休日に無邪気な質問を
ある日のこと。
「ねぇねぇ、パパ~」
「どうしたんだ? 我が息子よ」
「あのね、ぼくのおともだちが言ってたんだけどね」
「ほう? お前はつい先日から幼稚園に通い始めたばかりだというのに、この短期間でもう友人をつくったというのか? はっはっは、流石はパパの息子だな」
「うん! それでね、その子の言ったことがぼくにはよくわからなかったんだ。だからパパにおしえてもらおうかなって!」
「ほほう? お前はその歳でもう、この世にひしめく万物に対して一端の疑問を抱くようになったというのか? 流石はこのパパ上の血、即ち我が華麗なる遺伝子を継し者だなァ!」
「う、うん! それでね………あれれ? なんだったっけ?」
「はっはっは、質問内容を忘れてしまったのか? だが……案ずることはない。こんな時に焦りは禁物だ。ゆっくりと時間をかけでお前の小さな脳を優しく揺り動かし、その奥底に眠る記憶を呼び起こすといい。なぁに、時間はたっぷりあるから遠慮など不要だ。なぜなら今日は 休 日 だからなァ! あーっはっはっはっは!」
「えーっと………あっ! 思い出したよパパ!」
「ほう! お前はつい先ほどまで記憶の奥底に堅く封じ込められていたものを、僅かこの数秒の内に思い出したと、今そう言ったのか!?」
「えっ? よくわからないけど……うん」
「はーっはっはっはっは! 流石は我が華麗なる遺伝子を受け継し者、つまるところはこの俺の息子、更にネイティヴな音色にのせて優雅にお届けするのであればそうッ! “ My son !! ” ……いよいよその幼き身体の内に眠る獣の血が騒ぎ始めたと、まさに血は争えぬと、そう言ったところだなァ!!」
「う、うん………それでね!」
「入園早々に友達を作り上げ! しかしそれだけでは飽き足らずその歳にして一端の好奇心を抱き! そして遂には我が一族の血に刻まれた獣の姿を垣間見せるなどと……嗚呼ッ!! 今日はなんと素晴らしき、なんとめでたき日であろうかッ!!」
「あの……パパ?」
「祝い………そうだ! これを祝わずして何を祝えというのかッ!? ようし決めた、本日は全ての予定を変更し、我々は格別に旨いカレーライスを提供する店へと向かうこととする!! フハッ……フハハハハハッ! これより仲睦まじい親子が二人、美しく揃えられた足並みで休日の昼下がりの遊歩道を優雅に闊歩するのだ……嗚呼、なんと幸福に満ち満ちた日なのだろうッ!! さぁ息子よ、行くぞオォオォォォッ!!」
「え……あの………」
「ハーッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」
「…………パパ……」
またある日のこと。
「ねぇねぇパパ……あっ」
「ん? どうしたんだ息子よ」
「う、ううん………だいじょうぶだよ」
「なんだなんだ? 目に入れても痛くないほどに大切な我が息子であるお前にまた何か疑問が生まれたというのであれば、このパパ上がなんなりと答えてやるぞ?」
「ありがとうパパ。でも、なんでもないから」
「はっはっはっ、一体全体どうしたというのだ。今日はやけに、奥歯に何か物の詰まった物言いをするじゃあないか」
「うん、ほんとうになんでもないんだ」
「そうか? それならば良いが」
「……パパ、やっぱりききたいことが――」
「フハッ!! …………フハハハハッ!!」
「ど、どうしたの?」
「奥歯に何か物の詰まった物言い、か……フフフ、つい昔のことを思い出してな。あれは確か――」
「パパっ!」
「……ん? どうしたというんだ? そんなにも声を大きく張り上げて」
「えっと……そのおはなし、ながくなりそうかな?」
「なんだ。お前はそんなことを気にするあまり、こんな小さな身体でそんなにも声を大きく張り上げたのだと、そう言うのか?」
「あの、その…………あっ! そろそろおひるごはんのじかんだよっ!」
「おっと、もうこのような時間だったか。いやはやパパ上としたことが懐かしき思い出にふけるあまり、何よりも大切なことを失念してしまっていたようだな……いやはやすまなかった。お前はまだまだ成長期の真っ盛りも真っ盛り、万が一にも昼食を取り損ねては事だからな」
「うん! だからそのおはなしは、またこんどに――」
「だがッ! なぁに案ずることはない。パパ上自らが丹精込めて研ぎ上げた魚池産コシキラリンがふっくらツヤツヤと炊き上がるまでには、この話は終焉を迎えることだろう。だから安心してパパ上の思い出話にその小さく愛らしい耳を傾けてくれたまえ」
「え……あの、でも……」
「さぁ息子よ! このパパ上が汗水たらして働いて得た収入を以ってして購入したそのお値段以上のソファにどしんと腰を下ろし、些か古ぼけてはいるがまだまだ輝かしい昔話をッ! パパ上の唯一の友……いやッ! “ 戦友 ”と呼ぶに値するであろうあの男の話をとくと聞いてくれたまえッ!!」
「えと……あっ! そのおはなしは、ママからきいたかもしれないな~」
「何ッ!? お前はパパ上の唯一の“ 戦友 ”であるあの男との思い出話を、その中に在って一際この心に強く色濃く刻み込まれたエピソードをッ!! まるで奥歯に何か物の詰まったような物言いをされてしまった時のあのわだかまりをッッ!! それをお前の産みの親であり育ての母でもありそしてッ! この俺が唯一無二の存在として認め愛しつづける女性であるママからかねてより聞かされていたのだと、今そう言ったのかァッ!?」
「う、うん……ごめんねパパ。だからちょっとはやいけど、もうおひるにしたいなぁって――」
「フハハハハハッ、二度目になるがあえて言おうッ!! 君、案ずること無かれとッ!! 我らがエピソード即ち思い出話はあの夜空に遠く浮かぶ億千の星の数に勝るとも劣らぬほどに在るのだッ!! よってこれから何時間いや何日かけてでも我が愛する息子であるお前のその飢えた心が満たされるまで延々と語り続けてやろうではないかアァァァッッ!!!!」
「え、あの………」
「ハーッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」
「…………パパ……」
そしてまた、とある日のこと。
「ねぇねぇ、パパ~」
「ん? どうしたんだ息子よ」
「ぼく、わからないことがあるんだ」
「ほう? 今日もまたこのパパ上に疑問をぶつけることでお前の心内に抑圧されていたものを解放しようと、つまりはカタルシスにも似たものをその小さな身体全てで感じ取りたいと――――」
「あかちゃんって、どうやってうまれるの?」
「………………え?」
「ぼくのおともだちがね、『ぼくたちはどうやってうまれたんだろう?』って、そんなことを言ってたんだ」
「え? どうって………それはその……」
「あれれ、もしかしてわからないの? パパはなんでもしってるんでしょ?」
「ととっ、当然だろう! パパ上にわからないことなど――」
「だったら、はやくおしえてよ」
「い、いやしかし……その、なんというか………ゴニョゴニョ」
「パパ、ほんとうにしってるの?」
「し、知ってるともああ知ってるともさ! ただその、なんだ……お前にはまだ早いというかなんというかその……」
「パパ」
「フッ……子供への性教育、か。いつかは直面する問題だとは思っていたが、しかしまさかこれほどまでに早く訪れるとは……いや、やはりこの子にはまだ早いだろう、っていうか早すぎるっていうか――」
「パパはそうやってまた、はぐらかそうとするんだね」
「何ッ!?」
「パパはいつだってそう。これまでいちどだって、ぼくのしつもんにこたえてくれたことなんてない」
「な、何を言っている? パパ上はいつだってお前に――」
「ぼくのはなしをまともにきいてくれたことなんて、なかったじゃないか」
「そ、そんなことは………」
「ぼくね………ほんとうはしってるんだ」
「……ん? 何を知っていると言うんだ?」
「あかちゃんのつくりかた、もうしってるんだ」
「えっ?」
「ていうか、女の子の悦ばせ方もしってるよ」
「え? え? …………え? 今なんて?」
「なんなら、パパの初めての相手がママだったこともしってる」
「なんでなんで? どうしてどうして?」
「ふふふ、パパって〇歳まで童t――」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
「どうしたのパパ、そんなに声を張り上げて」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
「まるで赤ちゃんみたいだねぇ」
「ンンアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
「ふふふ、か〜わいい」
「ドゥルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ――――」
「――――ハァ、ハァ、ハァハァ……こっ……この子はッ…………」
「ふふふ、あははは! まるでママに初めてを捧げたときみたいに焦ってるね」
「アアアアアアアアアアア聞こえない聞こえないよぉ〜急に突然なにも聞こえなくなっちゃったなぁパパちょっとお耳の調子が悪いみたいだからちょっと今からちょっと耳鼻科に行って来るからねこれ急がないといけないやつだからこれじゃあ行ってくるからねお前は一人でお留守番できるねえらいねすごいね今度おもちゃ買ってあげるからだからその話は忘れるんだ良いね!?」
「ほんとう? なんでもいいの?」
「えっ……いや、何でもとは――」
「だめだよまたイっちゃうだめだよぉ」
「ああああああああああああああああああなんでもッ!! なんでも買ってやる!!!! だから、だからねェッ!?」
「わぁ~い! パパってとってもやさしくて、だぁいすき!」
「だからね、わかるよねぇ? 内緒のシー、漢同士の約束だからね!?」
「うん! パパ、ありがとう!」
「そそ、それじゃあパパはちょっと用事を思い出したからちょっと出かけてくるから!! おおおお利口にしているんだよ!!」
「うん! いってらっしゃ~い!」
ドタドタドタドタ………ギィ……バタン――――。
「…………クク、ククククク……」
おわり。
気付いたらおとなになっててこわい
こどもってこわい