Q.血を奪う者-ヴァンパイア- 其の四十
ケイが出て行ったところで、優人は大きくため息を吐いた。
「優人様」
傍に控えていた守が声をかけると、優人は視線だけを守に向けた。
「今のやり取りで、犯人がわかったんですか?」
「わかったよ。七海……に言った通りだ」
「それって共犯者の話ですか?」
「まぁ、そういう事だよ」
「……」
守は沈黙した、だが、かぶりを振ると優人に再度向き直った。
「あの、最初の頃、佐古田さんに確認に行ったじゃないですか。あの……」
「守矢」
優人はそれを遮るように手を挙げた。
「明日……話す。全てを明らかにするさ」
守はそれを聞いて押し黙った。
翌日の学校を終え、優人が屋敷に戻ると検査の結果が出ていた。
それは確実な証拠であり、優人の推理を裏付けるものだった。
想月レルシィは、まだ帰っていなかった。
八時頃に着くらしく、それに合わせて食事会を行う事になった。
それまでの間、優人はとても部屋に籠って待つ事は出来ず、優人は外の庭園に出た。
それまで優人はじっくり見た事はなかったのだが、庭師によって管理された庭園は美しく、日が落ちた事で月明りに照らされた草花が、苛立ちを感じていた優人の神経を宥めてくれた。
だが、それは同時に苛立ちに紛れた暗い思いを浮き彫りにした。
『悩んでいるのかい?』
その声は明らかに人間のものではなかった。
優人は振り返る。
するとそこには狐のお面を被り、浴衣を着た男児がいた。
想月家にそうような男児はいない。
そのような年頃の孤児を引き取っているという話は聞いていなかったし、何よりその男児の輪郭はこの世と隔てるように白い靄が縁取っていた。
『そう身構えないで欲しい、君に危害を加えるつもりはない』
「何者だ?」
『そうだな。想月の意思だとでもいうべきか』
「なんだよ、それ。オモイツキだとでも言うのか?」
『いや、そうではない……ある意味そうとも言えるが』
「?」
『わかりやすく言えば、幽霊だよ。想月家の』
「それって、サラの先祖だって言うのか?」
『……まぁ、そういう事さ』
「それで、そのご先祖様が何か用……ですか?」
『別に敬語を使わなくていい。親しみやすいようにこんな子供の姿をしているんだ』
なら、その胡散臭いお面はなんだよ、と優人は思ったが口にはしなかった。
「俺とは直接の関係はないはずだけど」
『そう言わないで欲しいな、君は“探偵”なのだから』
「?どういう意味だ」
『この月母尾において探偵はいわば“主人公”なんだ』
「主人公!?」
『考えてみるといい。こうして妖怪や人外が蔓延る世界で秩序を守る存在だ』
「それは鬼の役目じゃないのか」
『ある意味ではそうだ。だけど、彼らには解決出来ない事件がある』
「解決出来ない……今回みたいな事件が?」
『そうだ、君――もとい探偵にしか解決出来ない事件だ』
「……いや、待て。解決出来ない?そんな事ってあるのか?」
『君が言いたい事はわかる。現実の警察はお話の中のように無能ではない。だがね、此処月母尾に限って言えばそうではないんだよ』
「オモイツキ、か」
『ミステリーという物にオモイツキが触れてからというもの、探偵を選定しなければ解決出来ない事件が発生するようになった。探偵役にしか解決出来ないんだ。他の人間には気付く事が出来ない。オモイツキの力によって解決までの道筋を封印されてしまっている』
「なんだ、それは……まるでマッチポンプじゃないのか?」
『君がどう思おうが構わないが、オモイツキによって作られてしまったルールだ。抗う事は出来ない。勿論、その尸童にもね』
「……例えば、俺が解決する事を放棄すれば、どうなる?或るいは、わざと――いや、わざとでなくとも間違った答えを示せば?」
『その時は探偵契約が解除されるだけだろう。もっとも、今まで探偵でそんな人間がいなかった。祟りの類いがないとは言えないが……まぁ、君の場合は命がかかっている以上、余程の事がなければそうはいかないだろう』
「間違える可能性はあるだろう!?」
『さて、それはどうだろう?物語の演出として途中で間違った推理をする事はあっても、最後には正しい答えを示すのが探偵だろう?』
「それは、物語の中で…………そうか、だから、主人公か」
『……』
「なら、それはやっぱりマッチポンプじゃないか。結局はオモイツキの力なんだろう?」
『いや、君の素質だ』
「なにが!?」
『君はサラの贔屓によるものだと思っているのだろうが、君が選ばれた事は君の素質だ。仮に過去に同じ事があったとしても君に素質が無ければここに探偵としてはいなかった』
「そんなのわからないだろ!?アンタは想月の人間であっても、オモイツキの本体ではないんだろ!?」
『それはそうだ。だが、君は現に事件の真実に至ったのだろう?』
「それは……」
『それはサポートがあれど、君の実力と努力によるものだ』
「……そうかい」
優人は視線を反らした。
『そうか。君は真実を告げるのが怖いんだな』
「!!」
『安心しろ、というのはおかしな話ではあるが、オモイツキによる因子があれど、犯人が犯行に及んだのは犯人自身の意思だ。罪には罰がある。正当な裁きには正当な告発が必要だ。君の至った真実は正当なものだ』
「……それで、誰が傷ついてもか?」
『その罪は君にはない』
「気休めじゃないか」
『そうかも知れない。だが、君の推理が真実は必要とされているんだ。それを見ない選択がない訳ではなかった。それで傷つくのは自己責任ではないか?』
「……」
『得てして、真実とは大抵残酷なものだ。それでも求められる以上、気にせずに君は真実を告げればいい。無責任はよくないが、そんな事にまで責任を感じる必要はない』
「そんな言葉で割り切れっていうのか?」
『強要はしないが、辛いのは君だろう』
「……」
『さて、そろそろ時間だろう?』
少年は庭園の中央にある時計を指差した。
時刻は七時四十五分を回ったところだった。
「ああ、そうだな」
優人は背を向けて、屋敷に向かって歩きだした。
『優人君』
呼び止められ、優人は足を止めた。
『覚悟を決めろ。君は探偵になったんだから』
優人はそれには答えず、歩き出した。
心の中で呟く、分かってるさ、そんな事――
優人の足取りは重かった。
だが、歩みを止める訳にはいかない。
重い足取りのまま庭園の出口を出ようとした時だった。
強い力が優人の口を押さえ込んだ。
「!?」
さらに咄嗟に抵抗しようとした右腕の手首を押さえられた。
「うっぐ……!!」
それでもなんとか振りほどこうと優人が身体を捻った瞬間。
その右肩に鋭い痛みと熱が走った。
元より、脆弱な身体だ。
血液が流れていく事で身体はいとも簡単に抵抗を放棄した。
「あ……ぐ……」
意識が朦朧としていく中、優人は懐かしい感覚が駆け巡った。
自分が死へと落ちていく感覚。
この数日忘れていた、自分の身体の不調。
真実に至る前に探偵は死なない。
だが、真実に至った探偵なら告発を前に死ぬ事もあるだろう。
優人は本能として抵抗を試みようとした。
だが、すぐにそれを諦めた。
無理に生きたくはない。
殺されるのならそれはそれで構わないか、と優人は思った。
意識が途切れようかという刹那、少女の顔が浮かんだ。
『死なないで――!!』
悲痛な叫びだった。
それを優人は冷めた目で見ていた。
(お前がそんな事を言うのか?)
少女の正体はサラだった。
だが、サラはサラでも幼少期のサラ、優人を苛めていた時のサラだった。
『ごめんなさい!私が悪かった!悪かったから……!!』
(そんな殊勝な台詞……そんな、台詞?)
あるビジョンがフラッシュバックする。
血塗れの優人を抱き、泣きながら謝るサラ――
(ああ、この感覚……あの時が最初だったんだな)
そう思い至ると優人の意識は暗闇の反対側へと押し上げられた。




