枯れる風
放課後。
自分より長く伸びる影を追うようにして歩きながら、晴樹は小さくため息をついた。
足元の落ち葉が風に乗り、どこへともなく去っていく。
数十メートル先に、バイト先の書店の看板が見えてきたところで、再びため息をついた。
今から数時間働くのだと思うと気が重くなるのはいつものことだが、こう外気が冷え込むと、億劫さに拍車がかかってしまう。
書店の裏口から入り、狭い通路を進んでいく。
"従業員控え室"というプレートの貼られた部屋のドアノブを回して、中に入った。
「お疲れ様です」
「ういっす」
中にはすでに、俺と同じシフトの常原さんがいた。
店から支給されている仕事用のエプロンをつけようとしている。
常原さんは大学生だが、ここで働き始めたのは三ヶ月ほど前からなので、キャリアで言えば俺の方が長い。
もっとも、そんなことで偉そうな態度を取るなんてこと、俺はしないけど。
「めんどくさいなー」
「すべては時給、バイト代のため……そう思って頑張るしかないすね」
どうやらみんな思うことは同じらしい。
粗末な長椅子に座る常原さんは、背中を丸め、先程の俺と同じようにため息をついている。
その姿は、この書店が社訓として掲げる「明るく爽やかでフレッシュな店員」像とは程遠いものだった。
常原さんくらいガタイがいいと、なんだか余計に哀愁が漂うように感じる。
「ところで、だけどさ。なあ、晴樹」
下を見ていた常原さんの目が、こちらに向けられる。
なんか嫌な予感。
「またお金貸してくんね?ちょっとでいいから。な、頼むよ」
予感的中。
俺は先程とは別の意味でため息をついた。
「そのことについては、もうこの間言ったでしょう。貸せませんって」
「いや、でもさ。まあ聞いてくれよ。今月返さないとやばいんだって」
以前聞いた話だと、常原さんはパチンコにはまって金を使い込み、ちょっとした借金までしてしまっているらしい。
ただし、"ちょっとした"というのは常原さんの弁なので、どのぐらいちょっとなのかまでは俺にはわからない。
「申し訳ないんすけど、俺も自分の稼いだ金を人に貸してる余裕ないです。バイト反対の親を説得するために、家にもいくらか納めてますし」
「や、でも、頼むよ。ほんと。お前しかいないんだよ」
常原さんはバッと立ち上がると、ずんずんとこちらに歩み寄ってきた。
こうも大柄な人に見下ろされると、かなりの威圧感がある。
俺は目を合わせずに、ひたすら首を振った。
気持ちはわかるけど、ダメなものはダメなのだ。
と、その時、店員専用の小型イヤフォンを通して、フロアにいる店員の音声が耳に飛び込んできた。
「おーい、バイトくんたち。レジ打ちの方、頼むよ」
これ幸いと、俺は慌ててマイクに返答する。
「はーい、ただ今」
俺は常原さんに一礼すると、そそくさと退室した。
ドアを閉める直前に、小さな舌打ちが聞こえた気がした。