、いい加減な噂話について零していた。
マグリットは、アイリーシャとその兄であるアルバートの三人で従兄妹会と称して、こうして定期的に会って息抜きをしているのだ。
王太子殿下の婚約者候補から外れた時から、今まで出来なかった分マグリットは社交の場に積極的に出ていたが、聞きたくも無い醜聞や妬みや嫌味など、棘のある言葉ばかり聞いていたら辟易してしまったので、しがらみも思惑も駆け引きも無い、この従兄妹会はマグリットにとって癒しだった。
「まぁ、世間ではメイフィール家とシゼロン家の結びつきを強固にする為の政略結婚って噂まで出ているけれども、シゼロンの伯父様はリーシャの婚約については完全に蚊帳の外だったけどね。」
そう答えるのは、アイリーシャの兄のアルバートだった。彼はそんな世間の面白くない噂話などどこ吹く風という様に、妹と従兄妹を前にして優雅に紅茶を楽しんでいた。
「そうね。伯父様はこの件には全く関与してないわね。伯父様はね。……アル、貴方が仕組んだんでしょう?」
「人聞きが悪いなぁ、マグリット。僕は少し焚き付けただけで後は本人同士が決めたことだよ。」
ニッコリと微笑むアルバートを、マグリットはそれ以上は何も言わずに胡散臭いものを見るような目で一瞥した。
アルバートに小言や嫌味を言うだけ無駄だと、長い付き合いだからこの従兄弟の性格はよく分かっているのだ。
「まぁ、いいわ……。とにかくリーシャ!婚約おめでとう!!」
「有難う、マグリット!」
マグリットはアルバートを無視してアイリーシャの手を取り、まるで自分のことのように満面の笑みで従姉妹の婚約を心から祝福した。
彼女とミハイルの婚約は政略的なものでは無く、二人は人知れず交流を重ねて想いを通じ合ってのものだったので、そのやり取りを見守っていた身としては、本当に彼女の婚約が嬉しかったのだ。
それに、政略結婚が多い貴族社会の中で意中の相手と婚約を結んだアイリーシャはマグリットにとっても希望でもあった。何故ならそれは、マグリットが理想とする恋の完成形だったから。
「ところでマグリット、リーシャの婚約を自分の事のように喜んでくれるのは嬉しいけれども、君はどうなの?良い人はいるの?縁談は進んでいるの?」
「あら、アルにそんな事聞かれるなんて思っても見なかったわ。」
「そう?リーシャよりは僕の方がそう言う事聞きそうじゃない?」
「……確かにそうね。」
少し残念そうな目をアルバートとマグリットから向けられたけれども、アイリーシャにはその理由が分からずキョトンとしていた。 彼女はこういった事には疎いのだ。
けれどもアイリーシャは、そんな二人の反応に特に気にする様子もなく、そのまま二人の会話に加わった。
「でも確か、マグリットにも良い人居るわよね?前そのような事話していたじゃない?」
アイリーシャは以前、マグリットから手紙のやり取りをしている伯爵令息が居ると聞いていたのを思い出して、それを彼女に訊ねたのだ。
するとマグリットは、少しだけ暗い顔をして深刻そうに二人に抱えている問題を打ち明けたのだった。
「えぇ、そうなのだけれども……。彼の方が家格が低いからか、お父様が中々認めてくれないの……」
そう言ってマグリットは深いため息を吐いた。
アイリーシャが言う通り、マグリットには手紙のやり取りで親しくなってお付き合いしている令息がいるのだが、彼女が侯爵家なのに対して、その彼は伯爵家の人間なのだ。
それが理由かは分からないが、父である侯爵が、一向に彼に会ってくれなくて、マグリットは本当に困っていたのだった。