第六話 異世界での初戦闘
「何でお前そんなにやる気なの?そんな喧嘩好きだったっけ?」
「あの生き物に興味があるって気持ちが強いな。猿に似てるのに体毛が無い理由は何でだと思う?皮膚を守る必要がないほど強いのか、それとも体温を自由に調整できるのか……。こんなに間近に見られるチャンス、逃す手はないぜ」
「私はお前の頭が心配だよ……。嫌悪感しか感じないわ、あんなの」
私は嫌々ながら、竹刀袋から二本のお気に入り竹刀から一つを取り出した。巨大ムカデに追われていた時も手放さなかった、愛着の竹刀だ。本当は剣道の時でしか使いたくなかったけど、化け物相手に素手で挑む方が嫌だ。我が儘は言ってられない。
「……せめて相手が人間だったらなぁ」
「大丈夫だって。俺があの化け物の注意を引くから、姉ちゃんは隙を見て攻撃してくれ。多分、急所は人間とそんなに変わらないだろ」
幸太郎はそう言いながら前に出る。おお、本当に頼もしい。
化け物が相手にでも物怖じしないその度胸は、私も見習わないといけない。そして、弟が戦おうとしているのに、姉の私が逃げるわけにはいかないな。
……覚悟を決めよう。弱音はもう吐かない。
一瞬だけ目を閉じて、深呼吸をする。
「……よし、行くぞ幸太郎!!」
「ガギャァァァァ!!」
私は自分を鼓舞するように叫び、竹刀を中段に構えた。それに呼応して、三体の化け物が一斉に、前方にいる幸太郎の方へと向かってくる。走ってくる速さは、それほど速くはない。恐らく、攻撃も同じような速さだろう。対処はできるスピードだ。
だが、身の危険を察知した心臓が、はやく逃げろと叫ぶように暴れる。
私は落ち着け、冷静になれ、と自分に言い聞かせながら、もう一度作戦を思い出した。
幸太郎がどうにか化け物を相手にしている隙に、私が急所を突いて倒す。
いたってシンプル。何の問題もない。幸太郎と私なら、化け物が相手でも大丈夫だ。じいちゃんの教えを思い出せ。幸太郎の負担を軽減するためにも、速攻で終わらせる。容赦はしない。
行くぞっ!!!
「――言い忘れていましたが、猿人型の魔物は女性の肉を好みます。集中的に攻撃されないよう、注意した方がいいですよ」
「あああああああ、全部こっち来た!!やばいやばいやばい!!」
化け物たちは幸太郎を素通りし、私に一直線に向かってきやがった。あの美少女、先に言えや!
待って、そんな心の準備はしてない。唸り声と共に涎を撒き散らす魔物たちは、焦る私に容赦なく突っ込んでくる。「あああああ来んなぁぁぁ!」と叫びながら私は全力で竹刀を振り回し、必死に魔物を遠ざけようとした。
しかし、三体とも幸太郎とティオナに向かおうともせず、私の周りを取り囲んだ。喰えるのはお前しかいない、と言われているような気がした。勘弁してくれ。
「何でティオナの方には行かないの!?あっちも女の子だよ!?」
「……はっ!まさか姉ちゃん、いわゆる、モテ期ってやつが……?」
「来てたまるか!こんな化け物共に!!」
幸太郎は腕を組んで傍観していた。あの野郎、ふざけたこと言ってないで加勢しろよ。そしてさっきまでの私の覚悟を返せ。
「真面目に考えると、ティオナさんは仲間がやられたから本能的に避けられてるんじゃねえかな」
「ちくしょうが!!」
そんなことを言っている内に、正面にいる魔物の一体が飛びかかってきた。私は反射的に、魔物の喉元へと竹刀をを突き出した。剣道の技の一つである「突き」だ。相手の喉を狙う、剣道の試合でも使うことが躊躇われる危険な技だ。
右足で踏み込んだ体重をのせた一撃は、魔物の喉を的確に捉えた。
「ガッ!」
魔物は押し潰されたような悲鳴を上げながら後方へと吹き飛び、太い木に頭を衝突させて、ピクピクと痙攣して動かなくなった。
あれ、思っていたより弱い。もっとゾンビみたいに起き上がってくると思っていたから、拍子抜けした。
想定より随分とあっさり倒せたので、私は冷静さを取り戻した。
大丈夫だ、これならいける。
視界の隅に、右の方から近づく別の魔物が目に入る。右足で私を蹴ろうとするのが見える。私は咄嗟に竹刀を当てて蹴りを防いだ。
「危ねぇな!」
「ギギィ!」
私は体勢を低くしながら体を捻り、魔物の腹へと竹刀を打ち込んだ。回転した力を加えた一撃は、真一文字に魔物の腹へと吸い込まれるように当たった。
さっきと同じように、魔物は「オエッ!!」と苦しげな声をあげて、後方にのけ反り、膝から崩れ落ちて動かなくなった。
うん、すごい弱い。変に気を張って損した。
最後の一体を倒そうと、竹刀を構えて辺りにを見渡すと、幸太郎が魔物の鳩尾に蹴りを入れていた。ゴンッ、という音が重く響き、よっぽど深く蹴りが入ったのか魔物は勢いよく吹っ飛ぶ。いつの間にあんな重い蹴りができるようになったんだ、あいつ。やるじゃん。
幸太郎に近づくと、何かを考えているような様子だった。
「何かすっごく弱かったね、こいつら」
「……そうだな」
「どうしたの、そんな顔して」
「何か違和感……て言えばいいのか……、変な感じがしなかったか?」
「弱すぎたってこと?」
「んー、いやそんなんじゃなくて……何つーかな」
納得できないといった様子で首を捻る幸太郎。さっきまでは化け物ゴリラにあんなに興味津々だったのに、今度は何が気になるんだろう。
まぁいいや、幸太郎の考えがわからないのは、いつものことだ。私が気にしても仕方がない。
戦闘で汚れた竹刀の刀身をジャージの裾でぬぐっていると、ティオナが近づいてきた。
「……正直、こうもあっさりと倒すとは思っていませんでした。とりあえずは、戦力として認めます」
おおう、この美少女。勝ち目が薄い戦闘に私たちを挑ませたのか。なかなか良い根性をしてやがる。さっきも「女が集中的に狙われる」っていう大事なこと言われてなくて、めちゃくちゃ焦ったし。
私は文句の一言でも言おうとしたが、「質問してもいいですか?」とティオナから先に遮られた。真剣な顔で私が持つ竹刀を指差している。
「その木の剣……魔道具ですか?」
「え、これ? 違うけど」
「なら、その服は身体強化系の魔道具ですか?」
「そんなわけないじゃん」
高校のジャージだ。ダサい赤茶色のジャージに魔術を使う力があってたまるか。
「あの魔物……生身では勝てるはずがないんですが……」
ボソッととんでもない言葉が聞こえた。え、今何て言った?
「……では、先を急ぎましょう。潜伏場所はそう遠くありません」
何事もなかったかのようにティオナは歩き出した。驚く私のことなどおかまいなしだ。
隣にいる幸太郎はブツブツと何かを呟き、未だに何かを考えている様子だった。うん、お前も自由だな。チームワーク皆無のこの三人で犯罪組織を潰すとか、上手くいく想像ができなくて先が思いやられた。
私はため息をついて、ティオナの後を追った。