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第3話

「どうでした、議員レクチャーは?」


 研究室に戻ると、大熊電機の大熊勝(おおくままさる)が國場たちを待っていた。


《響20号》は光響大で研究されるレーザー施設だが、研究室と共に設備の製造を請けおうのが大熊電機だった。

 京都の下町工場の二代目社長で、40歳。

 白川教授とは親子ほどの年齢の開きがある。

 作業着から浅黒い肌を覗かせる大熊はまさに現場で働く軍曹のような雰囲気がある。


「ええ……いつもの先送りですよ」


 國場は議員レクの状況を大熊に説明する。

 緊張して臨んだだけに、議員のそっけない返答は残念だった。


 目下のところ、宇宙開発委員会への説得材料を集めなければならない。

 そのために技術課題を整理しておく必要があった。


「そうですかい。まあ、そう簡単には認めてくれませんわなあ」


 現実を素直に受け入れた大熊は前向きにいった。


「『DALB計画』は今後、『D計画』と略称しよう。そのほうが議員にも覚えが良いようだ」

 

 加瀬が提案した。


「そうですね。余計な英語表記は混乱を招きそうですし」


 同意した國場は話を切り替え、「白河教授、《響20号》の運用時間はどのくらいで改良できそうですか?」


 ときいた。

 

 そうですねえ、と深いため息を洩らした白河は「いまはなんともねえ……」と曖昧にこたえる。


 現状、《響20号》には以下の三つの課題があった


・連射性能(ピーク出力2000兆ワットのレーザーを一秒間にどれだけ射てるか)


・稼働時間(X発/秒の連射をどれくらい維持できるか)


・冷却時間(連続稼動後、次の再稼働までにどれだけ時間がかかるか)


 これらの技術課題を克服するためには、レーザーを生み出す利得媒質の開発や関連コンポーネントの冷却設備の見直しなど多岐にわたり、課題は山積みだった。


「もちろん改善の余地はまだまだあります。努力もしますが……技術革新もないなかでそれはなかなか……」


 それこそ雲を掴むような話だ。

 いい淀んだ白河が首を振った。


「米国ではレーザーで岩盤を貫く実験にも成功していると聞いていますが?」


 あくまで事実確認という感じで加瀬がきいた。


「米国で開発中のレーザー兵器の威力はわたしも把握していますよ。でもねえ……そもそも《響20号》はレーザー兵器の研究で生まれたものではなく、次世代クリーンエネルギーの研究で生まれたもので、小惑星の軌道を変えるようなレーザーの連射なんて想定していないもんでして……」


 もっともな説明だった。


『D計画』のワーキンググループが組成されたのは半年前。

 現状の実施要項は開発中のアイディアを寄せ集めたいわば〝机上の空論〟にすぎない。


 その確度をあと半年でどこまで高められるか?


 胃を絞り上げられるような焦燥感に駆られながら、宇宙開発において拙速は禁物だ、と胸の裡にいいきかせる。

 空気を変えるように國場は、


「加瀬さん。《セクメト》のスペクトル分析の結果はどうでしたか?」


 と問うた。


 望遠鏡による観測写真が白黒なのは〝人間には見ることのできないもの〟を観測するのが目的である。

 不可視光線も可視光線も記録する望遠鏡の観測結果から、天体を分析するためだ。

 だから色彩という情報をそぎ落とし、白黒になっている。

 

 太陽のような恒星は星自体が核融合反応によって強く輝いているが、その他の天体惑星は恒星の光を反射している。

 つまり光の反射を分析すれば、その天体を分析できる――それがスペクトル分析だ。

 光によって小惑星の硬度や材質を解析するのである。


「それが、観測データが少なく、いまはなんとも……」


 不正確なことはいいたがらない加瀬がこたえに窮した。


「500メートルぐらいの小惑星であれば、エネルギー量7200万ジュールのレーザーを15年間照射しつづければ軌道は換えられます」


 7200万ジュール(20kWh)は一般家庭の消費電力量に相当する。

 たったそれだけのエネルギーでも塵も積もれば山となる。


 だが、いかまらプロジェクトを立ち上げて最速三年でスタートさせても、人類に残された時間は15年を切っている。


「あの、ずっと疑問だったんですがね……?」


 弱々しい声を上げたのは大熊だった。


「《響20号》のレーザー……京都から宇宙に照射するわけじゃないわけでしょう?」


「ええ、現状、『D計画』では運用可能時間を調整した次世代《響20号》を長野県木曽根町に建造する案を考えています」


 そういって國場は書類のなかから建設予定地の地図を示した。

 近隣には天文施設も数多く点在する地域だ。

 レーザーは地球上のどこでも宇宙に向かって照射すればいいというものではない。

 地球の公転面上にレーザー基地は配する必要があった。


「もし仮に《響20号》の高強度レーザーを宇宙空間に照射できることが可能になったとして……今度はその高強度のレーザーを受け止める光学フェーズドアレイ装置《LPHA》ってやつの耐久性も問題になるんじゃありませんか?」


 大熊の指摘はもっともだ。

 國場は、


「《LPHA》の研究はJAXAでやってます。こちらも打ち上げ可能なロケットエンジンとの兼ね合いや仕様決定でいろいろ調整が必要ですね」


「やれやれ……考えるのも嫌になってくるね」


 深い溜息と共に首を振ったのは白河だ。


「どれも解決は困難だ……不可能といってもいいんじゃないかい?」


「まだ始まったばかりですから」


 國場はみんなの気持ちを鼓舞するようにいった。


「順調な滑り出しとはいきませんでしたが、ひとつひとつやれることをやっていくだけです。白河教授と大熊さんは《響20号》の運用問題をよろしくお願いします。レーザーを受け止める《LPHA》も進めていきますので」


「わかりました、やってみましょう」


 白河が頷いた。


「本日は京都までわざわざありがとうございました」


「いいえ……こちらこそよろしくお願いします」


 そういうや、國場はテーブルに手をつき、深々と頭を下げた。

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