日差しのときめき
爽やかな日差しの差し込む教室。
「続いて教科書の26ページをーー…、はい、南野くん、読んでください」
級友が音読するのを聞きながら、黒板の"ここ、大切!"と書かれた箇所を見つけた俺は、あわててノートの上でシャープペンシルを走らせた。
「はい、座って。それでは、えー最後に、平安時代に生きた貴族の生活についてですがーー…」
カリカリという固形物が削れる音と共に、白い字が黒板上に増えていく。
「じゃあ次の授業までに、こっちの参考書の四択問題、解いておいてね」
先生の最後の言葉と同時に、教室のスピーカーから軽快なチャイムが流れた。
前回の授業でつけた参考書の折り目を直し、新しく指示された予習のページに付箋を貼る。
みんなと一緒に椅子から立ち上がりながら、俺は頭の上でゆっくり両腕を伸ばし、凝った肩の筋肉をほぐした。
「礼。ありがとうございましたっ」
休憩時間に入ると、教室内は徐々に騒がしくなっていく。
自動販売機に飲み物を買いに行こうとしたところで、 何者かにポンと肩を叩かれた。
「あたしもいく。おごってよ、晴樹」
振り向くと、仁王立ちをして立っている沙耶がいた。
ポーズがなんとも偉そうだ。
「まーたかよ。お前もバイトしろバイト」
「あたしは制作に忙しーんで」
「知るかっ」
振り払おうとするも、沙耶はたかる気満々な様子で勝手についてくる。
まったくもう。
ガシャン。
自動販売機の受け取り口から温かなカフェオレの缶を出して、目の前のショートカットに尋ねた。
「そういやお前、今はどんな作品を彫ってるわけ?」
「ん?えーと、天狗と翁を一つずつ」
「ほぁ〜またお面か。すげえ渋いチョイス」
「シブいとは何よ。面職人希望してるんだから当たり前じゃない。おじいちゃんの立派な後継ぎになってみせるわ」
「あ、そ」
沙耶はスポーティな外見とは裏腹に、美術部に所属している。
話を聞く限り、専門分野は彫刻らしい。
将来は能や神楽に使われる面を作る仕事に就きたいらしいが、俺にはよくわからない世界だ。
まあでも、天狗だの小面だの般若だの、お面の話をしているときの沙耶の顔は爛々と輝いているから、嫌いではない。
「大変そうだけど、身体壊さない程度に頑張って。ほどほどにね、ほどほどに」
「ふふん。あたしは、以前あんたに『この面、怖っ!下手っ!』って言われた時のリベンジを果たしてやるんだから。見てなさい、今度の制作展では、きっとあんたをアッと言わせてみせるわ」
「アッ!ーーこれでいい?」
「バカ!」
調子に乗りすぎて、頭をペチンッと叩かれてしまった。
「あっ、やば。そろそろ授業始まるね」
自動販売機コーナーのゴミ箱に缶を入れて頷く。
二人で取り留めのない話をしつつ、元来た廊下を歩き始めた。
しかし、その直後。
「うっ!」
「わっ」
俺は、コーナーを出てすぐの曲がり角付近で、何者かにぶつかってしまった。
視線を向けた先にいたのは、男子生徒だった。
はずみで尻餅をついてしまったらしい。
彼が抱えていたノートや教科書、筆箱などが床に散らばっている。
「ご、ごめん。怪我してない?」
「………」
しかし男子生徒は無言で素早く荷物を拾い上げると、俺をちらりと見たきり走り去ってしまった。
「あ…急いでたのかな。悪いことしたなぁ」
沙耶が俺の後ろから顔を覗かせる。
「誰だっけ、今の子。確か、一つ下の学年の……。あ、そうだ。かりかわクン。狩川哲郎くん、だっけ」
「ふーん…」
「時々うちの美術部の見学に来るんだよね。彫刻にも興味あるみたいで、私の作ってるお面もにこにこしながら見てくれるんだよ。だーれかさんとは大違いだよね」
後頭部にチクチクとした視線を感じるのは、きっと気のせいではない。
「ま、そう言うなよ」
「あはは。カフェオレ、ごちそうさま」
沙耶の声は、楽しそうに弾んでいた。