・探偵契約 其の一
カテゴリーとしてはミステリーですが、物語の都合上によるもので、推理しやすくは出来ていません。
それでも、挑戦したい方や単純に物語や設定を楽しみたい方に向けてになります。
梔子優人の本音としては、もう無理をして生きていたくはなかった。
しかし、それを口にすれば父は悲しむだろうし、死んだ母に申し訳が立たなかったので、その気持ちは押し殺し、生きていくしかなかった。
優人が親元を離れる事が決まったのは、中学の卒業が決まったその日だった。
体調の関係で入試を受ける事が出来なかった為、本来は優人と同じような学生が通うスクールに通う事になっていた。
しかし、その事をどこかから聞きつけた、以前暮らしていた月母尾という場所の名家・想月家から使いの者が来た事で、優人を引き取りたいという話があがった。
その話の内容としては、月母尾は自然が多く優人の療養にいいだろうという事、地元の高校なら優人の事情を受けて試験なしで編入が出来る事、またその口利きを想月家が行う事、そして何より想月家が優人に過去の事で恩義を感じている為、諸々の費用を想月家が持つ、その代わりに優人の体調が戻れば、稼業の手伝いをして欲しいとの事だった。
父と話し合った結果、優人はその話を受ける事になった。
ただ一つ不安だったのは、母が亡くなって以降、元気がない父を一人にする事だった。
出発の日、寂しそうな笑顔で手を振る父に手紙を書くからと言って、優人は月母尾に向かった。
「お父さんの事、気になるんですか?」
そう口にしたのは想月家から派遣された使用人の女子・神道神子だった。
「どうして?」
電車の中、優人は流れる窓の景色を眺めたまま、問い返した。
「だって……気になるじゃないですか」
「……」
「神道さん、失礼ですよ」
ミコを諌めたのは、守矢守。同じく使用人だが、ミコより年下の男子だった。
優人はミコや守の事は昔から知っていた。
想月家の娘・サラと優人は同い年だった事もあり、よく接点があった。
その際に年の近いミコと守はサラによくついてまわっていた。
最も、優人はその頃のサラを含めた三人にいい印象は持っていなかったが。
「あと、どれくらいで着く?」
「三十分くらいです」
守は腕時計を見て答えた。
「そう……眠るから頃合いを見て起こして」
「でも、三十分しかないですよ?」
「守くん、優人く……様が辛いなら、そうさせてあげるべきよ」
「あ、はい」
二人のやり取りを見て、優人はそのまま眠りについた。
月母尾の最寄り駅に着くと、タクシーを拾って想月家に向かう事になった。
未成年ばかりでタクシーを利用すれば、何かが無くとも警戒しそうなものだったが、運転手は行き先を聞いて、納得した風でそのまま出発した。
月母尾という地域は少し特殊だ。
田舎と言えば田舎なのだが、自然に溢れる山村部分と都市と言っても過言ではない程発展している都会部分がある。
どちらも月母尾なのだが、簡単に言えば、田舎と都会の境界線の地域という事だ。
想月家はその山村部分にある古くからの名家である。
その影響力は山村部分では勿論、都会部分でも多大だと優人は聞いていた。
その理由は二つ。
山村部分では過去からの信仰に近い伝承により、崇拝されている事。
都会部分では月母尾では一等地の土地に幾つか持ちビルを持っている事だ。
その為、月母尾において想月家は実質上支配していると言って過言ではない。
だからこそ、優人の父は優人を任せられると思い、優人を任せた。