第十八話 模擬戦闘です。
何人かの学生が姉ちゃんを呼びに行った後、ティオナさんが痺れを切らしたのか、フローレンスに尋ねた。
「……フローレンス、何をするつもりですか」
睨むティオナさんをフローレンスはさらに睨み返しながら答える。
「そこの男と姉は魔道具も持たずに、しかも無傷で敵を倒したのだろう。ならばこの場で試してやる。ここにいる何人かと模擬戦闘を行い、全員を納得させるだけの実力を示すがいい」
「フローレンス……!」
「お前は手を出すなよギルドバード。安心しろ、魔道具は使わず、鍛練用の武具で行う。これで文句はないだろう」
フローレンスは俺に近づき、俺にはめられていた手枷を外した。
……なるほど。要は俺たちがあからさまな嘘を言っていると思っているわけだ。実際に実力を目の前で見せろと。
状況は悪くはない。魔道具を使われなければ、俺たちに勝算は十分にある。この世界の武器術や戦闘術がどれ程の物かは不明だが、俺と姉ちゃんのじいちゃん直伝の技も負けちゃいないだろう。つーか負けるつもりは全くない。
視界の端で、不安そうにティオナさんが俺を見ていた。彼女にそんな顔をされるのは、もう何度目だろうか。隣ではバートンさんも同じ様な表情をしていた。
バートンさんはともかく、俺の実力を知っているティオナさんは何でそんな顔しているんだ? もう少し安心していてくれたらいいのに。
大丈夫です、という意味を込めて俺はティオナさんに微笑み、すぐに目の前のフローレンスに尋ねる。
「勝敗の判断は?」
「片方が戦闘不能、または降伏した場合とする」
「相手は?」
フローレンスは視線で戦う相手の方を示した。槍や刀を持った学生が、ぞろぞろと部屋に入って来ていた。
数えると、13人。
「あの全員とですか?」
「一人一人と戦うか、全員まとめて戦うかは貴様に決めさせてやろう」
「……それはどうも」
……面倒だなぁ。姉ちゃんと全員一気に倒した方が楽だろうなぁ。あとこのフローレンスとかいう人、めちゃくちゃ性格悪いなぁ。
全員一気に倒しても、それはそれで注目を集めて後から厄介なことになる気がする。ティオナさんにも「能力のことは秘密に」って言われたし、相手から下手に攻撃をもらい、身体の頑丈さがバレるのも良くないだろう。
ああ、めんどくさい。とりあえず、一人一人確実に倒していくか。
こんな時、姉ちゃんみたいに考えるより行動できたらどれほど良いかと思う。「全員まとめてかかって来な!」とか、何も考えずに言いそうだな。けれど、時にその判断の速さは羨ましい。俺はどうしても思考に時間をかけてしまう。しかも姉ちゃんは何も考えていないようで、たまに的を射た判断を瞬時に行うから、総合的には俺より優れていると思うんだけどな。本人に言うと調子に乗るから絶対に言わないけど。
手首を回し、筋肉をほぐして準備をしていると部屋の扉が勢いよく開かれた。息を切らした女子学生が、部屋中に響き渡る声で叫ぶ。
「た、大変です! 牢屋にいた姉が脱獄しました! 現在逃走中です!」
――あのバカ姉。少しは考えろよ。
頭が痛くなった。文字通り頭を抱えた。何もすんなって釘を刺していたのに、数分も守れないってどういうこと? ねぇ、どういうこと?
脱獄したという報告に、部屋にいる数百人の学生の混乱する声が飛び交った。おいおい落ち着けよ、この中で一番混乱しているのは俺だぜ?
「写像投影を!」
フローレンスが叫ぶと部屋の中央に立体映像が浮かんだ。いわゆるホログラムのようで色彩は淡く、走る姉ちゃんの姿が空中に映し出されていた。これも魔術なのか。いろいろと便利だな。
『待てー!女ぁぁ、止まれー!』
映像からは姉ちゃんを追う学生たちの怒号が聞こえてくる。
姉ちゃんは肩に女の子を担ぎ、後方から追ってくる学生の集団から逃げていた。よく見ると、肩の女の子はティオナさんの妹だった。
何で二人が一緒に?
理由を考えが特に思いつかない。
……そうか。何か深い事情があったんだろう。
きっと、姉ちゃんはやむを得ない理由があってティオナさんの妹を助けているに違いない。考えなしに逃げているわけではないと信じよう。姉ちゃんは人助けをしてるんだ。よし、後でちゃんと理由を聞いてみよう。
『ああああヤバいヤバい! ここ何処だよ! 幸太郎どこ!? ちくしょう、何も考えずに飛び出すんじゃなかった!』
その上で五、六発殴ろう。
「コ、コータロー。ハルカとライザが……!」
ティオナさんが俺と映像を交互に見ながら慌てるように言った。
俺はティオナさんを安心させるように軽く微笑む。
「まずは模擬戦闘の前に姉を倒しますか」
「な、仲間割れしないでください! ハルカにも、何か事情があったはずです!」
『くそっ、幸太郎に何て言い訳しよう! あいつ怒らせると怖いんだよな。…………仕方ねぇ、嘘つくか!』
「ティオナさん、後でちょっと穴を掘りたいんで手伝ってくれませんか?」
「何を埋めるつもりですか!?」
ティオナさんは焦ったように俺に詰め寄る。最初に会った時と比べて、随分と表情が豊かになったな。少しは心を開いてくれているのかな。そんなことをぼんやりと思った。はい、現実逃避でーす。
「こ、こっちに向かって来ます!」
映像を見上げる学生の誰かが叫んだ。
部屋の出口から喧騒が聞こえてきた。その音は段々と大きくなり、やがて複数人の足音に変わる。
「あああああ!」
聞き覚えのある声が聞こえ、人影が部屋に滑り込んで来る。
靴と地面との摩擦音を響かせて、俺の目の前に姉ちゃんの姿が現れた。
俺と目が合うと姉ちゃんは「あっ!」と一瞬目を輝かせて、その後狼狽えるように「あわわわ」と目を泳がせ、最後には無理に笑顔を作って親指を立てた。
「ふ、待たせたな幸太郎。幸太郎が大変な目に合ってないか心配でね……。でも大丈夫! お姉ちゃんが来たからにはもう安し痛い痛い痛い痛い痛い痛い頭割れちゃう! 頭蓋骨割れちゃう!」
「考えなしに飛び出したそうじゃねぇか」
「な、何故それを!?」
ドヤ顔をする姉ちゃんの頭を鷲掴み、握りつぶすつもりで力を込める。おお、なるほど。体が頑丈な同士だと普通にダメージが与えられるのか。「いだだだだだだだ!」と喚く声を聞きながら、俺は力を一瞬だけ緩める。
「勝手に脱獄したことに関して、何か言うことは?」
「……脱獄って英語で言うとPrison・Breakって言うんだよ。必殺技みたいでかっこいいよね」
「てめぇは処刑だ」
「あああぁぁぁぁ!ごめんなさいぃぃぃ!」
無駄に上手い発音に腹が立ったので、さらに力を込める。こいつ全然反省してねぇな。メキメキと頭蓋骨が軋む音がしたけど、気にしない気にしない。
「……おい、貴様。……何をしている?」
フローレンスが俺たちを怪訝な表情で睨んでいた。
周囲を見ると、俺たちが仲間割れをしているように見えるのか、多くの学生が戸惑っていた。さっきの怒号が飛び交う騒がしさがなくなり、静かな混沌に部屋は包まれている。
「何でもないですよ。それよりも、模擬戦闘でしたよね。早くやりましょうか」
俺は当たり前のようにフローレンスに言う。そして姉ちゃんの頭を掴んでいた手を放す。
姉ちゃんは背負っていたライザさんを下ろし、近づいてきたティオナさんに引き渡した。
側頭部をさすりながら、姉ちゃんは首をひねる。
「え、模擬戦闘って何?」
「あそこにいる13人を倒したら、俺たちの疑いを晴らしてくれるんだとさ」
「えー結局戦わないといけないのー。争い事は好きじゃないっていつも言ってんじゃん。平和主義なんだよ、私は」
どの口が言いやがる。
フローレンスは一瞬だけ頬を引き攣らせ、吐き捨てるように言った。
「……どこまでもフザけた連中だ。……まぁ、いいだろう、模擬戦闘を始める。全員構えろ」
13人がそれぞれの武器を構えた。
……あれ? 一人一人戦うか、全員まとめて戦うか選べる話は?
よく見ると姉ちゃんを追ってきた学生も武器を構えていた。おい待て、敵の数が増えてんじゃねぇか。
「おい、コータロー。俺も手を貸すぜ」
バートンさんが拳を握りながら俺の隣に立った。
「いや、ここは俺たちだけで戦います。バートンさんは今は手を出さないでください。戦況がヤバくなったら助けをお願いします」
ここでバートンさんの手を借りてしまうと、またぐだぐだ暴論を言われる可能性がある。純粋に俺たちの実力を図ることが目的ならば、やはり俺と姉ちゃんだけで戦うのが一番だろう。
「おいアホ姉貴。相手に怪我をさせない程度に戦うぞ」
「人数が多いなー。…………めんどくさいなぁ。」
「姉ちゃんのせいで増えたんだけどな」
「仕方ねぇ、お姉ちゃんが見守っててあげるから、幸太郎頑張って!」
「まずはお前から倒すか」
俺たちの会話のやり取りを見て、バートンさんが「本当にお前ら大丈夫か?」と眉間にシワを寄せ、心配していた。大丈夫ですよ。たぶん。
「かかれ!」
フローレンスが叫び、武器を持った学生たちが俺に向かってくる。
「姉ちゃん、今の身体で打撃は大怪我をさせちまうから無しな」
「はいよ。絞めと関節、あと投げ技中心で」
俺たちはそれぞれ、迫りくる敵を迎え撃つ準備をした。
『GET UP! GET LIVE! 第3回漫才・コント大賞』で「コント ゾンビ」という作品で賞をいただきました。
お時間があれば作者ページから是非見てください〜。




