毒のある光
「いかにも隠れ家って感じね」
式神の付けた印の気配を辿り、行き着いた先は、杉の生い茂る山の奥地だった。
道中は木々が鬱蒼としていたが、このあたりのものはだいぶ伐採されているようだ。山の中にしては、土地もやたらと拓けている。
とはいえ都心部からは随分と離れているから、余程の用でもない限り、訪ねる者はそうそういまい。
「般若は……、あの廃屋にいるようね」
「はい」
目の前に佇む三階建ての廃屋を見上げる。朽ちた柵で囲われた敷地もかなり広い。
どうやら切り倒した材木を加工する工程まで、ここでやっていたと見える。
御滝が大きく伸びをすると、続いて二度ほど屈伸した。
「そうだわ、逢威」
「はい」
くるり。
半円を描いて、黒い髪が踊った。
「あなた、一昨日の夜は何を食べたの?」
「……火を吹く悪妖です」
「あら。なんてタイムリーなのかしら」
御滝が珍しく機嫌良さそうにステップを踏んだ。
嫌な予感がする。
「逢威」
「お断りします」
「まだ何も言っていないわ」
「あらかじめ申し上げておきますが、火の威力を使って走り回るより、五闇を使役した方が速いですよ」
「………」
「五闇」
『御意』
眷属が主の足にぐるぐると纏わりつき、黒い鎧に似た装備に姿を変えた。
「…行きましょう。私が先に行くから、援護をお願い」
「承知しました」
✳︎
朦朧としていた意識が、徐々に形を作っていく。
うっすらと、次第にはっきりと、目が開いていく感覚。
「……?」
周辺の様子を確認する。
割れて散乱した窓ガラス。
放置された古い材木たち。
そして、その中に置かれた粗末な椅子に、あたしは腰掛けていた。
全然見覚えのない場所。
あたし、なんでここにいるんだっけ。
視界を刺激する光に目が慣れていくと、数メートル先に、誰かが座っているのがわかった。
「…誰?」
「おはようございます。若田先輩」
振り向いたその顔には、見覚えがあった。
「狩川…くん?」
高校の後輩が立ち上がり、無表情でこちらに歩み寄ってくる。
いつもの気弱そうな面影は見られない。
「手荒なことをしてすみません。でも、これもみんなのためなんです」
「みんなって?」
「そんなのーー決まってるじゃないですか」
彼の人差し指が、スッとあたしの後ろを示した。
ゆっくりと振り向くと、そこには、あたしが今まで作った面が、ショーケースに入れられて並んでいた。
「?!なんで、ここにーー」
「僕が連れてきたんです。みんな、ここでの暮らしに満足してくれてるみたいですよ」
翁、小面、天狗、般若…。
あたしがこの間まで、美術室で作っていた面もあるじゃない。
でも待ってよ。そうよ。あの面は、変なヤツに襲われて、カバンを置いて無我夢中で走って逃げたときに無くしたはず……。
それをどうしてこの子が持ってるの?
狩川君がショーケースに歩み寄り、手の甲でガラスを撫でる。
嬉しそうに笑う後輩のその顔には、からかうような色は見えない。
そのことが、より一層不気味さを増幅させた。
「先輩は本当にすごいですよ。こんなに魅力的な人たちを創ることができるんだから。
僕、先輩の創った彼らが大好きなんです。」
「……それ、今度の展示会に出すから、返して欲しいんだけど」
「返す?」
狩川君がゆっくりとこちらを見る。
「すみませんが、それはできません。彼らもここがいいって、住み心地がいいってーー、僕と一緒にいたいって、言ってくれてるんです。
いくら生みの親と言えど、本人の意思は尊重しないといけませんよね。」
「………」
「ねえ先輩。僕、先輩の創る面がもっともっと欲しいんです。彼らだって、家族をもっと欲しがってる。でも先輩は、学校とか、家とか、そういう世俗的なものに拘束されてしまう時間が多いでしょう。だからね、こうして、先輩が制作に集中できる場を用意したんです。
どうです、いい所でしょう?」
あ、だめだ。こいつ、狂ってるわ。
満面の笑顔をたたえ、幸せそうな顔で語りかける後輩を見て、あたしは全てを悟った。
ああ…そうだわ。思い出した。
確か、夜中に狩川君から連絡がきて…。用事があるから、家の外に出てきてほしいって、そう言われたから、玄関の外に出たんだった…。
そしたら、突然気を失っちゃって……。
……こいつに何言ってもダメだ。きっとだめ。なんとなくわかる。こういうタイプって、下手な説得でもしようものなら、逆上して襲いかかってくるかもしれないタイプよね。
今のところ敵意はなさそうだけど、でも、いつ気が変わって正反対のことを言い出すかわからない。
さて、どうやって逃げればいいのかなーー。
あたしは自分でもびっくりするくらい、その場の状況を冷静に俯瞰していた。