夕日の移ろい
真冬の近い、日の傾きかけた午後。
まだ時刻はそこまで遅くはないが、秋も終わりに近いとあって、空の色は早くも薄いオレンジ色に染まりかけている。
街の大手ショッピングモールに面したメインストリートの一角にある喫茶店で、跡見晴樹は甘いミルクティーを飲んでいた。
放課後、バイト仲間に遊びに行かないかと誘われたものの、今日は大事な相談事をする約束があり、断ってきたのだ。
制服のブレザーについたごみを払い、青のネクタイを締め直す。
「本当に大丈夫なの?インチキとか、詐欺とかじゃないよね?」
隣の椅子に腰掛けている幼馴染の沙耶が、先程から落ち着かない様子で、フクロウの掛け時計を何度も確認している。
「あんた、人がいいっていうか、よすぎるトコがあるからさ。変な人に騙されて、ほいほいっとお金を巻き上げられないか心配なんだよね。まだまだお子様だし」
「うるさいなぁ。俺も高校生なんだから、さすがにそこまで抜けてないよ。大体、なんで沙耶が付いてくるんだよ。関係ないだろ」
「あら。あたしはあんたのお母さんから、何か物騒なことに巻き込まれやしないか見てあげてね、って頼まれてる身なんだけど?」
「そんなの、小学生のときの話だろ。もう時効だよ。俺が頼んだわけじゃないし、帰っていいよ、別に」
沙耶は俺の言葉なんて聞こえていないかのように、ストローでオレンジジュースをつつっと吸い上げた。
お子様はどっちだよ、とため息をつく。
とは言え、沙耶の言うことにも一理ある。
何せ今から自分が悩みを打ち明けようとしている相手は、噂をもとに知り合いから教えてもらった人物だ。
しかもその知り合いも、そのまた知り合いから教えてもらった程度の情報しか持ち合わせてはいないらしい。
怪しい問題を解決してくれる探偵的な人、ということぐらいしか分からない。
そして名前をインターネットで検索しても、これといった有益な情報は出てこなかった。
自分には手に負えない悩みとは言え、さすがに赤の他人に相談なんてしていいものだろうか、という不安は大いにある。
でも、沙耶に啖呵を切っている手前、「実は怖い」なんて言えっこない。
犯罪まがいのことに巻き込まれたらいけないので、一応はスマートフォンのボイスレコーダーを起動させておこうと思う。
…危機対応としては甘すぎるかも、とは思うが、これくらいしか浮かばない。
そもそも、優秀な対応手段を思いつく頭があるなら、悩みなど人の手を借りずとも、初めから自分の手で解決できているだろう。
沙耶の脳内でせき止められていた不安とイライラが貧乏揺すりになって五分後、フクロウが鐘を鳴らし、午後の四時を告げた。
と、同時に、喫茶店の入り口の方から金属の触れ合う涼しげな音が聞こえた。
扉を誰かが開いたのだ。
沙耶の足がぴたりと止まり、入口の方角に目線が走る。
「…来たんじゃない?」
沙耶の心臓はドキドキと鳴っているだろうが、俺の心臓も負けてはいない。
背の高い観葉植物の鉢植えの奥から、こちらにやって来る二人組の姿が見えた。
一人は、真っ黒なセーラー服とタイツを着用している少女だった。
どこかの中学か高校の制服だろうが、学校まではわからない。
服に負けないくらい真っ黒なストレートヘアーは、膝の辺りまで伸ばしてある。
歩くたびにサラサラと音がしそうだ。
肌の色は白く、例えるなら、髪と肌は二本松人形のそれに似ている。
ただ目だけは人形とは違って、くりっと大きい。
全身黒づくめだが、胸元に結ばれた真っ赤な三角スカーフがアクセントになっている。
外見だけで判断してはいけないだろうが、ちょっと性格のきつそうな印象を受ける。
歳は俺たちとあまり離れていなさそうだ。
そして、その少女の一歩後ろを付いてやってくるのは、背の高い若い男だった。
少女の方も目立つ見た目をしているが、男の外見はそれよりも遥かに目を引く。
髪が、長い上に全て真っ白なのだ。額の上に横向けに流される前髪と、両耳の前に垂らされる束以外は
、緑色の紐によってポニーテールで一括りに結われている。
少女と同じく、こちらの髪も歩くたびにさらりとした動きを見せていた。
そして顔立ちの掘りは深く、色白で、目は鮮やかな緑色をしている。外国人だろうか。
服装は黒の細身のスーツ姿だ。
店内が比較的空いているからいいものの、もし混雑していれば、芸能人か何かかと、ざわめく声があがっただろう。
二人はこちらのテーブルまでやってくると、静かに立ち止まった。
「跡見晴樹様でお間違いないでしょうか?」
男が笑みを浮かべながら口を開く。
こちらの緊張とは裏腹に、なんとも落ち着いた声音だった。
「あっ、はい。跡見です。お世話になります」
裏返った俺の声の不格好さが際立ってしまう。
「お待たせ致しました。この度ご依頼をいただきました、御滝と申します」
今度は少女の方が口を開き、深々と一礼した。
慌ててこちらも座礼する。
「あっ、ご丁寧にどうも。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ありがとうございます。こちらは秘書の逢威と申します」
アイと紹介された外国人風の男も一礼した。
「あの、そんな丁寧にされなくて大丈夫ですから。あ、こっちは、幼馴染の若田沙耶です」
「はじめまして、若田です。今日はお世話になります」
沙耶の声も心なしかうわずっている。
「立ったまんまもあれなんで、どうぞ座ってください」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
二人組もテーブルにつき、俺の前には御滝が、沙耶の前には逢威が並んだ。
それでは、と御滝が口を開く。
「早速ですが、お話をお聞かせ願えますか?」
黒い目が、俺をじっと見つめた。