1-2
●1-2
「エロ地蔵の中から……剣が出てきた!?」
「そう、剣だ。これが俺だ」
「喋ってるぅ~!?」
「俺は『責王の剣』。『力』であり『強さ』の結晶。決してエロ地蔵などではない!」
幅の広い鍔。赤い宝石の嵌め込まれた長い柄。規則性のない細かな彫刻の施された黒い鞘。それが「俺」だった。
俺は今、岩の基部に鞘尻だけを刺した形で、直立している。
「エロ地蔵の中に喋る剣が入っていたなんて……!」
「驚いたか、愚かな人間の娘よ」
小娘は目を見開き、口を開け放しにしてアホ面をしていたが、それから慌てて口を閉じ、辺りを見回した。そして一丁前に俺を睨みつけ、口を付けるように顔を寄せ、
「わーー!」
いきなり怒鳴ってきやがった。
「出てこーーい! 馬鹿野郎ーー! ゲホッ! ゴホッ!」
叫びすぎてむせている。こいつ、なんなんだよ。虚弱体質か。
そしてキョロキョロしてから、再び、
「わーー!」
「ええい! なんなんだ! うるさいぞ!」
「あんた、誰! どこにいるの!」
「どこって、何がだ? ここにいるだろうが!」
「違う違う。どこかで私を見ているんでしょ。マイクとスピーカー仕込んで」
ああ、そういう事か。
「これはイタズラではない。俺は、俺なのだ」
「はあ? だって、剣だもん」
「剣だ。それも特別製のな」
「特別製って……、ええ!? う、浮いた……」
そう。俺は、自らを浮かび上がらせた。鞘尻から岩塊の欠片が剥がれ落ちた。
しかし、これは疲れる……。俺は自らを自在に動かせるようには出来ていないのだ。
「浮いてる!? 嘘だ!」
小娘は俺の柄頭の上の空間に掌を入れて振った。それから鞘尻と地面の間にも手を入れて振った。
「何もない……。これって、超伝導!? 超伝導でしょ!?」
「超伝導ではない……。超伝導の事を詳しく調べた事もないし……。もう、そろそろ納得しろよ……」
つ、疲れる。
「喋って……浮いた……。剣なのに」
「そうだ。なぜなら俺は」
「「魔剣だから!!」」
なぜか小娘と声が重なってビックリしちゃったよ、俺。
ビックリした表紙に力が尽きて、地面に落ちそうになった。
そんな俺を、小娘が空中でキャッチした。小さい手だなあ。やはりツルツルしてるし。スベスベと言うのか? 甘ったれた怠け者の手だ。こんな手では荒野で二日と持たんぞ。
「うわー! 魔剣だー! ごっついのにあんまり重くない! 魔剣だからだね! あああ……、すごい、すごいよお……! だってさ、喋る剣なんて見た事ある?」
「それを俺に訊ねるなよ……」
「こんなアイテム、ラノベかゲームの中にしか出てこないよ! コテコテ過ぎて!」
言葉の意味はよく分からんが、なんだかちょっとムッとくる言い方だな。
「そうか~、この魔剣が私の恋の必勝アイテムって事かー。エロ地蔵って本当にご利益があるんだな~。お祈りしてみて良かった! エロ地蔵様、感謝します!」
「そんなわけがあるかい! 地蔵の欠片に拝むなよ!」
「だって、君を寄越してくれたじゃない。影の門ていうの? 超空間ワープしてきたんでしょ? いや~、ネットの裏パワースポット探訪を信じて来て良かった。教祖様が釈放されたらサイン貰いに行こうっと」
「お前なあ、あんな地蔵はインチキなの! 偉いのは俺!」
別に自分から表に出てきたわけではないが。これはつまり、事故だ。
「そうか~。剣で恋を実らせよう、って事か~。それがエロ地蔵様のアドバイスか~」
聞いてないし。
「でもどうやるんだろう~。やっぱりこう、刃先をちらつかせるのかなあ……」
「それは脅迫っていうんだ」
「大丈夫大丈夫、最初は無理矢理でも段々と本当の愛に変わっていくって展開、よくあるもん。『第一話 最悪な出会い』って感じで」
「お前、それは絶対におすすめ出来んぞ。お前のような小娘の対象は、どうせボンヤリした小僧だろう。子供同士ならそれに相応しい交際があるだろうし、まずは自分の想いを手紙で……」
「え、アドバイス? うわあ……。それ、わざわざ剣にしてもらわなくてもよさそうだよ……」
なんか引かれてるし。
「年上の人って中高生にアドバイスしたがるよね。大人になると後悔するぞって必ず言うし。それこそ脅しだよね? ああいうの苦手なんだ。そもそも時代が違うから常識も違うし。だいたいさあ、それ、その時にアンタ自身は出来てたの? 出来なかったから今そんなザマなんじゃないの? って感じ。成功者のアドバイスなら聞く価値あるかもしれないけど、負け犬の言う事はねえ。いかにも良い事言ってる顔されても、この話早く終わらないかなーってしか思えない。自分の株を下げるだけだからやらない方がいいよ」
「確かに。……いや、そういう事ではない。お前の色恋沙汰なぞ俺にはどうでもいい。いいか、俺はギフトではない。俺はお前のものではない。こうしてお前と言葉を交わしてるのは、縁ではない、単なる事故だ。家に帰れ。俺の事もエロ地蔵の事も忘れろ。まっとうな恋愛をしろ。これからはあまりディープなサイトは閲覧するな。本屋でもオカルトや精神世界系の棚には寄るな。さらばだ」
「さらばだ? やだやだ! せっかく魔剣をゲットしたんだもん! このまま恋人もゲットだもん!」
「帯剣した娘にどう男が惚れるっていうんだ」
「え」
「え、って。あのな、色事に刃物とくれば、猟奇事件になるしかないだろうが。特にお前のような馬鹿っぽい子供には、爪切り以上の刃物は危険だ」
「で、でも、恋愛はルール無用のバーリトゥード……。あらゆる武器の使用を許可する……」
「許可されない! それに俺はそこらの剣とは違う。魔剣だ。お前のようなへっぽこツルツル小娘が俺を使うなど千年早いのだ」
「で、でも、大丈夫だって! 使いこなしてみせるって!」
「だからどう使いこなすんだ……。あ、おい」
小娘は右手で柄を、左手で鞘をしっかりと握る。
「ラブを邪魔する全ての障害物を切り倒す鋼のパワーを、見せてもらおうじゃない。よ、よおし……、抜くぞ……。抜いちゃうぞ……」
「よせ。無駄だ」
「せいや! あれ、抜けない」
「当然だ。愚か者。俺は特別な剣だ。おいそれと使えるわけではないのだ」
なんたって俺は「あの方」の為に造られたのだから。
「俺を抜くにはそれ相応の報いがいる。つまり、贄だな。恐ろしかろう」
「あー、ここ、鍔のところに鍵穴がある。鍵がかかっているのね」
「気付いたか。だが肝心の鍵は……」
「汝と血の契約を結ぶ! 汝の姿、我が前に示せ!」
「おいおい、なにそれっぽい台詞をぶってるんだ」
確かに俺を使うには血の契約が必要だ。大量の血、大量の魂が必要だ。俺の為ではなく、「あの方」に献上する為に。
「だが無駄だ。『あの方』は封印され、俺と『あの方』との繋がりは断たれている。契約を受理する人がいないのだ」
「はあはあ」
「聞いてる? あのね、役所が閉まってたら契約書も受け付けてもらえないでしょ? それと同じで」
「はあはあ」
「え、あ、お前、また!?」
「……うっ」
小娘の鼻から、またも大量の血が溢れる。もはや噴き出している!
「おふっ。これで~」
「おーい! お前! ふざけるな!」
「血……、血ですぅ~。アタシの血で……、契約ですぅ……」
鼻血が、俺の鍵穴に注ぎ込まれる。
「うっぷ、やめ、おい! ゲホッ。こんな血で、契約など、誰が……」
無理矢理押し広げられ覚醒した「血管」に、またも同じ血が注ぎ込まれる。行き場のない血の波動が、ビートが、刀身の中で反響しまくる。俺を構成する金属が軋みを上げる。
「お、俺のからだが……!」
限界まで膨らんだ「血管」が、決壊を防ぐ為に、新たに伸び、広がっていく。ビートに対応する為に、「血管」の襞が変化していく。
全ては俺自身を壊さない為の、防衛反応だったのだろう。だがそれによって、俺の「血管」の形は変わってしまった。
「血管」の描く模様は、そのまま呪印であったのだ。次元の壁を越えて俺と「あの方」を繋ぐ為の。
呪印が変わった事で、たとえ「あの方」が復活しても、もはや血と魂は捧げる事は出来ない。血はただ俺の中を循環するだけだ。誰にも捧げられない形に、俺は成ってしまった。
ガチリッ
「外れた! やったー!」
「なんだと……!? マジか……!?」
これまでに俺を手にした者は、「あの方」に血を捧げる為に街一つ滅ぼすほどの事をしていた。「あの方」の許可を得るにはそれほどの犠牲が必要だったのだ。
それが、鼻血で。誰の許可を得る事もなく、一方的に。
俺のからだ、こんなんで良かったのか?
「魔剣よ! 今こそその姿を示せ!」
鼻血を注ぎ込まれた鍵穴が、赤く光る。鞘に刻まれた複雑な刻印に赤い光が走り、鞘尻へと抜けた。
少女が俺を抜く!
俺の刀身が、露わになる!
「これが……、魔剣! ……て、ええ~」
鼻血を噴くほど興奮していた少女の声が、一気にトーンダウンした。
「あの……、なにこれ、これが剣なの?」
「そ、そうだが」
「フニャフニャなんですけど」
少女が俺の刀身を手で摘み、引っ張って離した。ビヨンビヨンと震える刀身。
「これ……、グミ?」
「グミじゃない!」
「だってこれ、凄い柔らかいよ。ほら、ぜんぜん切れない」
俺の刀身を小さい手がペチペチ叩く。本当にペチンペチン音がする。
それどころか少女は、俺を持って、自分の頬とか首とかをペチペチと叩いてみせる。
「君って、こうやってペチペチ叩いて血行をよくするグッズだったの?」
「違うわ!」
「だってグニャグニャじゃない。はあ、ガッカリしちゃった」
「なんで俺がお前のような弱者にガッカリされにゃあならんのだ! 俺は『責王の剣』。人間風情に扱えるわけがないのだ! だから、お前が持ってもこんなんなのだ!」
「グニャグニャ~」
「俺のせいではないのだ! まいったか!」
俺は、「この世界」では無力なのだ……。
それにしても、我ながら情けない有様だな。黒に近い紫色をして、てかてかと安っぽく光る、弾力のある棒状の物体。グミと言われるのも無理はない。
とても剣とは呼べない。刃が付いていないのだからな。
これが、人にも魔物にも、神々にさえ恐れられ忌み嫌われた俺の姿か……。俺をこの世界に封印した「奴ら」の行為は理に適っていたのだな。
「俺は、貴様のようなツルっとしたお子様では硬くならんのだ。なにせ俺は『責王の剣』。『あの方』に使われていた頃は、それはもう常にバキバキに硬かった」
「ふ~ん。そうですか。鼻血も止まっちゃった」
「こ、こいつ……」
俺の真の姿を見せ付けてやりたい。硬く黒光りした、猛々しい、俺の勇姿を! そしてこのお子様を震え上がらせてやりたい!
「はーあ。なーんだ。神様からの贈り物かと思ったけど、ほんと、エロ地蔵にご利益を求めたなんて、私もどうかしてたみたいね。あ、別に君を責めてるわけじゃないよ。ただちょっとガックリしただけ。気にしないでね」
「お前!? お前なんだよその態度! そういうのお前が思っている以上に俺を傷つけるから! やめなさいね!?」
「あ、ごめんごめん。硬くないからって、別に嫌いになったわけじゃないの。もう契約もしちゃったし。それに、この手触り、揉み心地……、くせになるかも。ストレス解消グッズみたい。うん、君のこと、まだ好きだから。安心してね!」
俺の刀身をニギニギしながら、小娘が薄笑いを浮かべた。
「うるせえ、クソガキ!」
「あいたあ!?」
そんな顔に、ビターンと俺の怒りの一撃。
「ケツの青いガキが上から目線で何言ってやがる!」
ビターン! ビターン! ビターン! ビターン!
「あいたあ!? あいたあ!? あいたあ!? ほんとに許してえ!」