A.存在意義 其の三
静かな時間が流れていた。
それでも、誰かが進めなければ、終わる事が出来ない。
その役目を担う事にしたのはレルシィとセツノだった。
「……まぁ、流石は探偵じゃの」
「真実を求めたのはワタシ達デスわ。その結果がドウであれ、優人クンは評価されるべきデショウ」
「……それは、どうも」
優人はそう答えながらも遠くを見ているようだった。
「あー……提案じゃが、その優人の怪我もある。食事会は始まっとらんが、一旦お開きにせんか?」
「そうデスな。お料理を作ってくれた佐古田さんには悪いデスが」
「駄目ですね」
優人は遠くを見たまま、言い放つと、口の中の飴玉をぐりんと回し棒の方向を逆に向けた。
「な、なんでじゃ?」
「まだ、犯人を指摘してませんから」
「は?」
「え?」
二人に続くように、食卓には驚愕の声があがった。
「僕は吸血鬼を暴いただけです。犯人を指摘した訳じゃない」
「え……」
「どういう事デスか!?」
優人は自らの右肩に触れた。
「では……神道には僕を襲う事が出来ましたか?」
「!?」
どよめきが起こる食卓の中、サラが顔をあげた。
「み、ミコは私と一緒に食堂に来て、それ以降ずっと食堂にいました」
「なっ……どういう事じゃ、優人!ここに来て、やっぱり犯人は守でしたなんて言わんよな?」
「まさか、そんな訳ありません」
そう言うと、優人は用意していた資料を取り出した。
「さて、昨日の今日なので覚えていると思いますが、皆さんには検査を受けて貰ったと思います。歯形の検査を」
「ん?」
「ソレ、なんデスか?」
検査を受けていない、レルシィとセツノは当然ながら、わからなかった。
「難しい事はありません。昨日はいなかったレルシィさんを除き、想月家の人間全員の歯形を取ったんです」
「歯形?なんでそんなもんを?」
「考えてみて下さい。被害者は全員、血を吸われた人間です。という事は、噛み跡が残っていてもおかしくはないですよね」
「あ、じゃあ、その歯形とあった奴が犯人か!」
「……そういう事になりますね」
「じゃあ、それは誰デスか。口ぶりからはミコではないみたいデスが」
「それについてですが……この中にはいません」
「……え?」
「厳密には歯型を取った人間とは一致しなかった、という事です」
「えーと、ジャア?」
「歯形を取っていない人間が犯人ですね」
「……それって」
一番に青ざめたのはサラだった。
「え……私デスか?」
混乱の入り交じった表情でレルシィは自分を指差す。
「お、おい!正気なんか、優人!」
「あー……正気だし、言った通りではありますが、そういう訳ではないです」
「え?」
「……ホッ」
レルシィはあざといくらいに、露骨に安堵した。
「これについては、外部犯です」
「なっ!?」
「え……」
「先入観ですね。吸血鬼は確かに想月家にいました。ただ、吸血事件を起こしたのはそれとは別の存在なんです」
「な、なにそれっ!?」
その瞬間、セツノのキャラが完全崩壊した。
「で、でも、それって犯人がわからないって事じゃないですか?」
ハルカの発言にまた、食堂が騒ぎ出した。
「ところが、そう言う訳でもない」
「どういう事ですか!?」
ケイの声はよく通った。
優人は内心、うるさいなと思った。
「まぁ、これは状況証拠だが……完全な部外者なら、何故、今日俺を襲った?」
「確かに……」
そう呟いたナナにちらりと視線をやると優人は向き直った。
「犯人はここにいる誰かの身内だ」
その言葉に一番に反応したのはナナだった。
「それって……だから、共犯者……」
「え?」
隣のケイがナナを向いたところで、優人はテーブルを叩いた。
「そう、そして、この中に共犯者がいる」
「ど、どうしてそんな事がわかるんデスか!?」
「……まず、どうして共犯者がいるのかという事についてです」
優人は三枚の資料をテーブルに叩きつけた。
「これは全て、被害者の資料です。この三名の被害者には共通する事がありました」
「それは……?」
「一人では犯行が不可能なんです。守矢、来てくれ」
守を呼び寄せると優人はその後ろに立った。
「やって見せた方が早いでしょう。守矢、少し我慢してくれ」
「はい」
「被害者に話を聞いたところ、被害者は拘束を受けてから、噛まれています」
そう言いながら、優人は左手で守の口元を押さえ、右腕を捻りあげた。
「僕自身も先程同じように拘束され、右肩を噛まれました。ですが、被害者は肘や手首を噛まれているんです」
「肘デスか?」
「ええ、仮にこの状態で肘を噛もうと思えば、無理な体勢になります。僕の時の様に肩を噛むのが自然だと思いませんか?」
「だから、共犯がいるという事じゃな?」
「そうです。そして、その共犯はこの中にいる……正直に言うなら、目星自体は着いていましたが、明確な証拠はなかった。でも、最後の最後にボロを出しました。犯人は俺を襲ったんです。このタイミングで襲うという事は自ら、この中に共犯がいる事を証明する事だと思いませんか?」
「……筋は通りますね」
メイが腕を組んで頷いた。
「優人くん、誰なん、ですか、その共犯者は……?」
「それは……」
優人はゆっくりと人差し指を天井に上げたかと思うと、鉄槌を振るうようにその指を勢いよく振り下ろした。
「貴女ですよ――丸山桐花!」
全員の視線がトウカに向いた。
トウカは目を丸くする――だが、優人にはそれが演技に見えてならなかった。
「どうして、私……なんですか?」
「言うまでもなく、犯人が丸山奈緒だからですよ」
「な、なんでなんですか!ナオは……」
「丸山奈緒は一度死んで、生き返ったんですよね」
「!!……貴方、ナオがゾンビだからっ犯人だっていうんですか!?」
「……ああ、確かにゾンビも噛むイメージがありますね」
「だからって、ナオが犯人なんて暴論でしょ!?」
「ええ、そうですね」
「え?」
あっさりと優人が認めた事で、トウカは拍子抜けした。
「彼女――丸山奈緒はゾンビではありませんからね」
優人の言葉にナオは青ざめた。
「な、にを……」
「貴女自分で言いましたよね?丸山奈緒は自分が呪術によって蘇生したと」
「っ」
「それはゾンビというより……キョンシーではないですか?」
「……単なるイメージの問題です」
「それをオモイツキの前で言うんですか?」
「!!」
「そして、キョンシーも噛みますが、それはどちらかと言えば吸血です」
「証拠は……あるんですか!」
「……」
優人は腕を組み、目を閉じた。
「残念ながら、現時点では用意出来ていません」
「!……なら、ナオが犯人とは言えないじゃないですか!」
「ええ、なので、彼女の歯形を取らせて下さい」
「え……」
「僕の推理が正しければ、被害者に残っていた歯形と合致するはずです。この肩に残っているものともね」
「あ……」
「彼女が無実というのなら、受けてもらえますよね?」
「……」
トウカはうなだれる様にテーブルに両手をついた。
その時、ノックの音が響き、扉が空いた。
「お姉ちゃん、もう、いいよ……」
「ナ、オ……」
トウカはナオの顔を見ると、力尽きたように座り込んだ。
「丸山……まだ、想月家にいたのか」
「ごめんなさい、梔子君。襲っちゃって……」
「……今はその事はいい。理由を、犯行の動機を話してくれるか」
「そうだね。簡単に言うなら、生きる為、でした」
「生きる為……血がなきゃ生きられないって事か?」
「うん、その認識で間違いないです」
「だが、何故、人を襲わなきゃならなかった?」
「……丸山家は本来追放された人間だからです」
トウカが力なく答えた。
「追放?」
「優人様には、ずっと前の代に生業としての呪術師は廃業したと言いましたよね」
「ああ」
「ですが、実際は当時の丸山……逆上家は呪術を使って、横暴の限りを尽くしていました」
「逆上……?」
「それが、私達の本当の苗字になります」
「逆上……」
「逆上だと……!?」
サラやセツノは聞き覚えのある様子だった。
「知ってるのか、サラ?」
「はい……でも、私よりセツ……鬼崎さんの方が詳しいと思い、ます」
「……そのメイドが言っていた通りじゃ。逆上は呪術を使って、人を騙し、誑かし、欺き、謀る事で私腹を肥やし、遂には想月家や鬼崎家を乗っ取ろうと……クーデターさえ企てた輩だ」
「だから、逆上家は追放されました。祖父の代までは月母尾に戻り、復讐を成す事を考えていたと聞きます。ただ、それ以降の代はそんな事はなかったんです。丸山の姓を変えたのは父が婿入りした事でたまたま。月母尾に戻ってきたのは父と母がこの地を気に入ったからでした」
「だが、そんな過去のしがらみが今回の事を引き起こした、という事か」
「……ええ、確かに先祖が呪術師でなければ、ナオを生き返らせる事は出来なかった。でも、キョンシーになったナオは定期的に血を飲まなければ、生きていけなくなったんです。でも、援助を申し出る訳にはいかない……そうなれば、私達が逆上家だという事がばれてしまうから…………もう、どうにもならない事ですけど」
沈むトウカにナオは歩みより、抱きしめた。
「ごめんね、お姉ちゃん……ごめんね」
「……謝らないで、悪いのは私なんだから」
「ごめんね」
「ナオ……」
優人はそれを見ながら、何も感じないよう、心に鍵を掛けた。
真実を暴けば暴く程、周りの人間が不幸になっていく。
その想い自体は被害者を無視しかねないものではあったが、心を封印しなければ、その想いに押しつぶされそうだった。




