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万華鏡たちの舞  作者: 日傘ユキ
13/20

無音の薄闇



夕方。

茜色の空がだんだんと薄暗くなっていく。

校舎の屋上に吹く風はぴりりと冷たいが、それがなんとも気持ちいい。


昼間に購買で買っておいたハムサンドの袋を開けて、口に頬張る。紙パックのオレンジジュースをストローで吸い上げながら、憂鬱な気持ちで手元の封筒を見つめた。


ここ数十日、朝起きて郵便受けを見ると必ず入っている白い封筒(これ)

今日ので四十七通目になる。

毎日深夜に届いているようだから、五十通目が来るまでに残された時間は、二日と数時間程度。

あの四十三通目以降に届けられる封筒の中には、それまでと同じく、何も書いていない白紙の便箋しか入っていない。

得られる情報が何もないということが、俺の心をより一層苛立たせていた。


五十通目。

五十通目が来たら。


何か、起こるんだろうか?

…何()、起こるんだろうか?


目に見えぬ恐怖がにじり寄るのを感じて身震いすると、ちょうどポケットの中のスマホが鳴った。

画面で番号を確認し、慌てて通話ボタンを押す。



「もしもし?」


「こんばんは、跡見様。お忙しいところを申し訳ありません」


「あっ、いえ、大丈夫です」


逢威(あい)だ。

何か調査に進展があったのだろうか。



「私の主が、跡見様にお会いして、現在の調査の状況についてお話ししておきたいと申し上げております。ご予定はいかがですか?」


「今日はバイトなんで、明日の夕方なら」


「明日ですか?」


「はい」



電話の向こうで、何やら確認しているようだ。



「承知しました。では明日、前回と同じ場所と刻限にて、お待ちしております」


「は、はい。ありがとうございます」



ピッと通話を切り、ほうと息を吐く。


あの人たちはインチキ探偵かも知れない。

でも、それでもいい。

何か、何でもいい、この不安を和らげてくれる話が聞きたい。

警察じゃあきっと、こんな悪戯じみた話は真面目に聞いてもらえない。せいぜい被害届を出すよう言われるのがオチだろう。



「明日、か」



明日。きっと何か、進展がある。

そう信じて、自分を鼓舞する。


今からバイトだ。何はともあれ、まずはそっちを頑張ろう。


俺は食べかすとゴミをまとめてカバンを持つと、屋上の出口へと向かった。




✳︎





鼻の角度が気に入らない。

そもそも、顔の比率に対して大きすぎるのだ。

もっと、削らなければ。


製作中の(おきな)と対峙しながら、沙耶は眉間に(しわ)を寄せた。


同時に、あ、と気が付き、顔を上げる。


白い壁に掛けられたシンプルな時計の短針は、文字盤の5と6の間を指し示している。


そしてその下には、誰かが片付け忘れたのであろう、放置されっぱなしのイーゼル。

まったくもう。


「気になるけど…今日はここまでかな。天狗は完成したし、よしとしよう」


初冬の空はせっかちな性分のようで、その鮮やかな夕焼け色を、早くも深い紺色に染め直し始めている。

他の部員は早めに制作を切り上げたらしく、気がつけば室内には自分しか残っていなかった。

放課後の一人きりの美術室は、ぞっとするほど静かだ。


イーゼルを畳んで片付け、ベランダ出入り口付近に設置されたロッカーへと向かう。


茶色の通学鞄を取り出してチャックを開け、二つの面を入れた、その時。

ふと、誰かの視線を感じた。



「?」



部員が忘れ物でも取りに来たのかな?


声をかけようと思い、振り返る。


しかし、そこには誰もいなかった。



「かーくれてないで、出てこーいっ」



試しにのんきな声を出してみるが、何の返事も返ってこない。


気のせいか。

こういうカン、あたし結構当たるんだけど。

なんか残念。


再びロッカーの方に向き直って、戸をぱたんと閉めた。


しかし、教室の出口に向かって歩き出してすぐに、何か奇妙な音がすることに気付いた。


小さいので、あまりはっきりとは聞こえない。


例えるならば、机に薄く薄く引き伸ばした砂を、地面に少しずつ落としているような音だ。


以前、家庭科の授業で聞いたことがあるような音ーー。


そうだ。断ち切りばさみで布を裁断するときに、布と机が触れ合う音。


衣擦れの音だ。


自分の背後で、その音は囁いている。



「…誰?」



首をゆっくりと動かして、後ろを見る。


そこには、不思議な()()がいた。


白い布が覆い被さった、高さ二メートル近くの何か。


布はその物体のほとんどを覆い尽くしており、包まれているのが何なのかはわからない。


ただ、床に接している部分から、黒い何かが見えた。


足袋(たび)


黒い足袋(たび)だ。


人?



そして布の隙間から見える黒い手には、夕焼けの残り火を受けて不気味に光る物体が握られている。


長く薄く伸びる、ぎらついた、異様な存在感。


刀?



「……」



脳が目の前の光景を瞬時に処理できなかったらしい。

理解が追いつかない。



何?


誰?



沙耶は視線をそらさずにじりじりと後退した。


白い布を被った何かは、身じろぎもせずにその場に静かに佇んでいる。


後ろにすり足で動かした、右足のかかと。

それが教室の外にわずかに出た瞬間、沙耶は体を捻ると、続いて足の裏で、床を思い切り踏み、無我夢中で蹴った。

反動で両足がもつれ、上半身がバランスを崩す。


しかし咄嗟に左手を床につけて態勢を立て直し、そのまま振り返らずに廊下の端まで全速力で走った。


角を曲がったところで、手すりに右腕を強く打ち付けてしまった。腕全体に鈍い痛みがはしるが、なりふりかまわずに階段を駆け下りていく。


頭の中は殆ど真っ白だったが、しかしその片隅では、こんなことを思っていた。



ーーあたし、こんなに本気で走ったの、生まれて初めてかも。




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