A.存在意義 其の二
五分後、全員の目の前にカップに入れられたスープが配られた。
「初めに食事会の前にすみません。佐古田さんに頼んで作って貰ったコンソメスープです。具はないので腹にはたまらないと思います」
「あの、優人様。これを配ったのって、飲めって事ですか?」
恐る恐ると言った風にハルカが言った。
「ええ、特に食べ物のアレルギーがあるとは聞いてません。多少の好き嫌いはあっても普通に飲める量でしょう」
「もしかして、これって犯人のスープにだけ別のものが入ってるとか……」
ケイが苦笑いをしながら言うのを見て、優人も苦笑いをした。
「無差別に配ってたのに、そんな事は不可能です。全員に同じスープを配ってますよ。まぁ、とりあえず、飲んでみて下さい。それで、吸血鬼がわかるはずですから」
優人の言葉に食卓がどよめいた。
そんな中、サラが真っ先に飲み干した。
それに続くようにレルシィが口をつけ、自分は関係ないけど、と笑いながらセツノが飲んだ。
三杯の空のカップがテーブルに置かれると使用人達もそれに続いた。
空になって置かれていくカップ。
やがて、一杯を除き全てが空になった。
「……もし、飲むそぶりを見せれば止めていた」
「え?」
驚きの声はサラのものだった。
「そう、ですか――どうしてわかったんですか?」
「きっかけは、佐古田さんに賄いの話を聞きにいった時だ。にんにくを使う事を止められていた事、気付かない程度のにんにくにも敏感に反応して抗議に来た事を聞いた」
「まさか、それだけで?」
「きっかけと言ったろ?にんにくは吸血鬼の弱点だが、言ってる事は最もだし、ただ単に味覚か嗅覚が敏感だと言われればそれまでだ」
「……なら、どうしてですか?」
「消去法だ。君しかいないんだよ――神道神子」
ミコは告発されたと言うのに、口許に微笑さえ浮かべていた。
「消去法ですか。そんな考え方で分かってしまうんですか」
「簡単な事だ。にんにくよりも吸血鬼の弱点としてポピュラーなものがある。日光という致命的なものが」
「消去法……そういう事、ですか」
「アノ、それどういう事デスか?」
事情を察する事の出来ない者を代表して、レルシィが挙手した。
「今回の事件を捜査するに当たって、鬼崎家に何度か協力を要請しました。その中で、想月家の屋敷の構造上、日に当たらずに行動する事は不可能だとわかりました」
「不可能って、そこに何らかのトリックがあるんじゃない、のですか!?」
サラの声は必死に混乱を押しとどめるように不安定だった。
「種があるのは確かだが、トリックと言う程じゃない。サラだって知ってるんじゃないのか?神道は他の使用人達とは仕事の内容が違って、屋敷を動き回る必要がない事を」
「それ、は……」
「学生の使用人にしたって、土日はそういう訳にはいかないし、季節によっては学校帰りでも屋敷では日を浴びる事になる」
「……学校ではどうする、んですか?」
「通学や移動の際は日傘を使ったんだろう。休日に調べものに連れ出した際も使っていた。体育とかは休めばいい。特に女子なら理由を作りやすいし、『退魔師』という役割を利用して怪我をしたとでも言えばいい」
「そんな毎回上手くいく、ますか?」
「曇りの日や体育館での授業の際はカーテンを閉めるなり、効果があるのかはわからないが日焼け止めとかを塗るなりして、上手く立ち回ればいい。そもそも、これは神道以外の立場ではより難易度が増すんだ。同程度以上の条件を満たしているのは、屋敷にいる人間だと、俺を含めても他にはサラ、守矢、レルシィさんの四人しかいない。そして、その中で一番可能性が高いのは神道神子。それだけの事なんだ」
「そんな……」
信じられない、といった様子のサラを見て、優人は瞼を閉じた。
「なぁ、サラ。真実を知って、後悔するなって言ったろ?」
「!!」
サラは硬直したかと思うと、その顔色からは血の気が引いていった。
「……最後まで、信じてくれていたんですね」
それまで、沈黙を守っていたミコは泣きそうな笑みでサラに言葉をかける。
サラがミコの方を向いたかと思うと、ミコは立ち上がり、サラに頭を下げた。
「でも、そんなお嬢様の信頼を裏切ってしまいました…………ごめんなさい」
ミコの姿を見て、サラは頭を抱えた。
「動機、話してもらえるか?何故、こんな事件を起こしたのかを」
「……優人様には分かってるんじゃないですか?」
ミコは自嘲げに笑った。
「想像はつく、だが、それは裏付けのないただの妄想だ」
「話してくれますか?」
「……神道家や『退魔師』の事が原因で、吸血鬼である事を隠さないといけなくなったんじゃないか?」
「全くもってその通りですよ」
優人は一瞬、今必死に取り繕っているミコの内面を垣間見たような気がした。
「父は混血種の天馬になんて乗っていましたが、神道家自体は純血主義なんです」
「純血?」
「純粋な人間である事だけを良しとしたんです。竜を追うものは竜になるなんて、諺もあるのに……人間として強くある為、なんて耳障りはよくても、その実は他の種と交わる者や人外の域に達してしまった者を排除する為の口実なんです」
「排除……殺されるって事なのか?」
「昔はそうだったみたいですね……今は分かりませんが、少なくとも追放は免れないですね」
「だから、隠した、と?」
「ええ……吸血鬼になったのはある日突然の事です。だから、気付かれる事はなかったんですが、戸惑いました。身体能力が上がったメリットはありましたが、それ以上に排除が怖かった。だから、必死に……必死に隠しました。でも、耐える事の出来ない事があったんです」
「吸血鬼としての本能、という事か」
「……ええ、所謂吸血衝動を堪えるというのは本能に抗うのに等しかった……いや、それ以上でした。何も食べないとか一睡もしないとかいう次元ではなくて、息をしないとかそれぐたいに苦しいものでした」
「誰にも打ち明けなかったのか?」
「……そうですね、もしその時に協力者がいたら、こんな事にはならなかったかも知れません。でも、誰にも打ち明ける事なんて出来ませんでした。それ以前に神道の娘でしたから」
「だから、遂には我慢出来ずに襲ったのか」
「ええ、完全に無意識でした。そして、意識を取り戻した時はもう手遅れだと知りました。仮にその時、打ち明けたところで、この身は加害者でしたから。だから、必死にばれない事だけを願っていました。でも、それも、もう、終わりなんですね」
「……そうだな」
頭を抱えていたサラは手を離すとミコを見つめた。
「私を……恨んで、ますか?」
「え?」
ミコは目を丸くした。
「貴女が吸血鬼になったのも、貴女が追い詰められたのも、貴女の正体が暴かれてしまったのも元をたどれば、私とオモイツキによるもの、です。だから……」
「そんな事ある訳ないじゃないですか」
ミコははっきりした声で断言した。
だが、その瞬間、ミコの左頬を一筋の涙が濡らしたのをサラは見た。
「信じてもらえないかも知れませんが……私がお嬢様を恨んだ事なんてありません。お嬢様は私にとって……大切な……大切な主ですから」
その言葉を聞いたサラは両手で顔を覆った。




