表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

All I need is...

作者: 美都

「ねぇ、納得いかないんだけど」


 少し不貞腐れた様子で、茉莉(まつり)はベッドの上から身を乗り出した。その手には、1冊の文庫本が握られている。


「何がだ」


 そのベッドにもたれかかっていた啓太(けいた)は、漫画雑誌を読みながらぶっきら棒に返事をした。


「この小説だよ。トリックは面白かったし、この探偵のキャラクターも好き。でも、なんでこのヒロインと、恋に落ちる訳?」

「ヒロインだからだろ」

「そういうことじゃなくてさぁ」


 茉莉はグダグダと言いながら、ベッドにぐでんと横になった。


「なんか、気づいたら2人とも恋に落ちてたんだけど」

「気づいたらって……。ちゃんと文章で書いてあったろ。小説なんだから」

「どこによ?」


 うーんと唸っている茉莉に、啓太ははぁ、とため息をついて、読んでいた雑誌をパタンと閉じる。そして、呆れた顔をして茉莉の方を振り返った。


「あのな、俺、その小説読んでんだわ。っつか、その小説俺の本棚から引っ張り出してきただろ、お前。で、間違いなく2人の恋愛について、わかりやすく描写があったことを俺は覚えている」


 すると、うっそだー、と茉莉は胡乱げな表情で啓太を見た。


「問題なのは、その小説じゃない。お前の頭の方だ。そしていつまで俺のベッドを占領している」


 そう言って啓太が茉莉をじとーっと見ていると、茉莉はそれと対称的ににっこりと笑った。そして啓太の言葉をまるっと無視し、啓太の手元を覗き込む。


「あ、それ今週のやつじゃん!読ませて!」

「お前、それ俺まだ途中で……」


 茉莉は啓太の手から雑誌を奪い取ると、先程まで読んでいた小説を啓太に押し付けた。そしてそのままベッドに転がり、いそいそと雑誌を開く。その相変わらずの傍若無人な姿に啓太はまたため息をつき、再度ベッドに背を預けると、茉莉に問いかけた。


「お前、少年漫画、好きだよな」

「好きだねぇ」

「でも、周りは女性向けの漫画を読むんじゃないのか?」

「そりゃ漫画を読んでる人は読んでるけどさ、漫画より現実の恋愛みたいよ、みんな。私ら花の女子大生ですから」


 そりゃそうだな、と啓太は宙を見ながら呟いた。茉莉はそれを無視し、雑誌をパラパラとめくっている。


「……花の女子大生が、幼馴染の部屋で漫画読んでていいのかよ」

「私の勝手でしょー?正直、私恋ってよくわかんないし、恋愛系の漫画も好きじゃない。少年漫画のバトってるやつがいい。恋愛的な好きって何。漫画だって、何でそんな簡単に人を好きになるのって思うし」

「恋愛が絡む本はな、さっき読んでた小説だろうが、漫画だろうが、お前みたいな感覚を持ったヒロインだと完結できねぇんだよ。恋に落ちないんだからな。でもな、世の中には、本当に漫画レベルで人を好きになるやつだって五万といるんだ。顔が好みなだけで恋に落ちたりもするんだよ。そんなの、人それぞれだ」


 啓太は手元にある小説をパラパラ、パラパラ、と繰り返しめくりながら、呆れたような口調でそう言った。すると、茉莉は読んでいた雑誌を投げ出し、ベッドの上に座り込んだ。啓太は振り返って茉莉を見やる。


「友達が、好きな人だの彼氏だのが『今日もカッコいい』とか、『側にいるとドキドキする』とか、『今日も会えて嬉しい』とか、『今日は会えなくて寂しい』とか言ってるけど、昔からよくわかんないんだもん。ドキドキって何?どうなったらドキドキ?人を好きになると、絶対ドキドキすんの?」

「お前、めんどくせぇな……」


 茉莉は声音を変えながら、身振り手振りを交えてそう言った。その様子に啓太は顔を引きつらせた。


「別に恋なんてしなくたって、死なないし」

「まぁ、そりゃそうだ」

「All I need is money. お金さえあればなんだってできるじゃない」


 そう茉莉が呟くのを横目に、啓太は今のうちにと茉莉が投げた雑誌を回収する。その様子を、茉莉はじーっと見つめていた。その視線に、啓太は仕方なく茉莉の方に体を向け、茉莉と向かい合ってから口を開いた。


「お前は俺に、何を求めてるんだ。金が全てって、自分で結論づけてるじゃないか」

「それはそうなんだけど、なんか啓太は人を好きになることを理解できてそうなのに、私には理解できてないことが、腹立つ」

「お前、ガキかよ……」


 啓太ははーっと息を吐き、右手で頭をガシガシとかいた。


「別に、理解する必要はないと思うぞ。俺だって、どうなったらドキドキかなんて、わからんわ。恋の基準なんて、人それぞれだしな。そもそも、小説とか漫画とか読んで、何でだよ、なんてつっこまねぇわ。そんなもん、くらいでいいんだよ」

「えー、なんかあしらってない?」

「これ以上何を求めんだよ。お前、なんか恐怖心の出るとこ行ってこい。吊り橋効果って言うだろ。怖いところでのドキドキを、恋だと頭が勘違いするってやつ。恐怖でドキドキしたら、もうそれを恋のドキドキだと思っとけ」


 すると、茉莉はむーっと口を尖らせて、拗ねたように言った。


「一緒に行ってくれる男の人、いないんだけど」

「お前な、1人で行ってくるんだよ。本当に恋だと勘違いしたら、相手の男がかわいそうだろ」

「えぇー、うーん、でも、やっぱ面倒くさいからいいや」


 そう言って茉莉はベッドに突っ伏した。その様子に啓太は天を仰ぎ、まぁ、いいけどさ、と呟いたところで、1階から啓太の母親、由香里(ゆかり)の声がした。


「茉莉ちゃーん、啓太、ご飯よー」


 はーい、と叫びながら、茉莉が嬉しそうな顔でベッドから起き上がった。


「お前、飯食ってくのか」

「うん。さっきお願いしといたの。うちの親今日いないんだー。自分で作ってもいいけどさ、おばさんのご飯、美味しいんだもん。それに、今日おじさん遅いらしくて、啓太と2人だと楽しくないから丁度良かったわ、って言ってたよ」


 そうニコニコと笑いながら言うと、茉莉は部屋のドアを開け、ダダダっと階段を降りていく。啓太はそれにゆっくりとついていった。





「茉莉ちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるから、おばさん作り甲斐があるわぁ」

「だっておばさんのご飯美味しいんだもん」

「それに比べてこの子ってば、何を食べても無表情なのよねぇ。茉莉ちゃんみたいな子が欲しかったわー」


 そう言いながら、由香里は啓太を見た。啓太は由香里を無視し、パクパクとひたすらにご飯を食べている。由香里ははあとため息をつき、視線を茉莉に戻すと、楽しそうに茉莉に話しかけた。


「茉莉ちゃんは、最近大学どう?いい人とかいないの?」

「大学は変わらずって感じかなー。今はそんなに忙しくないし。いい人……はいないかな。おばさんも知ってると思うけど、相変わらずそういうの興味なくて」

「そっかぁ。この子も、彼女の1人も連れてこないのよねぇ……茉莉ちゃん、啓太に彼女がいるかとか、知らない?」

「いないねぇ」


 由香里は再び啓太を見ると、2人ともかぁ、と寂しそうに呟いた。


「そろそろ、どっちかに恋人でもできてないかなぁって、ちょっと楽しみにしてたんだけど……」

「おばさん、ごめんねぇ。私、まだ啓太の部屋でグダグダやって、おばさんの美味しいご飯食べてるのが1番好き」


 茉莉が申し訳なさそうにそう言うと、由香里は笑いながら答えた。


「そう言ってくれるのは嬉しいのよねー。気長に待ってるから、彼氏ができたらおばさんにも教えてねー」

「できたらねー」


 そう言って2人が話しているのを、啓太は相変わらず無視して食事を続けた。





 食事を終えると、また2人で啓太の部屋へと向かう。啓太の手には、由香里から渡されたプリンとコーヒーののったお盆が握られている。それらを部屋のローテーブルに置くと、茉莉はプリンをうっとりと眺めながら言った。


「おばさんの作ったプリンも、美味しいのよねぇ」

「お前、昔から本当に花より団子だよな。太るぞ」

「余計なお世話よ。偶になんだからいいでしょ」


 テーブルの下から茉莉の足が伸びてきて、啓太をゲシゲシと蹴る。それを避けながらはいはい、と啓太が流すと、茉莉は足を戻し、プリンを手にとって食べ始めた。


「さっきの話なんだけど、啓太に彼女はいないよね。じゃあ、好きな人とかはいないの?」

「いねぇな。俺今、恋愛したいと思ってないし」

「じゃあなんで恋愛がわかってそうなのよ」

「いやだからな?わかんないって。あの子可愛いなーくらいは思うことあるけど、好きになったことはねぇよ」


 そっかぁ、と言いながら、茉莉はペロリとプリンをたいらげた。


「これも食うか?」


 啓太が少しだけ食べたプリンを差し出すと、茉莉はやったぁとそれを受け取り、嬉しそうに食べ始める。それを見ながら啓太はコーヒーを口に運んで喉を潤すと、ぼそりと呟いた。


「お前はドキドキがどうのとか言ってたろ?あくまで俺の持論だが、俺は全ての恋愛がドキドキしなくていいと思っている。そもそもな、最初はドキドキしてても、長く付き合うと、ドキドキもへったくれもなくなると聞く」

「へ?そうなの?」


 茉莉はプリンを手に持ったまま、驚いた様子で聞き返した。啓太はまたため息をつく。


「お前の周りには長く付き合ってる人たちはいないのか……」

「うーん、片思いが多いかな」


 茉莉は首を傾げながら、苦笑して言った。啓太はふーっと一息つくと、もう一度口を開いた。


「でな、彼氏は今後一生一緒にいるかもしれない相手だぞ?好きで付き合っても、性格が合わずに別れることだってある。『この人が大切だ』とか、『この人となら支えあっていける』とか、『全てをさらけ出せるし、受け入れられる』とか、『楽しく生きていける』とか、そう言う安心感とか信頼って、大事じゃねぇ?2人の間にドキドキがなくたって、こう思えてればそれも立派な愛だろう」


「……ふーん、そっかぁ」


 啓太の持論を聞いて、茉莉は多少納得できたようで、1人何やら考え込んでいる。


「別に、金が全てで生きてても問題ないと思うぞ。これでいいか?なんで俺がお前に恋愛について語らないといけないんだ……」


 啓太は疲れたように言うと、続きを読もうと漫画雑誌を手に取った。その時、ぼそりと茉莉が呟いた。


「……ねぇ、啓太。結局恋愛はよくわからないんだけどさ、啓太の持論で言うなら、私は啓太を1番信頼していて、1番一緒にいて安心するな」


 その言葉に驚き、啓太が雑誌から顔を上げて茉莉を見ると、茉莉は真面目な顔をして続けた。


「私には啓太がいればいいって思うのは、愛なのかな?啓太は、どう思う?」


 その言葉に、啓太は漫画雑誌をバサリと落とし、茉莉と対照的に顔を赤らめた。あ……え……と言葉にならない声をしばらく発していたが、赤い顔のまま、茉莉から顔を背けて言った。


「俺も、茉莉を一番信頼していて、一緒にいると落ち着くよ。俺も、茉莉がいればいい」


 その啓太の言葉に、茉莉も少しだけ照れたような顔をして、にこりと笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ