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一目ぼれした少女の夢を叶えようとしたらラスボスになった話

作者: 若葉

簡単な説明

電磁の世界 表側の裏にある世界。バーチャル空間とつながっている。

電磁の結社 電磁の世界で活動する集団。20年くらい暴れている。思想はアナキズム寄り。

V警備隊 高校生たちが、ある事件を解決するために作った集団。


簡単な登場人物紹介

電磁の怪人ファントム しがない20代後半のおっさん。主人公。ラスボス認定されてる。

シンガー バーチャル世界で歌を歌っている。表の世界で主人公のバックアップを受けている。


結社の人々 二つ名は20年前に付けたものがそのまま使われている

電磁の支配者マスター 結社のリーダー。女性で怪人との間にいろいろあったようだ。

電磁の造形師スミス 結社のものつくり担当。弟を溺愛するお姉ちゃん。元気。

電磁の教授プロフェッサー 結社の知識担当。善悪と真贋にうるさい。おじいちゃん言葉。

電磁の魔術師ウィザード 結社のプログラム担当。のんびり屋のお嬢さん。間延びした言葉。

電磁の扇動家バズメイカー 結社のアート担当。パンク好きの兄ちゃん。そっけない。

電磁の黒幕フィクサー 結社のパトロン担当。お金持ちで策略大好き。吾輩。


V警備隊の人々 高校生の部活が母体になっている

ヒーロー リーダー担当。スミスの弟。カリスマ性がある。完結に話す。

ファイター 前衛担当。熱血漢。語尾に気合が入りがち。

ドール ものつくり担当。ショタ。オタク君さぁ。

グラス 知識担当。メガネっ子。冷静な委員長タイプ。

アクター イケメン担当。配信者。イマドキの若者。

アイドル かわいい担当。バーチャルアイドル。腹黒い。

フェアリー バーチャル世界の妖精さん。なのです。

「しつこいかもだけど、私は怪人さんが敵だとは思えない。」

「わかっている。それを知りにここまで来たんだ。」

 電磁の結社と呼ばれている、この世界のアンタッチャブル。その本拠地に私たちは来ていた。

「でもよォ、ウイルスたちが怪人の言うことを聞いてたのをシンガーも見たろ!?」

「それにほかの人も言ってたじゃない。かつて彼らがこの世界を荒らしていたのは事実よ。」

 仲間たちのいうこともわかる。この世界、現実の裏の世界でずっと暗躍してきた存在なのは事実みたいだ。

「フェアリーちゃん。本当にここなの?というかなんで知ってたの?」

「わからないのです。でもワタシのデータでは確かにココに……。」

「実際、普通は気づけない場所だよ、ここは。明らかにおかしい。」

 目の前にはネオン管で飾られた、この世界には似つかわしくないほど現実味のある建物がある。

「さてヒーロー、腹ァ、くくったか?」

「あぁ、行こうか。」

 リーダーの声でみんなにスイッチが入った。決意を込めて、古臭い錆びた扉を開ける。眩しい光とともに、あの人がこちらを見て立っているのが目に入った。


「ようこそ、第三世代のガキども。」


 電磁の怪人がそこには居た。


 〇


 どうしてこうなった。頭を抱えて考え込んでしまう。

「さすがアタシの弟ね!!よくぞここまでたどり着いたわ!!」

 横ではしゃぐ造形師スミスのバカ。ムカついたので頭をはたく。イッターイだと?うるせえ。

「ワシ言ったよね。怪人、外見といい勘違いされやすいから気を付けてって。ワシ言ったよね、ね?」

 ぐう。なんも言えない。教授プロフェッサーは嬉しそうに煽ってくる。

「まあこれも計画なんだろ?」

「うむ。我の想定の内である。」

「あ、フェアリーじゃーん。どこに行ったのかと思えばー。」

 扇動家バズメイカーも、黒幕フィクサーも、魔術師ウィザードも好き勝手なことを言っている。

怪人ファントム。私が君をまたこの世界に戻させた。でも覚悟はしていただろう。これは君の責任で、君の役割だ。さあ、行きたまえ。」

 マスターが促す。仕方ない、腹をくくっていくか。

「わかってるよマスター。それじゃ、行ってくる。」

 外の彼女たちはまだ入ってきそうにないが、こうなった原因でも反省しながら待つとしようか。


 第三世代のガキどもにシンガーと呼ばれる彼女と出会ったのは、私が住む町の駅の前だった。ギター片手に、フードを目深にかぶり、歌っていた。声は小さく、体は震えて、明らかに慣れていない様子だった。通行人も多くいるだろうに、誰も立ち止まらず、彼女の存在に気付いてすらいない。しかし、私はフードの奥から見える彼女の瞳に、小さいながらも美しいその声にひかれたのだった。それが彼女との出会い。

 何度も彼女が歌っているのを見た。何度目かの時、彼女の声はもう小さくなかった。体も震えていなかった。彼女の歌は人々に届き、少ないながらも幾人かを魅了していた。いつも通り、彼女が歌い終わるのと同時に帰ろうとすると、彼女は私に話しかけてきた。最初のときから聞いてくれてますよね、と。それから彼女が歌い終わると、私たちは話すようになった。そこで、誰かを救える歌を歌いたいのだという彼女の本気を知った。私は彼女の力になりたいと思うようになっていった。話す回数が増え、彼女のことがわかってきた。歌で生きていきたいだとか、音楽だけをやりたいだとか、そういうことではなかった。彼女にとって、一つの歌が救いになっていて、彼女自身もそうやって誰かを救えるような歌を歌いたいのだ。誰かに歌を届けたいというその気持ちを、私なりに手助けしたいと思い、ある時こう提案した。バーチャルシンガーにならないか、と。

 今ではしがない団体職員だが、私には頼りになる過去の友人たちがいる。20年来になる友人たち、30代に差し掛かる私からすれば、人生のほとんどを彼らと過ごしてきた。多少問題もあるやつらだが、能力は一流である。友人たちのリーダーである女性、私にとっては因縁のある存在だが、彼女に連絡を入れる。するとすぐに電話がかかってきた。

「久しぶりだな。五年と3か月振りだ。」

「直接話すのはそうだな。元気かマスター。」

「……相変わらずのようだな。言ってあると思うが、二人の時は名前で呼べ。」

「そうだったな……。」

 気まずい。私が彼女を避けてきたから当然なのだが。

 協力を頼めないか、助力したいやつがいる。そう本題を切り出した。

「君の頼みなら彼奴らは断らないさ。しかし、私は違う。」

 こいつならそういうだろう。

「取引だ。契約を結びなおそう、ファントム。わが結社に戻ってこい。」

 拒否することは簡単だ。裏技になるが、友人たちに個人的な頼みをすれば了承してもらえるだろう。だが、それでは私自身が納得できない。本気の少女の願いをかなえるために、自分自身をかけなければ、私は私が許せない。

「もちろん、待遇は保証しよう。無理強いをさせることは二度とない。それに」

「いいよ、戻ろう。君の下に。」

「……そうか。そうか。」

 こうして私は懐かしの電磁の世界に帰ってきたのだった。


 われら結社が愛してやまないこの電磁の世界。自由が最も似合うこの世界を三度侵そうとする勢力がまた動き出しているという。この世界は技術が発展してようやく見つかった第二の現実だ。そこで人々は、いやすべては自由でなければならない。誰しもが誰しもを脅かしてはならない。何にも縛られないことが可能なこの世界を、悪意に染めてはいけないのだ。

 偶然にも、こちらの世界にいち早く干渉できた我々は、その意思の下に集まり結社となった。電磁の世界を支配することで、表の世界までも牛耳ろうとする勢力と戦い続けてきた。電磁の世界を認知し、観察していた第一世代。ウイルスをもって干渉してきた第二世代。それらと戦い、この世界の自由を保ってきた。5年前に一つの戦いをもって、一番の脅威を排除したのだった。だが、新たな世代の参入とともに、電磁の世界は大きく揺れているらしい。

「意識をアバターと同期させ、この世界に直接的な干渉を可能とした第三世代か。」

「どうやら、アチラにも我々と同様の番外世代が付いているようだ。急速に規模を拡大している。」

 今、敵方がやっていることは、第二世代のウイルスどもを併用しながらの個人プライベート情報収集程度みたいだが、完全な第三世代の組織化が完了し、軍隊が生まれれば、支配されるのも時間の内か。

「さらに、今回は勢力が一つではない。複数の勢力が争いを始めれば、」

「その混乱は前回の比ではないな。」

 これまでのようにすべてをつぶして解決できる問題ではなくなったということか。

「今回の方策は皆と一緒に考えていくしかないだろう。それよりも、君の頼みは何なのだ。」

「具体的には、スミスとバズメイカー、それにウィザードあたりに手を借りたくてな。一人の歌姫を作り出したい。」

「……は?」


 電磁の結社には、それはそれは暖かく迎えられた。そこで私がほれ込んだ才能を聞かせると、スミスはもちろん、結社全体としてバックアップを行うことになり、駅前の彼女は、バーチャルでのシンガーとして、大きな存在に変わっていくこととなった。とんとん拍子だったのは、シンガーの才能と努力によるものだろう。

 平行して、敵勢力の情報収集を行っていった。そこで判明したのは、今や一大勢力となった集団は、表の世界のサイバーシステム社の手によるものたちであり、我々が昔盛大につぶしたはずの一人の男が、またもや暗躍をしているということだった。第三世代による電磁の世界の掌握方法を模索しているところのようで、莫大な情報を集め、操り、扱う下準備をしているようだった。その一環として、やつらは完全なプライベート情報を握ることで、どこまで個人の行動を操れるかを検証していた。あらゆる有名人たちを対象とした、大掛かりでありかつ静かな侵略を始めていた。

 シンガーがその実験の対象になっていることは、すぐにわかった。彼女は今や時の人であり、その個人情報はすべて秘密にされている。我々は怒り心頭でその侵略を潰そうとしたのだが、我々よりも先にシンガーを救った集団がいた。第三世代による、彼ら曰くバーチャル世界の警備隊、V警備隊の若者たちがシンガーを助けたのだ。詰めが甘く、窮地に陥っていたため、少し手助けしたのだったが、そこであらぬ疑いが私にかかることになる。


 今起こっている騒動の原因が電磁の怪人である。


 まさか、と思ったが、実際彼らがここまで来ていることから、私がいや我々が疑われているのだろう。


 錆びた扉が開く音が聞こえる。とうとう入ってきたようだ。この勘違いをどうにか解消するために、親切に出迎えなければ。


「ようこそ、第三世代の若者たち。」



 怪人の佇まいから、私たちが歓迎されていないことがわかった。こちらを見下ろすその瞳には、私たちを値踏みするような、そんな感情が見える。


「全員、戦闘態勢!」


 リーダーの一括で、私たちを覆っていた圧力が少し減ったように感じる。そうだ、私たちは、ただやられに来たんじゃない。彼に話を聞くためにきたんだ。そんな私たちの様子を見ても、怪人は何のアクションも起こさない。ただ眺めて、こういった。


「勇ましいことだ。だが、無意味だ。」


 一段怪人の発する圧が増した。

「う、うわァア!」

 ファイターが、その圧に負けて手を出した。彼の獲物である、その頑強な拳で怪人に襲い掛かる。これまでの戦いから、ファイターの一撃がどれほどのものかは知っている。ただ立っている怪人が危ないと、一瞬思った。


「無意味だろう?」


 だが、彼は嗤っていた。ファイターの一撃をまともに受け、びくともしていないようだった。

「ッ!連携!」

 すぐにグラスの指揮で、みんなが攻撃を始めた。ありとあらゆる、私たちのもつ手札を使って怪人を追い詰めようとする。バーチャル世界特融の魔法にも似た衝撃破、相手のデータを改ざんする帯状の文字列、大きな情報量をぶつける物理的な攻撃、これまで多くのウイルスを屠ってきた攻撃が怪人に命中する。いや、怪人はよけてすらいなかった。


「……まだやるのか。」


 いくつもの攻撃を受けても、怪人は無傷だった。むしろ私たちのほうが消耗している。

 絶望。これは、どうしようもない。

 リーダーを見る。彼の目はまだ死んでいなかった。大きく手を振りかぶり、怪人を見据えて言い放った。


「退散!」


 その一声で、私たちは脱兎のごとく逃げ出した。これは、特訓の中で何度も繰り返した逃げの一手。錆びついた扉を通り過ぎ、ネオンが光る看板を抜け、バーチャル世界の通信移動ができる場所までなんとか逃げつく。

 なぜかはわからないけど、怪人は追ってこなかった。私たちの誰もかけずに、ここまで逃げてこられた。

「なんだよ、ありゃあ…。」

 息も絶え絶えに、ファイターがそうつぶやく。それは、みんなが思っていることだろう。理不尽だ。理外だ。情報の世界において、一切変動しないものなど存在しない。それを、怪人は当たり前のように受け切ってみせた。私たちが知っているはずの当たり前が、彼には通用しないのだ。

「とりあえず、部室に戻るぞ。」

 リーダーの言葉にみんながうなずいた。暗くなっていた雰囲気も、少し和らぐ。


「すまないが、一人借りていくぞ。」


 背筋が凍った。私の後ろに怪人が立っていたのだ。リーダーが、ファイターが、V警備隊のみんなが息をのむ様子が見える。私が振り向くと、すでに視界は変わっていた。



 リビングに、シンガーを連れて戻ると、腹を抱えて笑う馬鹿どもがいた。何を嗤うことがあるのか。私は彼らが何をしてもいいように、そこに立っていただけだ。なぜか攻撃をしかけられたが、反撃せず、誰も傷つけずに帰した。しかし用があるシンガーだけを、ここに連れてきた。素晴らしく手際がよく、なおかつ合理的な行動だろうに。

「いや、ファントム君さ!そりゃそうなるわ!」

 プロフェッサーが訳の分からないことをいう。どうなっているというのか。

「楽しいなあ。我は楽しい。こうなると知ってはいても、見るのは格別である。」

「馬鹿だよねぇ!」

「馬鹿というより考えないでしょう。」

 酷い言われようである。マスターだけが笑わずに、シンガーをじっと見ている。シンガーはというと、混乱の中にあっても周囲を観察しているようだ。

「とりあえず入口閉じておくわねー。」

 ウィザードが仕事をしてくれた。これであの若者たちも無暗に突入してこないだろう。

「……シンガー君、いきなり連れてきてしまって申し訳ない。だが必要なことなのだ。少し話を聞いてくれるかな。」

 マスターが口を開いた。

 シンガーを連れてきた理由は二つある。一つは彼女のバーチャル体の調整だ。スミスが手掛けただけはあり、私が頼んだものよりもはるかに細微に作られているが、戦闘用というわけではない。しかし、彼女自身の意思で戦いに身を投じている現状、今のままでは不十分であると判断したため、少し調整を加えるのだ。もう一つの理由として、伝令役である。表の世界で直接私が伝えるだとか、スミスが弟に話すだとか、そういった手段も考えられるが、それでは結社の存在が表に出る恐れがある。彼ら、彼女らを信じていないわけではない。だが、世の中には姑息で卑怯な人間が多く存在する。電磁の世界での出来事は、電磁の世界で方をつけるべきなのである。

 マスターがシンガーに、我々が敵ではないこと、シンガーの体を強化すること、そしてV警備隊に伝えてほしいことがあると、要件を告げた。シンガーは怒涛の展開に目を白黒させているが、それでも話は伝わったようだ。

「あなたがたが敵でないことは、わかりました。こうして接してみても、嘘を言っているようには感じません。怪人さんも、あの時私を助けてくれたように思います。」

 なんていい子なのだろう。

「私を強化するということですが、それは拒否させてください。この体は、大切な人からの贈り物です。誰かにどうこうされたくないんです。ごめんなさい。」

 最高にいい子である。

「伝令は了解しました。何を伝えればいいのでしょうか。」

 シンガーは天使だなぁ。

 結社の仲間たちも、シンガーのいい子オーラにやられて、ただの親戚のおじさんおばさんと化している。マスターだけは、目つきをより鋭くしているようだが、そこはさすが結社の頭ということだろう。油断も隙もない。

「なんかこの子めっちゃいい子じゃない!?」

「ワシ癒された。浄化された。」

「吾輩感激したのである。」

「妹にしたーい。」

「気合入れて新作仕上げるわ。なんかインスピレーション降りてきた。」

 うんうん。そうなんだよ。この子は本当にいい子なんだ。応援したくなるだろう?

「伝えてほしいことは次の通りだ。我々電磁の結社はV警備隊の敵ではない。この世界を脅かすものたちの敵である。信じるも信じないも君たち次第だが、信じるに足る証明として、贈り物がある。一つは通信機。この世界の中での、結社に対する唯一の連絡手段だ。もう一つは強化プラン。ここにいるスミスが手掛けたヴァーチャル体の設計図だ。君らのところにいるドール君が見れば価値はわかるはず。……シンガー、君の意思は十分に伝わった。強化を拒否することは認めよう。しかし、君に贈り物をした彼も、きっと君が強くなることに反対はしないだろう。君自身の安全にかかわるのだから。」

 マスターはそれだけ言うと、もう話すことはないとばかりに目を閉じた。対してシンガーは、しっかりと記憶したようで、伝えますとだけ返事をした。



「マスターらしくないんじゃなーい?あんなに情報漏らしてさー。あの子聡いから私たちにたどり着いちゃうよー?」

 ファントムがシンガーを送り届けに出ていくと同時に、ウィザードがそう言ってくる。

「彼女ならば、いい。結社に入るというのなら、その資格はあると思っている。」

 私のその言葉に、驚く表情がいくつか見えた。

「意外だね!そこまでシンガーを評価してるの!?」

 スミスが大きな声で、幾人かの疑問を言葉にする。当然だろう。

「むしろ、私が一番彼女を評価しているのではないかな。彼女の意思は、世界を変える。すでにファントムを抱え込んでいることから、十分脅威であり、能力を持つものだ。」

 幾人かが、またも驚いているようだ。

「わーお、マスターちゃんが乙女の顔してるー。」

「いいねいいね!!ドロドロしてきた!?」

「ワシら黙ってたほうがいいよね。」

「触らぬ神にたたりなしである。」

「しーらね。」

 まったくこいつらは。

「ウィザード、防御システムの改築を進めてくれ。今のままでは単純に死人が出る。プロフェッサーとフィクサー、計画を細微に詰める。五分後に会議室集合だ。スミスとバズメイカーはいつも通り、好きなことをやってくれていて構わないが、呼んだらすぐ来るように。それと、ファントムにウィザードの手伝いをするよう伝えてくれ。彼くらいしか実験台はできないだろう。以上。」



 不思議なもので、いつもの二人の雰囲気とは真逆の凍てつくような空気が流れている。シンガーは俯いて何かを考えているようだ。私は私で怪人ロールプレイに縛られていて何も言うことがない。

「あの。」

 突然シンガーが私を見て声をかけてくる。

「あの時は、助けていただきありがとうございました。」

 そしてペコリとあたまをさげてくる。彼女はいつも真剣で、真摯で、擦れてしまった私の心をくすぐるのだ。表の私であっても、この世界の私であっても、彼女を守りたいと改めて思う。

「構わないよ。私がやりたいからやったことだ。」

 そう、いつものように返してしまった。

 以降私たちの中に会話は生まれなかったが、それでも空気は悪くなかったと思う。思いたい。



 怪人さんと一緒に歩く。この人は怖い人なんだって仲間たちは言うし、さっき戦ったときに私も感じた。でも、どこか懐かしいような雰囲気を彼は持っている。どこかで知っているこの感覚、それを探していたせいで、私たちの間には沈黙が流れていた。そういえばまだお礼を言っていないのだった。

「あの時は、助けていただきありがとうございました。」

 頭を下げながら伝える。なんとなくだけど、怪人さんは苦笑いをしているように感じた。

「構わないよ。私がやりたいからやったことだ。」

 ……なんだろう。なぜだか無性にうれしい。彼が私をなんの見返りもなしに助けてくれたからだろうか。それだけじゃない気がする。まだよくわからない感情だ。

 私たちはまた無言になったけど、さっきよりももっと居心地のいい、そんな空間だった。

 ネオン管の光が輝く入口についた。どうやら向こう側には、すでにみんなが揃っているみたいだ。扉越しの映像で様子が見える。

「ここまでで大丈夫です。ありがとうございました。」

 怪人さんにそう告げる。もし怪人さんと一緒に出てきたりすれば、みんなはまた彼に攻撃すると思ったからだ。

「そうか。」

それだけいって、怪人さんは来た道を戻る。別れの言葉を言おうとも思ったけど、また会える確信があったのでやめた。それに、さよならなんて言いたくなかった。

外に出ると、みんなが心配そうに出迎えて売れた。とりあえず、安心できる場所に戻ろうという話になって、私たちがこっちの世界で拠点にしている部室へと戻ってきた。そして、私は伝言をみんなに話した。

「これ、すごいよ!どこのモデルメーカーも欲しがるようなことが何個も書いてある!それに、僕たちにしかわからないことも、これから何年もかけて作り上げるレベルだ。」

 ドール君は目をキラキラさせて相当興奮しながら、結社のスミスさんから貰った資料を読み進めている。リーダーはというと、通信手段として渡された小さな箱を興味深そうに眺めている。それを見て、なんにでも詳しいグラスちゃんがこういった。

「十年以上前のモバイルね。」

 どうしてそんな骨董品を模造したのかはわからないけど、今の私たちにとって重要なものであるのに変わりはない。

「信用していいのかァ?いや、ドールに渡されたソレの価値がヤベェのはわかったがよォ。聞いた話と違いすぎる。」

 熱血漢のファイター君が珍しくまともなことを言っている。

「話半分にしとこう。僕らを襲われたのが誰か分かるまでは全部警戒しといて損ないしょ。」

「そうだよね~。信じた瞬間背中をブスリは嫌すぎる~。」

 アクター君とアイドルちゃんも、冷静だ。

「ああ。警戒はしておこう。怪人のあの戦力は脅威だ。俺たちが束になっても敵わないままでは、会うことすら危険だろう。だからドールはその資料を精査して、俺たちを強化してくれ。グラスは情報をまとめて、アクターとアイドル、それにシンガーは狙われた立場からグラスに協力してほしい。」

 リーダーは話をまとめてそう言った。みんなは顔を見合わせてうなずく。もう二度と、わたしたちみたいな被害者を作らないために、わたしたちは行動をする。その方針は変わらない。

「当面の目標は、怪人を倒せるようになることだなァ!」

「それを達成するのは、この世界でやるどんなことよりも難しいと思うのですよ……。」

 ファイターとフェアリーが、いつものように天然のボケ突っ込みをして空気が和む。しかし今回フェアリーはまじめな顔をしてこう言いなおした。

「ワタシ思い出したのです。怪人は、一人でこの世界を壊せるって、そう言われていたのです。」


続く(のか)

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