4 卵蒸しパン
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「お弁当、ちょっと足りなかったよね。お腹空いたなあ。なんか食べようよ」
陽ねえは食品ストックの棚の扉を開けると、小麦粉を取り出した。さっきの重曹の袋を取り上げて、何やら確認している。
「食品用だよね。スプーンも清潔なものを使ってるし。じゃあ、これでいいや」
「陽ねえ、何作るの?」
「もこもこ蒸しパン。重曹の話をしてたら、食べたくなっちゃった」
「重曹の話をしてたら?」
「うん。トモ、材料揃えて」
陽ねえが矢継ぎ早にいう材料をあたしは冷蔵庫から出して、ダイニングテーブルの上に並べた。
「まず、卵をほぐすでしょ。それから、牛乳を入れて、お砂糖も入れて、ぐるぐる混ぜまーす」
陽ねえがふざけて、料理番組の真似をする。
「はい、先生。コツは何でしょうか」
あたしもそれに乗っかって、アシスタントのふりをした。
「お砂糖が底の方でざらざらしなくなるまで、ちゃんと混ぜること。お砂糖がしっかり溶けたら、サラダ油」
「はい、先生」
あたしは、さっとサラダ油を渡す。陽ねえはスプーンで油を量りながら、卵と牛乳が混ざったボウルに入れた。ちょっと多すぎて、スプーンからあふれた油も入っちゃったけど、陽ねえはそんなことみじんも気にしていないようだった。
「まあ、大体でいいのよ。で、また混ぜる。これも、油の固まりがなんとなく細かくなって、全体になじむまで。次に、小麦粉と重曹ね。粉ものを入れたら、ぐるぐるしない。粉っけがなくなるように混ぜたら、そこで混ぜるのをやめる。大きいダマは浮いてくるから潰す。ちょっとくらい小さいダマが残ってても、気にしない」
「それも、コツ?」
「そう。小麦粉を入れてから混ぜすぎると固くなっておいしくないんだ。トモ、電子レンジに掛けていいマグカップだして。二つ。そしたら、この生地をすくって、カップの半分くらいまで入れる」
あたしがカップを持ってくると、陽ねえは、さっき小麦粉を入れて混ぜたクリーム色のどろっとした液体をお玉ですくって、慎重にそれをカップの中に流し込んだ。この液体のことを、陽ねえは『生地』と呼んでいた。
「トモもやってごらん」
あたしも、陽ねえにならって、生地をこぼさないようにそっとお玉ですくい入れた。
「できたら、電子レンジで一分半」
陽ねえはダイヤルを回して、六〇〇ワットの手動電子レンジにあわせてから、加熱時間を一分三十秒に設定した。このごろ、ママと一緒に電子レンジを使う料理を色々試しているせいで、あたしも、陽ねえが何をしているのか見ているだけで分かった。
「二ついっぺんでいいけど、様子を見ていて出来上がりに差ができそうなら、途中でカップの場所を入れ替えたほうがいいかな。コツは短めに設定しておいて、足りなかったら追加で加熱すること」
「熱しすぎたら焦げちゃう?」
「うん。こちこちになっておいしくない。ほら、これ面白いよ、見ててごらん」
マグカップは、電子レンジの庫内でオレンジ色の光を浴びていた。見る見るうちに、中の生地がもこもこと盛り上がって、マグカップからあふれんばかりに膨れ上がった。
「うわあ! こんなに膨らむの?」
「すごいでしょう。この膨らむのも、重曹のおかげ」
「重曹の話をしてたら、って、そういうことか。え? あれ? 蒸しパンが膨らむのも、さっきの話と一緒なの?」
話の中で、パンが膨らみそうなところは全然なかった気がして、あたしは首を傾げた。
「違うよ。今度は別」
出来上がりコールがなって、陽ねえはカップの熱さを慎重に確かめながら、取っ手を掴んで取り出した。お化けみたいに膨らんでいた蒸しパンが少ししぼむ。
「熱かったら無理しないで、鍋つかみとか使うんだよ」
「うん、わかる」
陽ねえは、カップをテーブルに置いてから、さっきのホワイトボードの続きに、また式を書いた。
2NaHCO3→Na2CO3+H2O+CO2
「重曹は、熱を加えると、炭酸ナトリウムと、水と、二酸化炭素に分かれる。水と二酸化炭素は気体で発生するから、生地の中で細かい泡がたくさんできて膨らむんだ。卵と小麦粉が、その膨らんだ泡の形をキープしたまま、熱で固まってくれる。だから、ふかふかのケーキが冷めてもぺっちゃんこにつぶれてしまわないってわけ」
「お砂糖は甘くするためでしょ。サラダ油は?」
「冷めてもぱさぱさにならずに、しっとりした口当たりにしてくれる。水と違って、蒸発しないからね。牛乳は、水分と脂分を両方足してくれるし、香りもいい。サラダ油と牛乳は、それぞれ入れないレシピもあるよ。代わりに水や豆乳をいれたり、みりんや蜂蜜をいれたりすることもある」
「へえ。色々あるんだ」
「工夫すれば、自分の好きな味にできるよ。でも、そのためには、それぞれの材料がどんな役割をしているか知らないとね。たとえば、たくさん膨らませたいからって、重曹を入れすぎると、後に残る炭酸ナトリウムっていうのは苦いんだ。だから、おいしくなくなる」
「お菓子も、理屈があるんだね」
「お菓子こそね。卵や小麦粉だけだったらこうはならないっていう口当たりのものを作り出すわけだから」
「ああ、そうか。小麦粉を焼きました、卵をゆでました、とは全然違うものになるもんね」
「そうそう。ったく、相変わらずトモは『どうして』『なんで』の追求が好きだね。こんな話になるとは思わなかったよ」
陽ねえはお手上げ、というようにこちらに両手の平を向けて見せた。
「気になるんだもん。分からないともやもやするし、難しくても、なんとなくわかればすっきりするの」
あたしがちょっと膨れると、陽ねえはにやりと笑った。
「ほめてんの。そうやって、食らいついて最後までちゃんと聞くのがトモのいいところだよ。ま、それはそれとして、この蒸しパン、かわいくしようよ。もう封切ってあるから、これ、使っていいんでしょ」
じゃーん、と、陽ねえは冷蔵庫に入れっぱなしになっていたチョコペンを出してきた。この前、ママとクッキーを作った時に使った残りだ。














