第三話 ここは何処なんだろうね
実は作者、アフリカにいます。
手錠をジャラジャラと鳴らしながら、森の中を歩く。竹刀が入った布袋を持ちながら木々を避けているので、何とも歩きにくい。
竹刀を持っていくことをティオナに許してもらえるか不安だったけど、「おもちゃの剣? 別に構いませんが」とあっさりと許可された。
ティオナは後ろから私たちを監視しながら、時折進む方向を命令している。気分は奴隷か重罪人だ。くそう、何も悪いことなんかしないのに。指示してくるのが美少女じゃなかったら反乱を起こしている。
それにしても、今日はあり得ないことばかりが起こる。巨大ムカデに追い回されたり、美少女に拘束されたり、本当にわけがわからない。まるで別の世界に来てしまったようだ。
……ん、別の世界?
そこでふと、異世界転移という単語を思い出した。最近のネット小説の主流だという、あれだ。今の状況は、まさしくそれではないのか。
隣に歩く幸太郎に、私は小声で話しかけた。
「ねぇ、幸太郎。異世界転移って知ってる?」
「異世界? あー、あのちょっと痛い中学生の妄想みたいな、今流行ってるやつ?」
「うん、その言い方はいろんな人を敵に回しそうだからやめよっか」
「あれだろ、違う世界に行っちゃってチヤホヤされるやつだろ。個人的にはさ、ヒロインが主人公に簡単に惚れすぎてたから読むのやめちゃった。もう一捻りほしいところです」
「お前は出版社の人か」
「あとチート能力で調子こいてる主人公も好きになれなかった。チート能力に甘えて努力をしないとか、その腐った根性叩き直してから出直してこい。まずは座禅からだ」
「どこのお師匠様?」
「主人公が変にクールぶってんのも気に入らなかったな。かっこつけて無双しとけば良いと思ってんのかよ。もっと自分をさらけ出せよ、泥臭くても良いだろうが。本当の思いを、読者にぶつけて来いよ」
「熱血教師か。お前実はラノベ大好きだろ」
「あなたたち、何をコソコソと話しているのですか」
アホな会話をしていると、ティオナに後ろから注意された。
「何も話してないです」と幸太郎が真顔で嘘をつく。おお、よくこんなに堂々と嘘つけるな、こいつ。お姉ちゃん怖い。
幸太郎は声を更に小さくして言う。
「それで、姉ちゃんは俺たちも異世界に転移したって言いたいのか?」
「そうとしか考えられないよ。あんなムカデの化け物がいて。あんなに可愛い銀髪美少女がいるなんて。あんなに可愛い銀髪美少女がいるなんて」
「何で二回言った? ……じゃあ、何で日本語が通じてんだろうな。全くの異世界に来て言語が一致してましたーって、いくら何でも都合が良すぎないか」
「そこはほら、実は未来の日本でしたーとか、化け物が生まれる突然変異が起きた場合の日本でしたーとか。そんな感じじゃない?」
幸太郎はしばらく黙って考えた後に、納得したように頷いた。
「なるほど。……まぁ、さっき魔術学校とか何とか言ってたし、本当にそうなのかもな」
「……え、待って幸太郎」
私は幸太郎の言葉に、思わず立ち止まる。後ろからティオナに「歩きなさい」と注意され、私はすぐにまた歩き始めたが、私の頭の中は今気づいてしまった重大な事実で、いっぱいだった。
待って、そんなことは……。いや、認めざるを得ない。これは、間違いない事実だ、受け入れなければいけない。
幸太郎が真剣な表情で私に聞く。
「……どうした姉ちゃん。何に気づいたんだ?」
私はゆっくりと口を開き、幸太郎にその事実を伝えた。
「魔術学校ってことは………つまり後ろにいるティオナちゃんは、魔女っ娘美少女学生ってこと!? やばいなそれ!どんだけ属性盛るんだよ!チートかよ、やばいな!」
「やばいのは姉ちゃんの思考回路だろうが!」
「あなたたち、いい加減にしなさい!」
背後からティオナの鋭い声。振り返ると、ティオナは腰に下げた鞘から剣を抜き、私たちに向けていた。剣を構えた凛々しい立ち姿だ。「怒った顔もキュートですね」って思わず言いそうになった。危ない危ない。
「あなたたち、今の状況がわかってるんですか? 随分と余裕のようですが……私が若いからって甘く見ているんですか」
片手で握った剣を、ティオナは幸太郎の首元に突きつけた。
幸太郎は表情一つ変わらない。冷めた目でティオナを見ている。
この時、私も幸太郎の身の心配はしていなかった。
「ティオナさん。こんなことしてちゃダメですよ」
子どもを諭すように、幸太郎は言った。それが余計に、ティオナを怒らせたようだった。
「何がですか!私は今、あなた達の命を握っているんですよ! 身の振り方を考えるのは、あなた達の方です!」
「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃないんですよ」
幸太郎はそう言いながら、ティオナの刀身にポン、と手を置いた。手錠が着いているで、両手での優しく包み込むような動作だった。それはとても自然な動作で、ティオナは幸太郎の動きに、警戒をしていなかった。
あー、幸太郎やる気だな。
私は幸太郎の邪魔にならないよう、一歩下がった。
「ティオナさん、こういう時はですね」
言葉を言い切る前に、幸太郎はティオナの懐へと踏み込んだ。
この時、幸太郎は手錠を繋いでいる鎖で、ティオナの刀身を抑え込んでいた。ギィィイン、と金属が擦れる音を響かせながら接近していて、ティオナは剣を思うように動かすことができなくなっていた。
そして一気に近づいた幸太郎は、剣を握る手に鋭い手刀を一撃。剣は地面へと叩き落とされ、幸太郎はそのままティオナの腕を掴んで足を払い、地面へと抑え込んだ。流れるような見事な動きだった。「きゃあ!」っていう悲鳴は可愛かったです。
ああ、でも美少女に何て手荒なことを。
幸太郎はさっきと同じように言った。
「せっかくリーチがある長さの剣なのに、間合いに簡単に入れるようにしちゃダメです。それと、慣れていないなら片手だけで剣を握ってはいけません。叩き落としてくれって言ってるようなものです。最後に、手錠をしていたとしても、油断してはいけません」
う、うわー。丁寧に美少女のプライドをズタズタにしてやがる。ラノベの主人公に、こんな奴いそうだな。
でも、幸太郎が言ったことは全て事実だ。正直、私と幸太郎なら、この美少女は相手にもならない。
私たちは幼い時から何年も、じぃちゃんから武術を教わった。それは戦時中にじいちゃんが開発したもので、武器を持った相手を想定したもの。生半可なスポーツじゃない。実戦を想定したものだ。
両親を一気に亡くしてどん底にいた私たちは、悲しみを振り払うように、武術にのめり込んだ。
だから、美少女には申し訳ないが、剣の握り方も録にできていない人には、手錠をつけられていたとしても、私たちは遅れはとらない。
「あ、あなた達、何者なんですか!」
ティオナが焦ったように言う。私たちは顔を見合わせて、幸太郎が少し苦い表情をして言った。
「俺たちは、異世界から来たんです」
わー、ラノベっぽーい。