・探偵契約 其の三
その部屋は扉からして装飾やら何やらが違っていて雰囲気が他の部屋と違っていた。
そして扉の上には『実務室』とある。その扉を芽唯はノックした。
「お嬢様、梔子優人様をお連れしました」
「!……はい、どうぞ」
サラの声なのだろうが、優人の記憶とは一致しなかった。
月日の流れによるものだろう。
「優人様」
芽唯が優人に向けて扉を開けて催した。
「……失礼します」
実務室の中は書斎と応客間を一緒にしたような部屋で手前には向き合う形で配置されているソファと中心にテーブル、奥には社長が使うようなデスクと本棚が配置されていた。
「……優人くん」
「邪魔をする」
優人はテーブルとデスクの間に立っていたサラに構わずソファに座った。
「っ……」
サラはそれに従うように優人とは向かい側のソファに座った。
「久しぶり、だな」
「はい、久しぶり、です」
そう交わすと二人共黙ってしまった。
「お茶とお菓子をお持ちしました」
いつの間にかいなくなっていた芽唯がお茶と茶菓子を持ってきた。
雰囲気からして紅茶と洋菓子と思われたが、緑茶と和菓子だった。
「どうも」
「ありがとう、芽唯……控えなくていいわ、席を外しておいて」
「かしこまりました」
芽唯が部屋を出るとサラは一口お茶を飲むと決心したように優人を見た。
「ずっと……ずっと会いたかった。会って謝って……お礼を言いたかった」
「……」
優人はそっぽを向いて茶菓子を一口齧った。
横目でサラを改めて見る。
優人が知る想月沙良とは印象が変わっていた。
当然、成長が主な理由だ。
身体のラインは女性らしい曲線を描いている……あくまで成長前との比較で、一般的にはとても控えめなのだが。
ヘアスタイルも以前とは違っていて、以前は活発なイメージを抱きやすいショートカット、現在は深窓の令嬢らしいミディアムロング。唯一、どんなに整えてもつむじから跳ねる所謂アホ毛だけが今も昔も変わっていない。
顔つきもどこか傲慢で自身に溢れていたのが、おどおどした控えめな表情に変換されている。
優人はそれを思い、鼻で笑った。外見の印象がいくら変わろうと本質がそう変わるものではないはずだ。優人はそう思った。
「それが……それが理由なのか?」
「理由……呼んだ理由って事?」
「ああ」
サラは頷いた。
「そうか……」
優人は口許を緩めた。
だが、それは友好的なものではない。
「どこまで知ってるんだ?」
「えっ?」
「俺の身体の事……どこまで知ってる?」
「…………もう永くないって聞いたから、療養の為って言ったん、です」
「そうか、つまりは後悔したくなかったって事か」
「……」
サラは目を丸くした。
「何も出来ないまま僕が死んだら後悔するからな」
「それは……」
「自己満足じゃないのか?」
「っ……」
サラは苦しそうに顔を歪めた。
言葉のナイフ、なんて表現があるが、サラは今まさにその刃に貫かれているようだった。
「なんだ?こんな言葉が苦しいのか?当然の感想だろ」
「……君に、優人くんに、言われるから苦しいの、です」
そんなサラを見て、優人は一息吐いた
「……俺はね。正直、もうどうでもいいんだよ」
「え……?」
「本当はもう諦めてる。頭も身体もボロボロだ。ここから治るとは思えない」
「それは……」
「精神がそんなじゃあ、治るものも治らないだろう?まぁ、マシだったとしても治る状況ではないと思うけど」
「なら、なんで……?」
「……」
優人はまたそっぽを向いて、茶菓子を齧る。
自分が何故まだ足掻いているか、その理由を思い出そうと茶菓子の糖分を吸収した。