雨の旅路
草と土の匂いが満ちる森を馬車がゆっくりと進む。
雨は数日続いている。
こうなると出来るだけ宿に泊まりたいが、買い付けに間に合わせるには先に進まなくてはならない。
そして今、雨が強く降る中で宿地に向かっていたが雨脚が強く街道沿いの大樹の下で一晩過ごす事にした。
「実に厄介だ」
「ああ。雨は仕方がないが、この雨は酷すぎる」
ガイは馬を馬車から外し木に繋いで帰ってきた。
「ずぶ濡れだな」
「木の下でもこれだ。もう動かない方がいい」
流石に獣も野党も来はしないだろうが、同じ理由で動きようがない。
小さい馬車だが雨は凌げる。
そして、こう言う時の為に火を起こせる魔道具もある。
値が張るが、馬車の中でも火が使える便利な道具だ。山の形の金物の上に鍋を置き、水を入れて暫く待つと湯が沸く。事前に茶葉と生姜と蜂蜜を入れた器に湯を注ぐと、甘さと辛さの混ざった匂いが広かった。
「味は悪くない。だがな、この匂いはなんとかならんか?」
狭い馬車の中に充満する匂いとしては確かに微妙で、ガイは苦手だ。
「それは分かる。街についたら新たに香辛料を仕入れて調整してみよう」
「頼む」
匂いはともかく味は飲めるし、体は温まるので薬効は確かだ。
小さな炎でも、その温もりは馬車の中に満ちてくる。
ほのかに温かい中、雨音は途切れない。
この状況でやる事と食べる事ぐらいだ。
シラハは焼いておいた薄いパンに魔道具で炙った豚の脂を塗り、そこに薄く切った干し肉と砕いた木の実の蜂蜜漬けを挟むとそのままガイに渡す。
余計な食器は使わないに限るからだ。
「おう」
ガイそのままかぶりつく。干し肉のしょっぱさと木の実の甘さが疲れた体に染みる。体に自信はあるが、雨の中で続く移動は体力を使う。
「流石に冷えるな」
言いなが生姜茶に蒸留酒を足す。これで、より体が温まる。
それを見たシラハは自分のカップを差し出し、ガイはそれに無言で酒を足す。
「いい加減、暖かい物が食べたいな」
シラハは温かい食べ物が好きだ。だが、魔道具ではお湯を沸かすのが精一杯で、ここ数日はお茶しか暖かい物を口にできてない。
「ああ。あと少しで宿場町なんだかな」
激しい雨音にウンザリとする。
「まぁ、今日はもう休もう」
「そうだな。一応用心はしよう」
そうして結界を張り、小さな馬車の中で丸くなって寝るのはシラハだ。そして、馬車の後部で座ったまま寝るのはガイと自然と決まっている。
とは言え互いに眠りは浅い。
雨音と温もりと土と水の匂い。
獣も息を潜めている。
静かな夜だ。
翌朝も雨だった。
外の空気は重く寒い。
魔道具は暖かい炎を保ち、湯を沸かし続けている。
水を足しそれが再び湧くと、茶葉を入れたカップに湯を入れた。
すると、ふわりと花の香りが広がった。
「生姜茶じゃないのか?」
「朝にあの匂いは無いだろう。気の安らう茶葉にしたよ」
ホッとした様子でガイは茶に口を付けた。
温もりと香りが覚醒を促してくれる。
「確かにこれはいいな」
それを聞くと、シラハは保存食の硬い黒パンを薄く切り、蜂蜜を多めに塗って渡す。
硬い黒パンも蜂蜜で幾分は食べやすい。
とは言え、いい加減食べ飽きた。
「今日中に宿場町に入れるように頼む」
シラハの目が光る。
「ああ。今夜は寝台で寝るぞ」
ガイも本気だ。
雨が続きすぎている。
旅慣れていても、暖かい食事と寝床が必要になる時がある。
それは今だ。
「馬を繋いだらそのまま行く」
「了解した」
シラハは魔道具の火を消し、移動に備える。
間もなく馬車は動き出した。