おっさんが転生したら姫騎士だった話
みなさんどうもこんにちは。
社会の歯車として社畜の中村、38歳おっさんです。
おっさんの俺が夢の異世界転生をした話を聞いてください。
始まりは金曜日の夜でした。
繁忙期で地獄の一週間が終わった夜、俺は彼女と居酒屋で楽しく酒飲んだ。
彼女に久々に会えたこと、仕事から開放された俺はいつもより酒を飲みすぎた。
駅へ向かう帰り道、うっかり転んで車道に転がり出て、トラックに引かれて死んだ。
そして異世界へ転生した。
トラックに轢かれて異世界転生とかオタクの夢だ。
だって社畜でヘコヘコするより、異世界転生ライフを楽しむほうが100倍いい。
だけど死ぬ直前に彼女としていた会話が悪かったのか、ちょっと、転生した先で困ってる。
俺は生粋のオタクで彼女は腐女子、明るく楽しいオタップルだった。
そんな俺達の会話の基本はヲタトーク。
お互いに年季が入ったオタクで厨二臭が酷い。
居酒屋家からの帰り道の会話もそうだった。
俺たちはたっぷりと飲み食いした居酒屋を出て、駅へ向かい歩いていた。
彼女は腹をさすり満足げに歩いてこう言った。
「ふぅ~食べ過ぎちゃった」
「君は飲むより食べるからねぇ~」
「だって美味しかったんだもん。くるしぃ~ぶひぃ~」
腹をペシペシ叩きながら、にししと笑い茶化してくる。
彼女の飾らない所が本当に癒されるが、俺はノリ良くツッコミを入れる。
「ふひぃ~ってオイ、オークか!」
「ひどぉ~い、彼女の事オークとか言わないでよぉ~。ってか、私がオークなら貴方は姫騎士ですからね」
「意味わからん」
「ほら、オークとくれば姫騎士じゃん。彼女の私がオークなら彼氏の貴方は姫騎士だと設定いいかんじでしょ?」
姫騎士といえばオークとセットとかエロゲの世界だから。
日頃から腐った妄想で生きている腐女子の思考は俺にとって意味不明だ。
「いやいや、40歳手前のおっさんに姫騎士とか草生えるから」
「ふふふ、姫騎士ぃ~」
こいつ酔っているせいかしつこいな。
可愛く寄ってきても、おっさんに姫騎士とか勘弁して欲しい。
俺は彼女を引き剥がした。
「やめろ酔っ払い。じゃぁ俺地下鉄だから。また、日曜にな」
「うん。またねぇ~」
彼女と分かれた後、俺は転んでトラックに引かれて死んだ。
そして異世界転生をした。
目を覚ますと見知らぬ森だった。
コンクリートジャングルの街の気配は一切ない。
視界には深く広がる森、土の香りがする。
自分の姿を確認すると、白銀で細工が美しい甲冑、ポヨンとした柔らかい胸、上質な布でできたスカートからスラっと伸びた足が見えた。
んん?
ポヨンとした柔らかい胸‼
スカートからスラっと伸びた足⁉
お、お、オカシイぞ。
俺の足は短いし、腹は中年らしくぽてんとしてる。
俺は混乱しながら持ち物に鏡が無いか探った。
肩に下げていたカバンを探ると手鏡が入っていた。
鏡に映った自分の姿を見て驚愕した。
鏡には輝く金髪、形の良い輪郭、青く大きな目、ぷるんとした唇の美少女が映っていた。
信じられなくて自分の顔を手で触る。
鏡に映る美少女も顔を手で触る。
やっぱり鏡に映っているのは俺らしい。
記憶を探ってみると、社畜の俺、今の美少女の記憶が頭に浮かんだ。
今の美少女はこの国の姫でありながらも武術に長けているので騎士として国を守護している。
王都周辺でオークの目撃情報があり偵察でこの森を馬で走っていたら落馬して俺が目覚めたようだ。
つまり今、俺はオタクが大好き姫騎士ってやつだ。
くそぉぉお、折角の異世界転生なのに、転生前にしていた会話のせいで転生先が姫騎士ってなんだよ。
俺は転生するなら実力があるのにパーティーから追放されて元仲間を見返すざぁ系主人公とか、スライムだけど最強とか、無職だけど転生したら頑張れるとかみたいになりたかった。
おっさんが姫騎士とか、夢が無さすぎる。
はぁ~とりあえず馬を探して王都に戻るか。
姫様が乗る馬なんて躾がちゃんとしているはずだから、遠くには行ってないはずだ。
ってぇぇ、馬を探していたらオークを見つけてしまった。
そして速攻オークに襲われてるんですけどっぉぉ。
武力で襲われるじゃなくて、性的に襲われるのはお約束なのかよ。
姫騎士とはえ騎士は騎士。
それなりに強いかと思ったけどクッソ弱いんですけど。
これもお約束なのか。
いやいやいやいや、元おっさんだからこそ○○○とか見るの無理だから!
美少女になって絶望しているのに、オークに襲われる。
俺は涙ながらに両親に純潔を失い、先立つ不幸をお許し下さいと心で詫びた。
あっもう、ある意味、先立ってるわ。
「やっと見つけたぞ‼」
「姫様ぁー、お助けします!」
「卑劣なオークがぁ、姫様に無礼を働くとは許さん!」
絶望していたら助けが来た。
流石は姫、一人で行動なんてしてなかった。
助けに来た連中は強かった。
あっという間にオークを討伐し、俺を助け出してくれた。
だけど、俺を助けに来てくれた連中を見て更に絶望した。
キラキラ俺様王子と、笑顔が素敵で屈強な騎士と、色気の凄い美形神官だったからだ。
ある意味お約束展開だけど、俺興味ないから。
美少女姫騎士と俺様王子と騎士と美形神官のパーティーとかお約束展開ですよね。
でも俺、オタクのおっさんだから、マジ興味ないから。
ぶっちゃけ嫌だぁぁーと思っている俺をイケメン達はチヤホヤして王都に引きずっていった。
囲まれるならお色気オネェさんとかギャルに囲まれたかった。
でも、夢の異世界ライフをゲットできたんだから、生き残るために頑張ろうと心に決めた。
そんで、貞操を守る!!
こうして俺の異世界ライフは始まったが、ずっと困っている。
姫騎士の俺は金髪碧眼の巨乳美少女なのでハイスペイケメン達にモテている。
誰もが憧れるイケメンにモテてるけど嬉しくない。
モテるって夢だったけど、実際にモテるとなんか違う。
イケメンだからって俺の体ベタベタ触るな!!
許可なく性的に体触って来るって、イケメンでもオークと行動一緒だからな!
誰にも憧れの眼差しを向けられて、人格者とか言われているハイスペイケメン達でも、俺を好きな理由は外見だけ。
全然中身なんて見てない。
好きになったきっかけは外見でも、同じ時間を過ごすうちに内面を好きになる。
そう思って行動を一緒にしたけど駄目だった。
結局俺の見た目と巨乳が好きらしい。
はぁ~、こんなイケメン達より、現世で俺と付き合ってくれていた彼女は良かったなぁ。
俺は例に漏れず、中年ぽてん腹のキモオタ社畜だった。
会社では人に絡まず、服装を清潔にする事を徹底していたので普通に生活できた。
ゴミ扱いはされなかったが、女性からはモテなかった。
オタクとして喜びを分かち合える友人は二人ほど居たが、恋人は36年間できなかった。
魔法使いにはなれなかったが、37歳で彼女ができた。
会社の後輩の結婚式で出会った彼女。
出会って三秒、お互いにオタクと認識して会話をして意気投合。
付き合う事になった。
酷い偏見だが俺は今まで女性オタクや腐女子は夢と自分の理想ばかり押し付ける嫌な女性と思っていた。
だけど実際には違った。
女性と触れ合わない人生すぎて認識が歪みきっていたのだ。
彼女は推しカプについて語りだすと魔物みたいだったが素敵な女性だった。
オタネタで会話できるし、今季や昔のアニメの話もできる。
ソシャゲや好きな声優のイベ日に自分の時間が欲しいと言うと「わかる!私もそうだから、イベント楽しんで」と俺の気持ちを尊重してくれた。
彼女は一見すると普通のアラサーOLだった。
キモオタ社畜の俺を恋愛対象にしたか聞くと、こう答えた。
「いや、私も女性の中ではブサ子になるし。若い時はリア充に憧れて、リア充男性と付き合って、釣り合うように努力してオタクなの隠してたけど、なんか違ったんだよね。やっぱ自分を偽らず、素で居れる方がいいと思ったの」
ふぁ~、自分でブサ子とか言いながらも過去に彼氏居たんかい。
やっぱ男と違って女は人生イージーモードだな。
「中村さんと居ると、自分を偽る事なく一緒に居れるから。見た目とかどうでもいいよ。中村さんと話してると兎に角楽しいの。だから好きなの。中村さんと作品の考察しながらお酒飲むのが最高の時間なんだ」
えっ俺の彼女最高か?
ブサ子じゃないから、笑った顔みるとすげぇ幸せに思うから。
ごめんなさい、男と違って女は人生イージーモードとか僻みな思いをぶつけてすいません。
俺と一緒に居るのが楽しいと言ってくれてありがとう。
初めて出会えた素敵な彼女。
お互いの気持を尊重できて、分かり合えた最高の関係だったな。
俺たち二人のオタクの恋は難しくなかった。
元世界の彼女の思いを馳せつつ、ハイスペイケメン達と生活。
なんやかんや事件が起こりつつ、日々を過ごしていると彼女も異世界転生していたと知った。
俺は彼女を探した。
苦労の末、彼女を探し出し、衝撃の事実を知った。
彼女は転生してオークになっていた。
俺が彼女の事をオークなんて言ったせいなのか。
なんかごめん、マジでごめん。
オークでも俺が絶対に幸せにあるから。
俺はイケメン達に媚を売ってでも彼女を助ける。
どうにかして今はオークの彼女を探し出し、会う事ができた。
オークに転生した姿に昔の面影はなかった。
人間ではありえない屈強な体、尖った耳、醜悪な顔。
俺を中村だと知ると、再会を喜んでくれた。
全然顔が違うのに、笑った顔は何も変わらなかった。
「ごめん、俺が帰り道余計な事を言ったせいで……」
「そうだね。中村さんが余計な事言ったせいで私はオーク転生しちゃったからね。……まぁ、それなり苦労したよ」
本当にごめん。
だけど安心してくれ、これからは俺が守るから。
俺が不自由のない生活を約束するからな。
「本当にごめん! 俺は美少女なのに、君はオークて……くぅ。せめて逆だったら……」
「なんか良い方がムカつくな。良いけど。別に大丈夫だよ。苦労って言っても……」
「オークさまぁ~」
「どこに行かれたか探しましたわぁ~」
「もぉ~私を置いていかなでよぉ~」
「私を置いていくなんて、悪いオークだな」
複数人の女性の声が俺たちの会話を邪魔した。
突然の事に振り向き俺は驚いた。
そこに立っていたのは、超美形エルフ、お色気蜘蛛女、ロリっ子女面鳥身、カッコいい蛇女の四人だったのだ。
ふわぁー、美形すぎて眩しい。
外見偏差値カンストしていて俺の存在が消える。
一瞬で惚れるレベルの美形が来たことで俺は固まった。
四人は俺を無視しオーク彼女に抱きつき、腕や体に絡みついた。
「あぁ、ごめん。ビックリするよね。なんかさ、オークなのに激モテしてるんだ」
「ふあぁ!?」
オーク彼女は慣れた様子で四人を諫めると俺に説明してくれた。
「元々が女だから、女性の心を掴むのが上手かったみたいなんだよね。なんか出会う度に惚れられちゃってさ」
「ま、マジかよ」
なんか俺のモテと全然違うんだけど。
羨ましい。
しかも、外見も内面も愛されてる。
「そっちは金髪碧眼の巨乳美少女だから、俺様王子とか屈強な騎士とか美形神官とかにモテて、楽しい異世界転生送ってるみたいで良かったよ」
えー、俺は必要無い感じですか。
ずっと思ってたのは俺だけだったんだ。
「じゃぁ、私のハニー達が嫉妬するからまたね」
オーク彼女はハーレムを引き連れて去っていった。
何故だ。
巨乳美少女よりオークに転生している方が幸せってなんだよぉぉぉぉー。
俺にも彼女のような適応力が欲しかったぜ……。
くぅぅ、今から頑張るしかないのか。
俺は眩しく煌めく世界をただ眺めた。