A.存在意義 其の四
「さて、この場合はどうするんだったか……」
気が重そうにセツノは呟いた。
「あの……」
妹を抱きしめたままトウカは声を上げた。
「なんじゃ?どんな理由があろうとキサンらが人を殺した事には変わらんぞ」
「それについてですが、確かに私達は人を襲いました。でも、人は殺してません」
「はぁ?そんな話が通る訳が……」
「ええ、確かに丸山姉妹は殺人を犯してはいないでしょうね」
「は?」
「え?」
「被害者に残った歯形の記録によると同一犯である事は確かです。ですが、それはあくまで、生存している被害者のものです。死亡した被害者の歯形は写真しかありませんから、素人目には判断は難しいですが、同じ形状には見えません」
「優人、どういう事じゃ!?」
「難しい事ではないです。死亡した被害者は首を噛まれています。そして、ここには一人……キョンシー以外の吸血鬼がいます」
「……!」
「え?!」
「ゆ、優人、キサン、ひっくり返したものをまたひっくり返すつもりか!?」
「何を言ってるんですか?僕は神道神子が無実なんて一言も言ってませんよ」
「ゆ、優人くん、じゃあ、亡くなった人を襲ったのはミコだって言うの?」
「そうだ」
絶句したサラを尻目に、優人は飴玉の棒を掴み、またぐるりと位置を変えた。
「では、これで最後にしましょう。殺人犯の特定です」
「特定?この吸血鬼はすぐに諦めたじゃろ?」
「……僕は殺人犯が神道神子だなんて言ってませんよ?」
「またそれか!」
「優人クン、どういう事デスか?」
「……死亡者には特徴があります。死に方をいう特徴が」
「死に方?どういう事、ですか?」
「被害者は致死量どころか、身体中の血液がほとんど全て抜かれているんです」
「身体中の血液じゃと?」
「そして、噛まれた痕跡以外に、針が刺されたような痕もあるんです」
「針?」
「……注射器で刺したんですよ。死なせてしまった以上、血を少しでも欲しかったんです」
そう言ったのはミコだった。
「おい、自白しよったぞ」
だが、優人は横に首を振った。
「それはあり得ない。そんな状況で、注射器や血液を保存できる容器があるかという問題もあるが、それ以上に刺されているのは数か所だ。全身の血液を抜くのは不可能だろうし、そもそも注射器だけでそんな真似が可能か?」
「それ、は……」
「道具でどうするのかは不可能に近い。だから、これは犯人の妖怪としての特性なんだ」
優人の言葉に反応したのはセツノだった。
「そうか。確かに、優人は散々吸血鬼に似た特性の妖怪を調べとったの。犯人が別の妖怪でその正体までわかっとんのか」
「ええ、犯人の正体。それはセツノさんの屋敷に行った時に調べた資料にありました」
「ま、待って、ください!その犯人がここにいる、んですか!?」
サラの叫びは困惑に満ちていた。
吸血鬼が見つかった以上、この事件に想月家は関係がないんじゃないか、という事らしい。
「サラ、オモイツキの尸童と言っても、その全てを把握できないんじゃなかったか?」
「それは……そう、ですが」
「吸血鬼事件は想月家の中で完結するんだ。じゃなきゃ、なんで神道は犯人を庇った?」
「!!」
「そして――その正体は、磯女だ」
「磯女……」
「ああ、あれか……」
やはり、これも反応したのはサラとセツノだった。
「聞き覚えがあるみたいですね」
「伝承は聞いた、事があります」
「伝承……何故、伝承が残ってるんでしょうか?」
「え?」
「考えてみてくれ、サラ。月母尾には海がない。だが、磯女は海の妖怪だ。何故、この伝承が存在している?」
「え、それ、は……」
「答えはな、外から持ち込まれた伝承なんだろう」
「外?」
「そう、月母尾の外だ。それにより、磯女が生まれたのか、あるいは月母尾の外にも存在していた妖怪が月母尾に流れ込んだのか、だ」
「月母尾の外にも妖怪が!?」
「いや、それは仮説だ、だが……本人に聞けばわかるんじゃないか?」
「あ……」
優人は飴玉の棒を口から離した、飴玉は綺麗になくなっていた。
「そう磯女は誰なのか。そして、この吸血鬼事件における殺人犯。それを俺が示す」
そして、優人は飴玉の棒を拳で固定し、正拳突きのように突き出した。
「その正体――見切ったぞ。備海芽唯!」
その瞬間、食堂でざわつきが起った。
「私、ですか?」
メイは極めて冷静な口調だった。
「……磯女の特徴の一つとして地に着く程の長い髪が挙げられます。その長い髪から吸血を行います。だが、想月家の使用人にそれだけ長い髪の女性はいない。吸血鬼である事が確定しているミコと、貴女を除いて」
「私の髪が?」
「備海さんはシニヨンに纏めていますが、シニヨンという髪型は実際の見た目以上に長い髪をしていないと出来ません。まぁ、それは客観的な話であって、それ以前に僕が髪を下ろした状態の備海さんを見ていますが」
「……まさか、それだけの理由で私が犯人だと言ってはいませんよね?」
「備海さんは随分、汗をかいているイメージがあります」
「……それが、なにか?」
「ですが、それは汗っかきというより、垂れてくる水を拭いていたんではないですか?」
「……」
「磯女の髪は長さ以外に濡れているのが特徴です。お風呂上がりだという備海さんの髪に意図せず、触れた事がありますが、風呂上がりだとしても、髪に水分を残したまま歩き回りますか?備海さんのような大人の女性が」
「そんな人間もいるでしょう。優人様の仰られている事は推論にすぎません」
「……推論で構わないんだ。辻褄が合って入れば、それが真実となってしまう、探偵とは。神道と丸山で確信した」
「な……何を言って……!」
「だが、貴女しかあり得ないんですよ。神道の後追いなんてのはね」
「!!」
「そう、犯人は神道の後追いをしてるんです。被害者の担当医が順番について保証してくれました。噛まれた後に針……もとい髪で吸血していると」
「……」
「神道は他のメイドと違って予定が不規則です。だから、他のメイドとは関わりが浅かった。ですが、貴女なら、メイド長なら予定を把握出来た。使用人のスケジュールを管理している備海芽唯ならね」
「……本当に不可能なんですか、他の人には」
「ええ、不可能です。そもそも、衝動的だったという一回目はともかく二回目以降は警戒して襲うタイミングを測るはずです。スケジュールを把握しなければ、後追いなど不可能です」
メイは痛いところを突かれたと言わんばかりに顔を歪めた。
「……そんな事、偶然かも知れないじゃないですか」
それでも、小さな声で反論するメイに優人は覚悟を決めた。
「備海さん。神道が殺人の罪を被ってまで、どうして貴女を庇ったと思いますか?」
「…………!!あ、あなた、もしか、して……気付いて……」
「……」
ミコは何も答えず顔を背けた。
「僕自身、気づいたのはつい先程です。ですが、思い返してみれば、貴女は神道が犯人である事を遠回しにアピールし、逆に神道は吸血鬼である事がバレるとすぐに罪を認め、貴女に追及がいないようにした。そこから導かれる結論は……貴女は妖怪化した事で追放された神道家の人間ではないですか?」
「!!!!」
メイは項垂れた。
「貴女が、殺人犯ですね」
メイは力なく頷いた。




