TS聖女は恋に敵わない
後編にてルビが乗ってなかったのを修正しました
異世界から魔王討伐のために勇者が召喚された。
勇者の名はハルト・ウラタ。名前から察された通り、日本から召喚された勇者だそうだ。
オレはこの勇者のパートナーとして、勇者とともに魔王を倒すための旅に出た。
オレの名前はシンシア。シンシア・バーネット。
今代の聖女であり、コイツと同じ日本で生まれた過去を持ち、17の時にそこで命を落としてこの世界に女として生まれ変わった来歴を持つ、元日本男児である。
◇◇◇
「くっ……不覚だッ……」
魔王討伐の旅は、無事に勇者の勝利によって終わりを告げた。
勇者ハルトとオレは王都を出発するなり各地を旅して魔物を倒しながら力をつけ、強力な仲間(何故か女の子ばかり。しかもみんなハルトが好き)を増やして戦力を増大させた。たくさんの戦闘と、ちょっとの政治活動と、ちょっとじゃないラッキースケベで彩られた旅の末に、ハルトは遂に魔王軍を壊滅させ、魔王を討伐するに至った。
勇者が魔王を討伐したとの知らせは瞬く間に全世界へと広がり、ハルトが王都へ凱旋したころには既にオレたち勇者パーティは大英雄扱いされていた。
すべてがうまく行ったように見えた魔王討伐の旅。しかし、その旅の最後の最後にしてオレは大きなドジを踏んでしまったのだ。
旅の途中で魔王軍にとらわれて人質に堕ちてしまったこと?
いいや違う。
そのままオレの半無尽蔵な神聖力を魔王軍の大量殺戮兵器の動力源として使われてしまいそうになったこと?
それも違う。
その大量殺戮兵器が起動しそうになってコイツごと自爆しようとして自殺する寸前まで行ってしまったこと?
それでもない。
そんな問題なんて我らがチート勇者様ことハルトが解決してオレごと救い出してくれたから全く問題ではなかったね。……むしろ『ドジを踏んだ』のはその後だ。
オレは、魔王を倒したハルトによって無事救い出された。自ら命を捨て去ろうとしたその瀬戸際、颯爽と現れたハルトがあまりにもかっこよくて。そんなハルトによって、命も、心も、救われてしまって。
…………惚れてしまったのだ。あのハルト相手に。
いや、だって、あのハルト相手だぞ!前世で男だったオレが、男相手にうっかり惚れてしまったんだぞ!
「……どうした?シンシア」
「い、いや、何でもない。大丈夫だ」
ハルトによって救い出されて、オレたちの旅が終わってから、もうじき1ヶ月ほどが経つ。その間何度も自分の気持ちに整理をつけようとしたが、ダメだった。むしろ、自分の気持ちに向き合おうとするたびにハルトに惚れ込んでいってしまった。今でさえハルトの顔がまともに見られない。
もう誤魔化しようがなくハルトの事が好きな今のオレを、一体迂闊以外のどんな言葉で表現できようか。
ハルトが不思議そうな表情でこちらを眺めてくる。オレは無理矢理不機嫌そうな顔を作りながら視線を合わさないようにして何とか誤魔化す。
「最近のシンシアはなんだか以前とは様子が違くないか?」
「旅も終わったんだ。世界も平和になった。オレだけじゃなくて、この世界全てがもう『以前とは違う』んだよ」
「本当にそれだけか?」
「は?何言ってんだよ。当たり前だろ、バカハルト」
オレは他のハーレムメンバーたちのようにハルトにデレデレしたりしない。してたまるもんか。絶対しないからな。あんなのは3人いればもう十分だ。
それに、せっかく今までオレはハルトの親友ポジを築いてきたのだ。アイツに惚れてる女の子についての相談を受けることはあっても、本来ならアイツに惚れることなんてあるはずがないのだ!
……だというのに!
「あぁーーっ!!もう!!」
「し、シンシア!?本当に大丈夫か!?」
「大丈夫だ!!」
ごろりと完全にハルトに背を向けて寝ころんだ。ここはオレたちのパーティーハウス。つまりオレの家。オレがどこで寝ていようと文句なんて言わせないからな。それでも後ろのハルトから感じる奇異の視線については断固として無視させてもらう。
くそう。悔しいなぁ。アレで惚れちゃうんだもんなぁ……。
でもしょうがなくないか!?あんなにヒロインチックに救い出されてしっまったら。あんなの惚れるなっていう方が無理でしょ。あー、それでもやっぱり釈然としない!
オレがハルトに見せていない顔をむすー、と膨らませていると、ハルトがさっきまでと違う雰囲気でまた話しかけて来た。
「なぁ、シンシア」
「なんだよ」
「1つ、聞きたいことがあるんだ」
「1個だけな」
「ありがとう」
何やら真剣な声音で話を振られたからもう一度向き直る。でもハルトなんかのために体を起こしてあげたりはしないもんね。お前の話なんて寝っ転がりながら聞いてやれば十分だ。ばーか。
「シンシアは俺が召喚されるまでずっと教会にいて教会で働いてたわけだろ?」
「働いてたっつーか……ずっと神聖術とか教わってたな。確かに仕事を手伝う事も有ったから、住み込みで働いてたって言っても間違いじゃないけど」
「いつか、教会に戻ったりするのか?」
一応生活に困るようなことがあれば協会に転がり込めば働きながら生きていけるようになるだろう。だが、そもそもオレたち勇者パーティには一生遊んで暮らせるだけの報奨金が授与されているからその必要はない。多少顔を出すこともあるだろうが、ぶっちゃけ教会には聖女として名前を貸していれば、それ以上をする必要はオレにはない。
そんなことはハルトもわかっているだろう。こいつは何をそんなに心配して……
「なにお前、寂しいの?」
「っ、まぁ、仲間がいなくなるかもしれないのは、寂しいだろ」
「――ッ、安心しろよ。別にオレはどこにも行きゃしねーよ」
あー、くそっ!あざといかよ、かわいいかよコイツ!かっこいい時はあんなにかっこいい癖して急にかわいいところ見せつけてきやがってよぉ!!
にやけ顔を再び逆側に寝返りを打つことで隠す。こりゃしばらく顔見せれねーな。
「そういうの、オレじゃなくて他の3人に見せてやれよ。絶対に喜ぶぞ」
「ねぇそれ、その後に俺が大変になる奴じゃない?」
「いーじゃねーか。あんなかわいい子たちに迫られるんなら。役得だろ」
「だから俺は……」
「分かってる分かってる。故郷に元カノがいるんだろ?」
「も、元カノじゃない!ただの幼馴染だ!」
「でも好きなんだろ?それじゃ、かわんねーよ」
「それは……」
ははっ。わかりやすく困った顔しやがる、コイツ。でも、他に好きな女でもいなきゃあの美少女3人の猛攻をしのぐことなんで来やしないよな。そりゃそうだ。
うっ、言ってて自分にダメージが……。
「どっちにせよアイツらもそんな事じゃ諦めないって意味でも変わらないしな」
「ほんと、俺もちゃんと断ってるんだけどなぁ……」
「違うね、お前は先延ばしにしてるだけだよ」
「そ、そんなことは……」
「お前は故郷には帰らない。この世界を見捨てられない。そんなことはみんな分かってる。だから一縷の希望を持っちゃう。女ってのは諦めの悪い生き物だからさ。お前もわかってんだろ?」
「……そう、なのかなぁ」
「そうだよ。いい加減、アイツらから1人選んでやったらどうだ?」
オレがそう言ってやるとハルトは『ぐむむ』と頭を抱える。はは、大いに悩め、思春期男子め。
「や、やっぱり俺には……」
また、そうやって問題を先延ばしにしようとする。
女の子3人衆は、何度もお前に真摯にアタックを続けてきた。そして届かないたびに涙して、その涙を見たお前が傷ついてきたのも知ってる。そして、優しすぎるお前がだんだんと全員に対して拒めなくなっていたのも、わかってはいた。
オレは、そのお前の異常なまでの優しさも含めてお前の良さだと思っていた。
……今までは。
けど、オレもまたお前に惚れてしまった。
アイツらがどれだけしんどい思いをしながらお前にアタックしてたのかを思い知ってしまった。
この胸の中にこれだけのしんどい思いをため込んではぐらかし続けられる毎日。
「(……そりゃ、辛いよな)」
「へ?シンシア、今なんて……」
「オレも好きだよ、お前の事」
気が付けばオレの口は、そんなことを口走っていたのだった。