TS聖女の恋は叶わない
今、オレは何を口走った?
「へ、ちょ、シンシア、なに、急に」
目の前でハルトが狼狽えている。その様子がどうにもしっくりこなかったが、数瞬遅れてオレは自分の言ったことを理解した。
茶化すわけでもなく、揶揄うわけでもなく、意味を濁しても居なかった、そのオレの発した『好き』は、きっと、ハルトには間違いなくそういう意味だと伝わってしまっただろう。今のハルトの焦り様を見ても、きっとそうだとわかってしまう。
そんな分析ができてしまうくらいにはオレは冷静でいて、冷静で入れてしまっていて。
自分の意図せぬ間ではあったとはいえ、一世一代の告白をしてしまったのに、こんなに取り乱しもせずに落ち着いていられるその原因は。
この唐変木に対する、怒りだ。
「なぁ、ハルト」
「な、なんだ、シンシア」
寝そべらせていた身体を起こして、改めてハルトと向き合う。さっきまであんなに気恥ずかしくて目も合わせられなかったのに、今ではその目をハルトから離せる気がしなかった。
「オレさ、知らなかったんだよ。知らなかったのに、知った気になってたんだよ。あの3人組がどれだけの思いを胸秘めてオレたちと一緒に旅をしていたか」
「そりゃみんな命かけて旅してたんだから、大きな想いなんてみんな当然あるに決まって……」
「そうだよ。みんなあの若さで命かけてんだよ。大好きなお前に付いて行けば本気で世界を救えるはずだからって、あんな危険な旅を嫌な顔一つせずについてきてくれたんだよ」
「そうだ、だから俺はあいつらには心から感謝して」
「感謝してるなら!もっとアイツらに向き合ってやれよ!!!」
さっきまで冷静に話をしていたつもりだったのに、気が付けばオレは声を荒らげていた。
自分が恋を知って、恋の辛さを知って、それから逃げてきたハルトに、そんなことも知らずに能天気にしていたオレに、心底腹が立って仕方がないのだ。
「アイツらが大切で、泣かせたくないのもわかる。アイツらみんなかわいくて、選ぶのが難しいのもわかる。だからって、お前が逃げてちゃダメなんだよッ……!!」
「シンシア、シンシア!ちょっと落ち着けって……」
「無理だね。オレはもう、知っちゃったからさ。オレをこうしたのも、ハルト、お前なんだからな?」
あー、もう。オレ、こういう役回り好きじゃないんだけどなぁ。
この1ヶ月でよくわかった。女の子が恋するのって、本当にしんどい。でも、みんながこんなしんどい思いをしているのなら。
大切な仲間くらいは、大好きなコイツくらいには、幸せになってほしいじゃん?
「ハルト」
「なんだ?シンシア」
「オレ、今からもう1回、ちゃんと、お前に告白するから」
「……は?」
「だから、ちゃんと、フれよ」
「ちょ、ちょっと待てって」
「いいか、完全に希望を断っちまうくらい、完膚なきまでにフってくれよ」
「シンシア!!」
いきなり迫って来たハルトにガシっと両肩を掴まれる。オイオイ、今から告白するって言ってる女への迫り方じゃないぞ、それ。ドキドキしちゃうだろ。
でも、ハルトの表情はそんなオレを堕としに来るような色気に溢れた物じゃなくて、ただ、恐怖に歪んでいた。
恐怖。現状を壊すことへの恐怖。
これで、オレたちパーティの関係性は間違いなく形を変える。もしかしたら、決定的に壊れてしまうかもしれない。……でも、その先に幸せな日常があるのなら、勇気を出して挑めばいいっていうのは、ほかならぬ勇者であるお前が、今までの旅で証明してきたじゃねーか。
だからオレは、覚悟を決める。
「ハルト」
オレの肩に乗せられた手に、自分の手を添える。
「シンシア、やめてくれ」
するとその手から力が抜けた。オレはその手を優しく掬って、胸の前で組む。
顔を上げれば、ハルトが悲痛な顔を隠そうともしていない。はっ、泣きたいのはこっちだっての。
「ハルト、オレは、」
「待って、お願いだから……!!」
オレの手の内で力なく震えるハルトの手を、きゅっと、優しく握りこむ。
悪いな、覚悟はもう、決めちまったんだ。
「オレは、ハルトが、好きだ。愛してる」
「……オレを、お前の彼女にしてくれないか?」
言った。
言ってしまった。
一度言ってしまえば、もう戻れないその言葉を。
「ぁ、ぁぁ……」
オレよりもつらそうなハルトの顔が見ていられなくて、その頭をオレは胸に抱きかかえた。そして、オレの顔なんて見えていないハルトに向かって、オレは優しく微笑む。
「さ、ハルト。オレは意外とせっかちなんだ。お前が悩む時間を待ってはやれないぞ」
ハルトの頭で隠れたオレの胸のあたりが少し、湿っぽくなる。プルプルと震えるその頭につられて、オレの目の奥にもすぐに涙がたまって来た。
「……ごめん」
「うん」
「ごめん、シンシア」
「うん、ありがとう」
「ごめん、……ごめん」
その一言を聞いて、オレの目からも涙が溢れ出してきた。ハルトの頭を両手を使って抱きかかえているから、手で自分の顔を抑えることもできない。涙は、一切の躊躇もなく流れ出した。
「なぁ、ハルト」
「……うん」
「お前は今、オレをフッたんだ。――ぐずっ。お前が好きで好きで仕方がない女の子を一人、本気で泣かせたんだ」
「……う゛ん゛」
「もう、戻れないぞ。これ以上先延ばしになんて、オレがさせるもんか。――ぐずっ」
「……わがってる」
二人の目からとめどなく流れる涙が、互いの胸元と右肩をそれぞれ濡らしていく。
その感覚の心地よさに身を任せてしまいそうになるけど、オレじゃ、それはダメだから。
「ちゃんと、ケリつけろよ」
「あぁ……」
だから、オレはこの手を離す。
密着していた身体が離れていく。
どうしようもない喪失感。
失われていくのは、ハルトの温かさと、どうしようもない怒りと、微かな希望と――
「じゃ、報告、待ってるからな」
オレは、ハルトの方を振り向くことなく、部屋の扉に手をかけた。
――――オレの、初恋だった。
◇◇◇
家を出てからオレがまっすぐ向かったのは王都の中心に聳え立つ大聖堂。その聖所にて、オレは一人祈りを捧げていた。
「女神様、なんでオレはこんな体に生まれ変わってしまったのでしょうか」
こんな少女に生まれかわりさえしなければ、アイツに惚れることも、アイツにフラれることも、なかったのに。
自分で望んだ失恋のはずなのに、ただフラれたという事実で、こんなにも胸が苦しい。力強くロザリオを握りこむ手よりも、心の奥底の方がずっと痛かった。
「……確かに、好きになるのは一番最後だったけど。好きでいた期間は一番短かったけど」
一度収まったはずの涙が、また、さっきよりもずっと、溢れる。
「好きだったんだよぉ、本当に大好きだったんだよぉ!!ハルトぉ゛ぉ!!!ぅああああああああああああ!!!!!」
今までも、困ったことがあればこうして祈りを捧げてきた。冒険に行き詰った時、聖女としての使命に悩んでいた時、命の危機に瀕した時。そのどれも、実際に女神さまからご神託をいただけたことはなかったけど、それでもなんだか勇気づけられた気がして、何度も危機を乗り越えてきた。
だけど、今回だけはどうしようもなく苦しさが晴れなくて。
「あああああぁ!!!ハルトぉ……好きなんだよぉ、くそぉ……!!」
泣いて、泣き叫んで、泣き喚いて。
誰もいないこの聖所で、一人でただうずくまって。
「女神様、オレは、オレはッ……!!」
後悔はしてない。
ただ、どうしようもない喪失感と無力感に打ちひしがれて。
それでも、自分で望んだはずなのに、どうしてもハルトを諦めきれない自分を捨てきれない。『女は諦めの悪い生き物』だなんて、さっき自分でハルトに言ったことを改めて自分の身をもって思い知った。
アイツに選ばれないオレはこれからどうやって生きていけばいいのかもわからない。何に縋っていいかもわからないままただ祈りを捧げる。
その時、何故か急に温かな光を感じて。
オレの背後から、扉の開く音が聞こえてきた。