腸内環境の改善は意外に重要かもしれませんよ
「……昔に比べて、今の子達の方がうんと手がかかるのよ。職員を多くしないといけなくて」
なんて事を、ある日、うちの母親が言いました。なんの話かと思ったら、どうもパートとして勤めている保育所でのエピソードらしいです。
母親は随分と昔から保育所で働ているのですが、最近はどうも自閉症の子供の数が増えているらしく、それで職員が多く必要なのだとか。
僕はそれを聞いて、“ゾッ”と、少しだけ背筋に悪寒が走るのを感じました。
何故なら、その話には聞き覚えがあったからです。先進国での共通している現象として“自閉症の増加”があると。
(因みに、アレルギー、やその他精神疾患等も増えているのだそうです)
その原因には諸説あって、「化学物質が原因である」とか、「診断がより精確に行われるようになった結果、これまでは問題なしとされていた子供が“自閉症”と診断されるようになった」とか、「腸内微生物の異常が原因である」とか。
もし仮に、“診断基準が精確になった事”が原因であるのなら、これはそれほど心配する問題ではありません。だって実状に変化はないわけですからね。
がしかし、僕の母親のこの証言はそれとは一致しません。なにしろ、実際に職員が多く必要になったと言っているんです。
さぁ、こうなるともっとこの問題を深刻に受けとめた方が良さそうです。ただでさえ、高齢社会で養育に向けるコストが厳しいのに、ハンデを背負った子供の数が増えてしまっては、当然ながら社会負担は増してしまいますし、何より患者本人やその家族にとって大きな不幸の元になりますから。
そしてそれで僕は、
「腸内微生物について、もっと訴えた方が良いかもしれない」
なーんて考えたりしたのです。
先にも書きましたが、腸内微生物が自閉症の原因という説があって、しかも比較的腸内環境の改善は個人でもやり易いからです。
ならば、その為のエッセイを書いてみるというのは社会的に充分価値があると言えるのじゃないでしょうか?
(微生物を題材にした漫画“もやしもん”の作者の方が、自閉症編を書いてくれれば、僕なんかががんばるよりももっと質の高いのを書いてくれるだろうし、世の中にとっても良い影響になるだろうに……、
などとこれを書いていて、少し想像しちゃいました。限定で良いので復活してくれませんかねー
無理かな?)
僕はたくさんの雑学系の本を読んで知識を集めているし、それ以外でもネットを介して多くの知識を得たりしているのですが、ここ最近、注目している知識の一つに“マイクロバイオータ”というものがあります。
これはヒトと共生している微生物の事で、近年に入り、それが人間の心身の健康、知的活動にすら多大な影響を与えている事実が明らかになって来ました
――と、言ってもですね、実は僕にとってこのマイクロバイオータは新鮮であると同時に懐かしい知識でもあるのです。
何故なら、僕が子供の頃には、既に多細胞生物が微生物と共生関係にあり、互いに協力し合っている事は知られていたからです。
例えば、口内細菌を全て殺してしまったなら、口の中にカビが生えてしまうそうです(つまり、口内細菌は口を護ってくれているのですよ)。他にもある種の細菌は普通なら分解できない食物を分解して栄養分やエネルギーに変えてくれます。白アリが木を食べられるのは、植物のセルロースを分解してくれる細菌のお陰だったりしますし、牛やなんかが草を分解して栄養やエネルギーに変えられるのも細菌のお陰なんです(もちろん、人間の体にだってそんな細菌は生息していて、やはり同じ様に普通なら僕らには利用できない食物を分解してくれています)。
地衣類は藻類と菌類の共生生物だと生物の授業で習ったのではないかと思いますが、厳密に言えば、全ての多細胞生物は微生物達との共生生物だと言っても過言ではないほどなのですね。
あの文豪の森鴎外は、細菌学を学んで潔癖症になってしまったらしいですが、そんな事を気にしていたら生きていられないくらい、この世界は微生物だらけで、しかもその微生物達は僕らの生活にとって、なくてはならないものだって事です……
……中学時代だったか、高校時代だったか、この話を知った僕は“ならば、生物と生物の境界線など何処に引けば良いのだろう?”なんてカッコつけて考えていたりしました。
当時としては、充分に考えたつもりだったのですが、もう少し僕が思慮深ければ、
“微生物と共生関係にある僕ら多細胞生物は、彼らの存在を前提で進化をし続けて来たのではないか?
つまり、微生物達との共進化をし続けて来たんだ”
なんて更に踏み込んで考えていたかもしれません。
“共進化”という事は、微生物達が人間という環境に適応するだけじゃなく、人間が彼ら微生物達に適応するという事でもあります。
……そして実際、人間にはそうとしか思えない特性が満載なのですよ。
例えば赤ちゃんが飲む母乳には腸内微生物が含まれている事が知られています。
信じられない話ですが、母体は血管を介して自分の腸内から乳へと腸内細菌を運び、赤ちゃんに与えているのです。ちょっとがんばり過ぎですよね。
それだけではありません。
母乳にはオリゴ糖が含まれているらしいのですが、これは腸内細菌達にしか分解できません。つまり、母体はわざわざ腸内細菌達の為の餌を作っているって事です。
人間にとって腸内細菌がそれだけ重要で、だからこそこんな驚くべき業を身に付けたと考えるのが一番自然でしょう。
他にも以前は不要な器官だと考えられていた虫垂は、実は微生物達の住処である事が明らかになっています。似たような話としては、大腸も同様に本質的には人体には必要ないと考えられていた時期があったそうですが(今でもお医者さんによっては、そう説明している人もいます)、やっぱり人体に協力する微生物達の活動の場という意味で重要なのだそうです。
もちろん、人間以外の動物にも微生物達と共進化した結果得られたのではないかと思われる特性は多々あります。
コアラは赤ちゃんに便を食べさせる事実が下ネタ系の豆知識みたいな感じで面白おかしく紹介される事が多いですが、これもは赤ちゃんに手っ取り早く微生物を与える為にある習性なのだそうです。
コアラはユーカリの葉を食べる事で有名ですが、ユーカリの葉を分化する為には、やはり微生物達の力を借りなくなてはいけないので、赤ちゃんに早く微生物を与えなくてはいけないのですね。
こういった事を考えると、時折観られる動物の食糞行動も、微生物達を摂取する為に行われている可能性を疑うべきなのかもしれません。
子供の頃、僕は犬を飼っていたのですが、散歩中にその犬が何かの糞を食べてしまって、「どうして……、どうして……」と苦悩していたりしましたが、こう考えるとそれほど異常にも思えなくなってきますね。
って、まぁ、今でももし食べようとしていたら止めますけども。
人間にはもちろん便を食するなんて能力はない訳ですが、それに準ずるというか何と言うか、便を移植する医療行為ならあります。
“糞便移植”で検索すると出てきますが、健康な人の便を移植する事で治療効果を得ようとする治療方法で、抗生物質によって腸内の細菌を殺し過ぎてしまった結果、重度の腸過敏症(簡単に言えば、直ぐにお腹を壊してしまう病気です)に罹ってしまた患者さんの治療なんかで既に実績があります。
この“糞便移植”、日本でも受けられるようですが、今現在(2018年8月)では、保険は適用外だそうです。
さてさて。
これだけの事実があるのなら、僕ら多細胞生物が微生物達と共生関係にあり、その存在を前提に進化してきた点は疑いようがないのではないかと思います。
つまり、僕らは微生物達と協調する為の体の仕組みを持っているって事ですよ。
では、その微生物達との協調に不協和音が混ざり込んでしまったなら、一体、何が起こるのでしょうか?
実はですね。
糖尿病、肥満、メタボリック症候群、自閉症、うつ病、不安障害、炎症性腸疾患、過敏性腸症候群、NASH、自己免疫性疾患、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーなどなど…
実に広範囲のいわゆる“現代病”と言われる病と、人体に棲む微生物達深くは関わっていると言われているのです。
先進国に住む人間達は、身体に棲む微生物達…… マイクロバイオータの多様性が低い傾向にあり、どうやらそれが人体に様々な悪影響を及ぼしているようなのですね。
その昔は、アレルギー反応は戦うべき細菌などの“敵”が減ってしまったが為に免疫反応が本来無害な花粉などに過剰反応してしまっているとかなんとかって説明をされていましたが、今現在では、人間の免疫系と腸内微生物との協調に乱れが生じた結果として発症するのではないかと考えら始めているのです。
因みに、僕はこの件に関しては個人的に体験してもいます。
子供の頃から、僕はアレルギー性鼻炎を患っていまして、春とか秋とかの季節の変わり目になると辛くて仕方ない状態に陥っていました。ピーク時には、真夜中に鼻とか目とかが痒過ぎて目が覚めてしまうなんて事もしょっちゅう。
昔は色々と試してみたりもしたのですが、ずっと治らなかったので、半分はもう諦めていました。原因不明で突然治る事もあると聞いていたので、“もし、そんな事が起きたらラッキー”くらいの感覚です。
ところが、それが毎日“黒にんにく”を一かけら食べるようにしてから、随分と楽になったのですよ。
黒にんにくを食べ始めた切っ掛けは、単に母親が作り始めたっていうただそれだけの理由で、別にアレルギー性鼻炎が治るとかそんな効果を期待していた訳じゃなかったので、当初は無関係だと思っていたのですがね。そもそもどうやって黒にんにくを作ってるのかも知らなかったし。ところが、そのタイミングで腸内微生物とアレルギーの関係について本で知識を得て、“もしや”と思って黒にんにくについて調べてみてビックリ。
黒にんにくは、にんにくを発酵させて作る発酵食品で、予想できるとは思いますが、善玉菌である植物性の乳酸菌が大量に含まれているのです。当然ながら、それを毎日食べ続ければ、腸内環境は良くなっていきます。
物凄い偶然で、黒にんにくを食べ始めたタイミングで僕のアレルギー体質がまったく別の原因で改善した可能性も考えられなくはないですが、流石にちょっと無理があるような気がします。
一応断っておくと、こういった治療法の類は誰でも100%良くなるってものでもないので、それなりのラッキーもあったのじゃないかとは思います。
個人的に知っている腸内微生物絡みのエピソードはまだあります。
同じ職場の人で、健康診断を受けると必ず“腎臓が悪い”と引っ掛かる人がいたのです。ところが、その人、お酒が好きなわけでも煙草が好きなわけでもなく、まったく原因に心当たりがなかったそうなんです。
ただし、健康に悪いかどうかは分かりませんが、毎日、人工甘味料を用いたカロリーゼロの炭酸ジュースを飲んでいたのです。
実は人工甘味料はお腹の中にどんな微生物を持っているかによっては、腎臓病(その他の病気も)の原因になる可能性があると現在では知られているのですよ(因みに、肥満になる可能性もあるのだそうです)。
もちろん、偶に飲む分には問題ないのでしょうがね。
それでその人はカロリーゼロの炭酸ジュースを飲むのを止めました。結果がどうなったかまではまだ教えてもらっていないのですが、会社で提供している健康相談を受けに行く姿を見なくなったので、恐らくは改善したのじゃないかと思っています。
このように腸内微生物が人体に様々な影響を及ぼすのは、腸内微生物が免疫系及びに人間の脳と相互作用しているからだそうです。アレルギー反応が免疫系の機能不全だというのはよく知られた話ですが、腸内微生物はそれを調節してくれているのですね。
まだ腸と脳の関係の重要性が知られていない時代、腸と脳とを繋ぐ迷走神経を切断する手術を行ってしまったという事例があるらしいのですが、その結果として、少し食べただけで満腹になったり、吐き気、嘔吐、痙攣、腹痛、下痢などの症状が常時現れ、他にも動悸、発汗、頭のふらつき、極端な疲労などの数々の原因不明の症状が現れたのだそうです。
腸が脳に送っている情報は非常に多く、研究者によっては“第二の脳”と表現してすらいるそうです。それが断たれる訳ですから、何かしら問題が発生するのは自明と言ってしまっても良いでしょう。
さぁ、こうなって来ると、自閉症の増加と腸内微生物の異常が結びついているという仮説の信憑性が増してくるようには思いませんか?
前述した通り、アレルギーや自閉症などの様々な病気が先進国では増えているのですが、それに伴って人体のマイクロバイオータの多様性は失われているのだそうです……
因果関係は言い過ぎにもしても、少なくとも相関関係がある可能性がかなり高いようには思えてしまいますね。
もっとも、統計分析というのは非常に厄介で、簡単には結論出せないのですが。
例えば、病気とマイクロバイオータの両方に働きかけている交絡因子の存在があるかもしれませんし、その数値の変動の一致は単なる偶然で、それぞれまったく別々の原因でそれらが起きている可能性もあります。
ただし、それでも“マイクロバイオータ”を人間社会が意識する事には価値があると僕は主張します。
コスト、それとリスクとリターンのバランスを考えて、その方が得だと判断しているからですが。
ちょっとだけそれを整理してみましょうか。
この仮説が正しく、腸内環境の改善によって病気が減少したなら、それはもちろん充分なメリットになります。そして、もしこの仮説が誤りだったとしても、大きなデメリットがあるようには思えません。病気対策にとって重要ではなくても、腸内環境の改善が何かしら健康にとって良い影響を与えるだろう点はほぼ確実だからです。
コストに関しては流石に不明ですが、マイクロバイオータを意識した食品がそれほど高価でない点を考慮するのなら、大したことはないと判断すべきでしょう。
つまり、仮説が正しくても間違っていてもリスクとコストとを勘案して、リターンの方が上だと判断できるのですね。
ただし、じゃ、具体的に何をすれば良いのでしょう?
ここからは、参考にした本に載っていたものを列挙してみたいと思います。
主に僕が参考にした書籍は以下の三冊です。
『あなたの体は9割が細菌 アランナ・コリン 河出書房新社』
『腸科学 ジャスティン・ソネンバーグ、エリカ・ソネンバーグ 早川書房』
『腸と脳 エムラン・メイヤー 紀伊國屋書店』
まずはこの三冊全てで重要性を語っていた、と言うよりも警鐘を鳴らしていた、母乳育児と自然分娩について述べます。
母乳には、前述したように有用な腸内細菌及びにその餌となるオリゴ糖が含まれていて、赤ちゃんの体内に健全なマイクロバイオータを育てる上で非常に重要な役割を果たしています。また自然分娩は、産道を通る時に母親の微生物を赤ちゃんが受け取る事で、やはり赤ちゃんの体内に健全なマイクロバイオータを植え付けます。
ところが近代に入り、粉ミルクの普及で母乳育児の割合は減ってしまいました。また、自然分娩のリスクを嫌っての帝王切開による出産が増え、多くを占めるまでになってしまった結果、赤ちゃんのマイクロバイオータの多様性が減少してしまっている危険性が高いらしいです(出産後、赤ちゃんの口元に産道から出た液を擦り付けることで、多少はマシになると『あなたの体は9割が細菌』には書かれてありました)。
もちろん、本当に致し方ないケースもあるにはあるのですが、先の本の著者達によれば現状は過剰に粉ミルクによる育児や帝王切開手術を行ってしまっているそうです。もっとケースバイケースを考えて減らした方が良いと。
次に食品です。
加工食品の多くは、人間が消化吸収し易いようにしてくれてあるのですが、それは裏を返せば微生物達が活用できる餌が減っているという事でもあるのだそうです。
だから、腸内微生物達に餌を供給する為には、食物繊維が豊富な食べ物を多く食べる必要があるらしいです。
まぁ、それって今でも健康の為の常識って気がしないでもないですが……
ただ、僕がまったく知らなかった話が一つありました。
ここ最近、“全粒粉のパン”みたいな売り文句をコンビニとかで時折見かけるようになりましたが、この全粒粉はお米で言うところの玄米みたいなもので、この全粒粉の場合、人間だけでは全ては消化吸収できず、一部が腸にまで届くのだそうです。
はい。
つまり、全粒粉は腸内微生物達にとっての餌になるって話ですね。見つけたら、選んでみると良いかもしれません。
多分、玄米とか雑穀米でも似たような効果があるのじゃないかと思います。
それと『腸科学』って本では、糖分控えめ(多分、カカオ70%あたりだと)ならチョコレートも効果的と書かれていました。
チョコレート好きな人、良かったですね!
(……自分のことかもしれない)
ただし、『腸と脳』では、チョコレートに含まれている乳化剤が体に悪影響を与えると警告していましたが……。
次も食品は食品ですが、人体に良い影響を与える微生物…… プロバイオティクスを含んだ食品です。
先の僕が述べた黒にんにくももちろんそうですし、有名なヨーグルト、キムチなども同じです。因みに、納豆にも腹痛などの予防効果があるそうです。
ただ、
『腸科学』と『腸と脳』の二冊では、効果有としていて、『腸と脳』では実際の事例まで紹介していましたが、
『あなたの体は9割が細菌』
では、慎重な態度を執っていました。もっとも実際の実験例など具体的な証拠の提示はありませんでしたが。
どれを信じるかはあなた次第です。
その他にも『あなたの体は9割が細菌』で紹介されていた中に、身体に有用な表皮常在菌を振りかけて体臭を防ぐなんていう、マイクロバイオータを利用した商品がありました。
……等々と、取り敢えず、ざっと上げてみました。まだ気になる人がいたら、ネットで検索をかけるなどすれば、簡単に調べられると思いますのでやってみてください。
これら食事を執る事は、例えば重いストレスがかかった時などに効果を発揮する可能性はありますが、ただこれだけで病気が改善するとは考えない方が良いそうです(僕は改善しましたが、元々、それほど不健康な生活はしていませんし)。つまり、全面的なライフスタイルの見直しが必要だって事ですね。
もしも、マイクロバイオータを意識した社会作りで、現代病と言われる病の多くが改善するのであれば、患者本人やその家族が助かるばかりではなく、社会全体の負担しなくてはならないコストが著しく改善します。
特に日本の医療制度は主に財政面で危機的状況下に陥っているので、少なくとも試してみる価値は充分にあるのではないかと思われます。
しかも、個人レベルで始められますしね、これ。
あなた自身や或いはあなたの身近にいる人が病気で苦しんでいるのであれば……、いえ、そうでなくても、その予防に、少しくらいは自分達の体に棲んでいる細菌達の事を頭に入れて、それを生活習慣に取り込んでみるのはどうでしょうか?
参考文献は作中で書いたので、省略します。