1章2
パチパチと瞬きを繰り返した。病床で霞んだ視界……が、嘘のように鮮明に見えていた。その天井は馴染みがあるが、懐かしい。……ここは?
レイラは、ぐるりと辺りを見回した。間違いない。ここは……。
ガバッと起き上がりさらに綿密に辺りを見回した。天蓋ベッドにはふんだんにドレープを使った刺繍のカーテン。オークのチェスト。カクトワールには、お気に入りの人形が置かれていた。明るい色の壁紙。そこに掛けられたタペストリー。敷き詰められた厚いカーペットは、ベッドにいてもとってもふかふかなことを知っていた。
「私の部屋……」
は、と短く息を吐いた。まだ走馬灯を見ているのだろうか。レイラの自室だった。自室は自室でも、皇宮の自室ではない。結婚前の自室、オブシディアン公爵家の自室だった。
レイラはあまりの精巧さにしばらく見入っていた。なんて、鮮明な走馬灯なのだろうか。すると、静かにドアが開き入って来たのはレイラ付きの侍女アメリアだった。アメリアも当時のままだ。健康的な肌に鼻の上には薄い褐色のそばかすが浮いていた。じっと見入っていると、いつもは好奇心旺盛なその瞳を潤ませた。
「まあ、お嬢様! 」
そう言ってレイラに駆け寄るとレイラの額に手を当てほおおーと長い溜息を吐いた。
「よか、よかった。私、しんぱ、いえ、こうしてられないわ」
そう言って今度は賑やかにドアを開けて出て行った。公爵家の長い廊下にはアメリアの大きな声が響いた。
「旦那様、奥様、お嬢様が目を覚まされましたああああああああ」
いつもならはしたないと誰かが注意しそうなものなのに、この日はそうするものはいなかった。レイラはこんな過去があったかしら、と首を傾げた。すっかり忘れてしまった程度の記憶をわざわざ走馬灯で見るのだろうか。
賑やかに廊下を走ったのはアメリアだけではなかった。まさか、行儀作法にあれほど厳しかった両親、続いて医師、数人の使用人。皆一様に肩で息をして酷い形相をしていたが、ベッドで上体を起こしたレイラを確認すると揃って安堵の表情を見せた。
やはり、このように珍しい姿を覚えていないはずはなく、走馬灯で見るほどのインパクトだったのだろうと結論付けた頃にはレイラの美しい顔は同じく美しい公爵と公爵夫人の顔で形が変わるほど挟まれていた。
走馬灯にしては感触やぬくもりまでもがリアルだった。
どうやらレイラは熱を出して数日間寝込んでいたらしいということがわかった。それから、朝が来て夜が来て、また朝が来るうち何度か既視感に襲われたレイラはこれが走馬灯ではなく、5歳に戻ったのだということを認めるほかなかった。