・探偵契約 其の六
「…………」
「だからっ、私のせいなんです……だから、せめて!」
「……証拠はあるのか?」
「……え?」
「その想い憑きなんて神様が存在して、あの事故を起こしたって証拠はあるのか?」
「想い憑きの存在はこの月母尾という土地が証拠になります」
「この土地が証拠?」
「優人くんは……月母尾で暮らしていた時の事、覚えてないの、ですか?」
「…………言ってなかったか?この頭はポンコツなんだよ」
優人は頭痛に耐え、歪むような表情でこめかみを指差した。
「……そう、ですか」
優人は茶を一口啜った。
「あの事故が、私が思ったせいという明確な証拠はない、です。でも、私はあの時死にたいと思っていたんです」
「……なにを?」
「私は……それまでずっと傲慢でした。この身に神を宿すと知ってから、自分は選ばれた人間なんだと思っていた、んです」
「選ばれた人間か。その事自体は間違いとは言い切れないだろうけど」
「でも、私は他の人……周りの人達を下に見ていたんです。優人くんを……苛めていたのは、根本にそういう考えがあったからで……」
優人の記憶の中のサラは曖昧な印象ながら、確かに傲慢な立ち振る舞いをしていた。
暗に今は改めた、そう言いたいのだと優人は感じた。
「それが許されると思っていた、んです」
「……」
「だけど、それは間違いでした。誰にもそんな権利はなくて……それに私は思い違いをしていたんです。」
「思い違い?」
「神を宿すという事をまるでこの地を支配する事のように思っていたの、です。でも現実は違った。思った事が具現化してしまうという事は誰よりも自分を律しなければいけないという事なんです」
「……」
あの傲慢なサラのままではそんな事は無理だ、と優人は思った。
「前当主・想月理、私の父は自殺しました」
「自殺……?」
優人の聞いた話とは食い違う。想月理は病死だと聞いていた。
「世間体の悪さから病死だと周囲には知らせましたが、自殺でした。父が何故死んだのか、明確な理由はわかってません。でも、私は……私の為に父が死んだんじゃないかって……思ってます」
「サラの為に?自分を律する事が出来なかったから、とかじゃないのか?」
「いえ……確かに想い憑きをコントロール出来なくなった際はそうしないと、いけないです。でも、父が死ねば、想い憑きは私に引き継がれます。あの私が想い憑きを引き継げば大惨事になっていたでしょう」
「なら、尚更なんで……?」
「父は……私の心を殺すつもりだったの、でしょう」
「っ……」
優人はその言葉の意味を理解してしまった。
故に、言葉が出てこなかった。
「私の傲慢は筋金入りでした。でも、私の立場……生まれのせいでそれを窘められるのは父しかいませんでした。他の人間……母の言葉でさえも耳障りなら、私は無視しました」
「……」
「そして、私を窘めていた父の言葉でさえ、その場は聞いても、自らを省みる事はしません
でした。」
「だから、サラを諦めたのか?」
「恐らくは」
サラは頷いた。
「とは言え、直接サラをどうこうという訳にはいかなかったんだな」
「はい……それが、父の思いによるものだったのか、柵だったのかはわからない、です」
「だから、行動を起こしたんだな。自殺という行動を」
「私はそう思っています。心が死ねば、私が好き勝手する事はないと考えた、んでしょう」
「だが、それはリスクの割に不安定な方法じゃないのか、現にサラの心は死んでいないし、むしろサラの心を不安定にするだけでより危険性増す可能性だって」
「父は私の事をよく理解してた、んです。だからこそ、その方法がベストだと思った」
「!?」
「恐らくはあの時期が一番効果的だったんでしょう。私があの時より幼すぎれば、死に対する恐怖を理解できず、育っていれば心が耐えきってしまっていた。でも、だからこそあの事故が起こってしまった、んです」
「それは……」
「父が思う以上に、私の心は脆弱だった。だから、心が耐えきれなくなったら安易に肉体の死を選んだの、です。父は最悪その可能性を考えていたかも知れない、ですけど」
「……一つ気になる」
「なに、ですか?」
「父親の死がどうしてそこまでサラを追い詰めたか、その明確な理由がわからない」
「簡単な事です。自分が知らない事を知らないのは当たり前。だから、想像ではない本当の死のイメージを伝える為に父は死んだ。そして、父は想ったんです。この死のイメージを私に見せる事を……想い憑きにしか出来ない芸当だった、のです。それが、人の話を聞かない私には何より効果があった。自分を律せない想い憑きの結末を父は先に見せた、んです」
「……」
優人は可能性云々ではなく初めから、サラの父親はサラを自分で死なせるつもりではなかったのかと思った。
そんなイメージを見せられて、サラが死を選ぶのはおかしい事ではない。
その理屈で言うならば、サラの言う事故の原因はサラというよりはサラの父親だろう。
そして同時に優人は自分の父と照らし合わせて、幾ら月母尾の為とはいえ、自分の子供にそこまでする父親に嫌悪感を抱いた。