沈黙の夜
あの人が欲しい。
あの人の言葉が欲しい。
あの人の心が欲しい。
あの人の、
あの人の、
あの人のーーー
「ーーあの人は、私のものだ」
✳︎
深夜。
人々が寝静まる時間帯になり、町には静けさが染み渡る。
黒く厚みのない、のっぺりとした何かが、国道を滑っていた。
いや、走っていると言った方が正しいかもしれない。
それはまるで、"影"だった。
"影"は、みるみるうちに建物の壁を伝い、這い、あっという間に登って行く。
そして、とある家屋の、さらにその中の寝室に、ドアの隙間からするりと侵入した。
何者かが眠る寝台の前で、ゆっくり止まる。
「会いたかった」
"影"はゆっくりと天井に向かって伸びていき、人の背丈ほどの高さになった。
「貴女に会いたかった」
"影"は静かな声で言葉を紡ぐ。
「貴女の存在が、私の心から離れない」
"影"は目下の寝台に横たわる人物を見つめ、囁く。
「貴女はどうしたら、私のものになるのだ?」
"影"は小さく、呼吸をするかのように、苦しそうな声を出した。
「貴女と共にいたい。……ミタキ」
✳︎
自室の扉を開き、ベッドに倒れこむ。
ブレザーにしわがつくこともいとわず、ごろりごろりと寝転んで、枕を抱きかかえた。
「ふう……」
今日は何やら、いつにも増して気疲れした一日だった。
御滝と名乗る少女。
その少女の秘書・逢威。
彼女らの存在感は、対峙している者に気を張らせる何かがあった。
果たして本当に、この問題を解決してくれるのだろうか。
疲れた体に睡魔が忍び寄り、うとうととまどろみそうになったとき、ピコン、という軽やかな電子音が聴こえた。
スマートフォンにメッセージが届いた音だ。
『おつかれ』
『今日はありがと』
沙耶だ。
ピコン
『晴樹がそんなに悩んでるって、あたし、今日初めて知ったよ』
ピコン
『早く解決するといいね』
画面を操作し、短く返事する。
『こちらこそありがとう』
『沙耶がついてきてくれたおかげで、心強かったよ』
ピコン
『うん。また明日、学校でね』
沙耶のメッセージを開き、返信をしようとした瞬間。
ピコン
『…またこのメッセージかよ』
俺は額の髪をかきあげて、目を細めた。
差出人不明のメッセージ。
検索してもヒットしない、謎のメールアドレス。
毎日のように届く不可解な文章を読んで深いため息をついた。
「はあ〜。スマホ機種変しようかなぁ…」
画面を一瞥し、すぐにメッセージを削除する。
削除をする直前に見た画面に綴られていたのは、いつも送信されてくるのと同じ言葉だった。
『我、汝を守りし者
汝に厄災降りかかる兆しあり
気をつけられよ』