Q.血を奪う者-ヴァンパイア- 其の四十一
「――」
身体が重かった。
先程までは精神的なものだったが、今は肉体的なものだった。
肌に触れる雑草が鬱陶しくて、それから逃れようと優人は立ち上がろうとした。
地面についた手に力を入れるが上手く身体が持ち上がらない。
そこまでポンコツになったかと嘆いたが、右肩からの出血が原因だと気付いた。
腕を固定して腰を上げる事を意識する。
それが芋虫のようでどこまでも無様だと思った。
それでも――
「くっ……うあああっ」
それでも、起き上がる。
辛くても、苦しくても――
真実を、自身の推理を……梔子優人を待っている人間がいる。
ふらりと立ち上がった。
だが、酷い貧血でそのまますぐに倒れそうになった。
何とか壁に着いて、それを防ぐ。
だが、このままでは一向に進む事が出来ない。
どうしたものかと思った時だった。
「優人様!」
守だった。
「皆様、お待ちで……どうしたんですか、それ!?」
「……肩を貸してくれ」
「は、はい!」
時刻は予定されていた八時を二十分程過ぎていた。
「お待たせ……しました」
「優人くん!?どうしたの、ですか、その傷!」
「すぐに手当てを!」
優人は椅子に座らされ、すぐに応急処置を受けた。
「優人クン」
その声に懐かしいものを覚えた。
サラよりも一回り小さい女性が心配そうに歩みよってくる。
「レルシィさん、お久しぶりです」
サラの母親、レルシィ……だが、母親というよりは妹にしか見えないな、と優人は思った。
「お久しぶりデス。でも、それよりナニがあったんデスか?事故デスか?それとも……」
「お察しの通り、ですよ。襲われました」
「それはモシヤ……」
「犯人、ですか?」
「……まぁ、そうでしょうね」
優人がそう答えたかと思うと、食卓のテーブルがドンと叩かれた。
音のした方向に注意を向けるとセツノが立ち上がっていた。
「のう、優人。そんなら、キサンの推理をするまでもなく、犯人を特定できやせんか?」
「……へぇ?」
一瞬、優人はキョトンとした顔つきになったかと思うと、口許が歪んだ。
「今日ここで優人を襲って得するのは犯人だけじゃ!優人、キサン、いつ頃襲われた?」
「…………確か、七時四十五分は過ぎていたはずです」
「場所は?」
「庭園の出入り口の辺りです」
「なら、殆ど決まったようなもんじゃ、その時間帯には殆どの人間がこの食卓におった。そん時に優人以外でおらんかったか、席を外した奴が犯人じゃ!」
「……え、でもその時間は」
「なんじゃ、サラ?」
「一応、私は主催者だか――ですから、時間管理は徹底した、んです。外注の警備員を除いて、使用人は全員その時間帯には食卓にいるようにした、んです」
「いえ、正確には全員ではないデスね」
「あ、例外として母様に付き添うようメイには指示していました。」
「じゃあ、そのメイドはどうなんじゃ?」
「私はずっと、奥様の傍にいました。その事については私が奥様の、奥様は私の証人になるでしょう」
「……そうネ。メイはずっと傍にいまシタ。勿論、途中でお花を摘みにいったという事もなかっタ」
「花を摘みに?そりゃ、そうじゃないんですかい?」
「……とにかく、母様とメイは互いにアリバイがあるという事、です」
サラは引き攣った笑顔で言った。
「まぁ、レルシィさんやサラは元からないとは思っとったが……他の使用人はホンマにアリバイがあるんか?」
「そのはず……ですが」
「料理人とかはどうなんじゃ?食事会の料理を作る時間は?」
「先に作らせて、ます。全員参加させなければいけないので、メニューの事で、苦労をかけ、ました」
「うーん……ん?じゃあ、さっき優人を連れてきた執事はどうなんじゃ?」
「え、守は……優人くんを呼びに行くよう指示を……」
「それ、いつ頃なんじゃ!」
「えっと……」
メイが手を挙げた。
「奥様と私が食卓に来てすぐですので、食事会の十分前、七時五十分頃のはずです。入れ代わりに出て行ったのを覚えています」
「……これは、決まったんじゃないか?」
「えっ!?ぼ、ボクですか!?」
戸惑う守にセツノは人差し指を突き付けた。
「優人が襲われたのは七時四十五分以降、その時間帯に一人でおったのはキサンだけじゃ!」
「そ、そんな!ボクじゃないです!ボクはただ、優人様を呼びにいって……」
「確か、守とか言ったの?キサン、その割には随分帰ってくるのが遅かったのぉ」
「そ、それは、部屋に優人様がいなくて、探していたからで……」
「探していた?携帯電話っちゅう文明の利器があるんじゃ、電話すればよかったろうが!」
「あの、ボク持ってません」
「ふぇ?」
ずっこけるセツノを見ながら、優人はそう言えば自分も持ってないな、と考えた。
「ま、まぁ、それは置いといて、優人を襲えたのは守、キサンだけじゃ!」
「そんな!そうだ、時間はどうなんですか!?優人様が襲われたのは七時四十五分なんでしょう!?ボクは五十分に食堂を出たんですよ。時間が違うじゃないですか!」
「勘違いしとるの」
「え?」
「優人は四十五分以降と言ったんじゃ、つまりそれ以降は時刻を確認しとらん。逆に言えば、四十五分を過ぎてからなら、優人が食堂に着く前ならいつでもよかったんじゃ。場所が庭園なのはたまたま。キサンの運動能力は知っとる。五十分に出てもキサンのなら真っ直ぐ行けば、優人を襲える!」
「なっ、なんでボクがそんな事を!?」
「何を今更、キサンが犯人だからじゃろ。このまま真相を暴かれれば、破滅。だから、イチかバチか優人を襲おうと考えたんじゃ」
「ち、違っ……もし、仮にそうなら、なんで優人様を生かすんですか?こうやって疑われるリスクを背負ってまでやるのにそれなら、せめて真相を葬る為に優人様を殺すんじゃないですか?それに……そもそもボクが優人様を呼びに出たのはたまたまなんですよ?」
「そんな事は予想出来る。キサンはこの数日ずっと優人の助手をやっとったからの。情が生まれて、殺す事は出来なかった。あとは罪をこれ以上重くしたくなかった。今日さえ乗り切れば、別の対策も考えられるだろうしな。後、本当にたまたまでも構いはせん。偶然舞い込んだチャンスに魔が刺したっちゅう事じゃろ」
「そんな、無茶苦茶じゃないか……優人様は庭園の方にいたんですよ!?部屋ならいざ知らずボクはそんな事知らなかった」
「わかっとらんのぉ」
セツノは呆れたように後ろ髪を掻き上げた。
「え?」
「そんな事は知らん。優人が庭園の方に行くのを見とったのかも知れんし、もしかしたら、発信機の類いを優人に着けといたのかも知れん。そんなんは悪魔証明じゃ。重要なんはな、守。キサンしか犯行が出来なかったっちゅう事じゃ」
「!?」
守は絶句した。
「……ふん、反論はないようじゃな」
優人はこの状況を静観していた。
「まぁ、そういう訳じゃ、優人。今日のところは安静にしとったほうがいいんじゃないか?」
「……」
優人は答えず、目を閉じた。
「優人くんの体調はどうなの?」
「血を失っているので安静にしたほうがいいのは、確かです。命にかかわる程ではないですが、優人様のお身体を考えると楽観は出来ません」
手当を担当した想月家お抱えの医師が言う。
「病院に行った方がイイでしょうか?輸血なり点滴を受けるべきじゃナイかしら」
「ええ、そうですね。そういった類いのものはこの屋敷には取り揃えていませんので」
「では……」
「そうか、これが狙いか」
優人はポケットからいつものように棒に刺さった飴玉を取り出した。
ゆっくりと包装を剥くと、飴玉を咥える。
貧血でしっかりしない頭の回転を早める。
「優人、くん?」
「流石に――この状況じゃあな」
「え?」
優人はセツノのようにテーブルをドンと叩きつけると、立ち上がった。
「では――吸血鬼の正体を解明しようか」
次からは回答編になります。
真実に至らずとも、推理を諦めていない貴方へ。
①舞台設定の特殊さを考えた時、犯人の行動ではなく、探偵(優人)の行動を追えば、真実に繋がるかも知れません。
②調べればわかる情報を意図的に開示していません。
それを知れば、探偵(優人)の行動の意味がわかるかも知れません。




