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カトレア帝国の花  作者: 西原昂良
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2章1

 ――ああするしかなかった。

 レイラは幼いカールとクリスティアナをほおっておくことは出来なかった。何度あの状況になろうと同じ選択をするだろう。オブシディアン公爵と公爵夫人を亡くした時は心細かったが、カールもクリスティアナも立派に育ってくれた。


 だが、最初からやり直せるなら……。レイラはフレデリックに生きていて欲しかった。もちろんクレアにも。彼らを死に追い込んだ犯人を見つけることが出来なかった。再婚できず、公爵家に後継者を残せなかった。


 後悔は、山ほどあった。


 白い結婚なんて言い出さなければ……。だけど、白い結婚だったからこそ、カールとクリスティアナを守れたのも事実だ。レイラとフレデリックに子供がいたらカールは皇帝になれなかったし、例え白い結婚でも皇后であるレイラがいなければまた二人を守れなかっただろう。


 ――今なら……まだ何も始まっていない今なら、自分はどうすればいいのだろう。


 レイラは小さな手で頭を抱え、考えに考えた。レイラはもう権力に甘んじたわがままな令嬢ではなかった。兄のような夫を亡くし、同志である親友、皇妃も亡くし、両親を見送るとあまりにも孤独であまりにも辛い人生だった。カールとクリスティアナの存在は生きがいでもあり、彼らの人生を支えることは重圧でもあった。彼らの命を案じていつも気が休まらなかった。


 助けよう。レイラはパッと目を開け未来を見据えた。フレデリックとクレアが生きる人生――を。カールとクリスティアナにとっても両親が揃っている方がいいに決まっている。まずは黒幕を探す。馬車の事故があった日は出かけさせない。対策は色々打ちようがある。もういっそ、自分は最初からフレデリックと結婚せずにクレアを皇太子妃にして、いずれは皇后にすればいいのではないだろうか。レイラは彷徨わせていた視線を固定した。……カールとクリスティアナは必ず生まれてくるのだろうか。


 レイラは実の息子、娘のように寄り添った二人にまた会いたかった。また会えることを祈るしかなかった。


「とにかく、出来ることをするしかないわね。今回も孤独な戦いになりそうだわ」

 レイラはそ呟いた。だけど、今回はやる気に満ち溢れていた。なぜなら、レイラの大切な人たちはまだ生きているのだから。


「やるしかないわ」

 レイラは強く誓った。


  お父様とお母様にも随分と心配をかけたわ。私が白い結婚なんて考えたために子供も産めない女だと陰口を叩かれ、挙句私の子供のうちの一人を公爵家に返す約束も果たせず、お父様は夫を亡くした私のために帝国のために尽力してくれた。私のせいで公爵家はお父様亡き後は衰退してしまった。私にもっと思慮深さと能力があったなら……。


 レイラは自分の人生についても考えた。

 出来るなら私も自分の子どもを持ってみたい。身近で見たフレデリックとクレアのお互いを見る眼差し。あれが恋と言うのなら素晴らしいものなのだろう。レイラはいつもは慎ましいフレデリックのらしくない態度を思い出し少し笑った。そして、自身が子供を生むことで公爵家にも恩返しをしたいと思ったどんな状況でも自分を信じ支えてくれた両親の愛に報いたい気持ちだった。


 レイラは自分の小さな手のひらを見つめた。……5歳。確か、フレデリックとの婚約が決まったのは6歳だった。


「よし」

 レイラは立ち上がり、父である公爵の元へと向かった。


 コンコンとドアをノックする。公爵はノックの主がレイラだとわかると目を細めた。レイラは公爵のまだ皺の刻まれていない目じりに、父の若さを知る。

「お父様……」

「どうしたんだ、レイラ。立ってないでこっちへおいで」

 レイラは言われるまま公爵の膝の上に乗った。温かくて、幸せで、とうの昔に置いてきた記憶と重なった。公爵は単にレイラが甘えに来ただけだと思ったのだろう。ずっと静かにレイラの顔を見つめ頭を撫でていた。レイラもしばらくは懐かしい心地よさに浸っていたが、言うべきことをまとめてこなかった後悔に変わった。


 5歳の子どもが急に自身の結婚話を切り出すのは不自然ではないだろうか。仕方なくレイラは精一杯無邪気さを装った。

「ねえ、お父様。もう結婚相手を決めないとだめってほんと? 」

 レイラの言葉に公爵は綺麗な目を見開いた。が、直ぐに顔をほころばせる。

「ああ。それで不安になってここへ来たんだな? 」

 レイラは公爵の5歳の娘を微笑ましく思う感情にあやかることにして、こくんと頷く。

「わたくし、結婚なんてせずに、ずっとここにいちゃだめ? 」

 おおよそうまくいったようで、公爵は眉を下げた。

「ああ、私だってそうしたいんだが、そうもいかないんだよ。そのかわり、ずっと近くにはいると約束しよう。……それに、うんっと素晴らしい相手をこの父が選んでやるからな」

 父は本当にずっと近くにいてくれた。そう思い出すとレイラは目頭が熱くなった。それが功を奏した。

「ああ。泣かないでくれ、レイラ。まだまだ先のことだ」

「……お父様。せめて結婚相手をわたくしが選んではだめ? 」

 レイラはきゅっと公爵に抱きついた。

「……。レイラ、もしかして……好きな人でもいるのか? 」


 そう聞かれて、レイラは自分の考えの無さに心底うんざりした。前もって考えておくべきだった、と。

 

 

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