一次創作短編 「小さな悪と無力な正義」
一応主人公二人のプロフィールを簡単に載せておきます。
この世界では魔法が使えますがそれはまた別のお話で。
百合を過度に期待される方、百合が苦手な方はあまり読む事をお勧めしません。
[プロフィール]
四日市 百合
魔法が使える高校編入生。
中学時代に男子生徒にイジメられ、男性をかなり忌避する傾向があり、また思考回路も少し歪んでいる所がある。
桑名 明里
魔法が使える高校生で、百合と同じ高校に所属している。
友人の百合が転校してくるまで他人と壁を作っていた。
普段はツッコミ役。
「何……………アレ?」
大通りとは言えないが、店が乱立する少し賑わった道を私たちは歩いていた。
そしてそこには十人と少し程度の人集りができていた。
私は友達の明里ちゃんと二人でその側を歩いていたのだが、その人集りが目にしているものを私も見て、立ち止まってしまった。
「オイ、どうした根性無し!
その程度か、貧弱だな!」
いかにもチャラそうな男が、大人しそうな男を一方的に殴っていた。
その男は殴られて倒れ、更に顔を蹴られて近くにある看板に頭をぶつけた。
抵抗する力もないのか、頭を守るだけで精一杯だ。
男の暴行は続いていく。
その男の友人のような立ち位置の人間数人はその光景を見てゲラゲラ笑っている。
関係なさそうな野次馬はその光景を動画に撮ったりヒソヒソと何かを話している。
喧嘩だろうか、一方的に絡まれたのだろうか。
「百合さん、行きましょう。
あんな日本語が通じなさそうな人間は相手にするのが一番厄介です。
こんな世の中です、関わる方がバカを見ますよ」
明里ちゃんは小声で私の名前を呼び、この場を早く立ち去るよう促してきた。
「う、うん………………。
…………………けど、さ」
見るに耐えない。
全身に怒りが湧き上がってくるが、同時に過去の自分を思い出し恐怖が込み上げ、更にこの国はまだこんな奴がのうのうと生きているのかという絶望など、様々な感情が込み上げてきて気持ち悪くなった。
彼女はあまり私を無理矢理どこかへ連れて行くという事はしないが、今回ばかりはこの場から離れさせようと手を引っ張ってくる。
私は少しずつ引っ張られるが、その光景に完全に目が釘付けになっていた。
その時、野次馬の一人が暴行している男に声をかけた。
「流石にやめろって、これ以上はヤバイだろ」
見た目はチャラそうだが、正義感が強いのか。
「あ?
なんだお前文句あるのか?」
しかし、暴行を加えていた男は挑発されたと勘違いしているのか、その男に向かって歩いていく。
「いや、だから流石にこれ以上は……………」
瞬間、止めに入った男は殴られ、地面に叩きつけられた。
そして今度はその男が標的になり、顔やお腹を蹴られるといった暴行が続いた。
その男性は「ごめんなさい、もうしません、殴らないで……………」と謝罪していた。
「止め……………なきゃ」
反射的に呟いた私はその男性の方向にヨロヨロと歩く。
「我慢してください、さっき野次馬が警察を呼んでいました、大丈夫ですから行きますよ」
かなり強引に腕を引かれ、転びそうになりながらも私たちはその場を去った。
私たちは閑散とした道路を無言で歩いていた。
もう完全に日が落ちている時間帯のせいか、辺りは物音一つしない。
「…………………………………」
「…………………………………」
「…………………………………」
「…………………百合さん、気持ちは分かりますが気持ちを切り替えてください」
「なんで………………………?」
「?」
「なんで、助けなかったの⁉︎
あの人は人助けをしようとしてたんだよ⁉︎
なのにあんなに殴られて……………私たちは見捨てたんだよ⁉︎」
あの男性の殴られた光景が何度もフラッシュバックする。
彼の悲痛な声が頭から離れない。
「…………………もう一度、言います。
百合さんの気持ちは分かります。
ですが私たちが止めに入った所でどうなりますか?
暴行を加えていた人は一人ですが、仲間が数人いました。
まして私たちは女です。
集団で来られたら私たちはいい獲物です。
野次馬も、あの光景を見た後に私たちを助けようとは思わないでしょう。
自ら殴られに来る人間はいません」
「だからって!!
あんなの許されるわけがない!!
あの人は勇気を振り絞って止めに入ったんだよ⁉︎
あの人は身体だけじゃなくて心にも深い傷を負った!
もうあの人は一生他人のために動く事ができなくなるかもしれない!
それなのに!
どうせ暴行を加えていた奴は罰も受けず今後ものうのうと生きていくに決まってる!
そしてまた犠牲者が出るんだ!
………………あの時。
あの時私があいつをぶっ殺していれば。
この国の治安は少しでも良くなったはずなのに」
警察もスピード違反や職質なんかやってないでもっと国民を守るために動けよ、何やってんだよ、クソッ。
「もう一度言います、気持ちは分かりますが落ち着いてください。
私が止めに入って殴られる程度なら構いませんが、もしあの男性とその周りの連中が飲酒していたり思考回路が正常でなかったら、私だけでなくあなたにまで被害が及んでいたんです。
最悪、私もあなたも犯されるなんて事にもなったかもしれませんよ」
その言葉を聞いた時、私の身体に嫌な汗が出るのを感じた。
「っっ…………………」
私は何も言い返せなくなり、震えるしかなかった。
「すみません、少しキツい言い方をしてしまって。
ですが、私はあなたを守りたかった。
そのためなら非情な行動も時にはします」
彼女は諭すように私に語りかける。
私はいつの間にか泣いていた。
「分かんないよ…………何が正しいのか、何が間違ってるのか。
こんな世界、どうやって生きていけばいいの…………?」
訴えるように、助けを乞うように彼女に抱きつき、胸に顔を埋めて泣いていた。
そんな私を彼女は慰めるように抱きしめる。
「あなたはあなたのままでいてください。
私はそんな純粋なあなたが大好きなんですから。
大丈夫、百合さんは必ず私が守ります。
だからどうか、あなたのその痛みを無かった事にするのではなく、その痛みを乗り越えて、私にまた笑顔を見せてください」
「……………うん、私、頑張る。
だからもうちょっと、このままでいさせて」
「………………はい、私はあなたの側にいますから。
ゆっくり気持ちを落ち着かせてください」
彼女の非情な側面の裏側には、私を想う暖かい側面があった。
この出来事は、悪に対する自分の無力さを痛感したこと、そして友の非情な暖かさを感じる事ができた出来事だった。
この世にはまだまだ身勝手な悪が存在し、正しい考えを持った人間が苦しめられている。
どうすれば変えられるのか。
結局悩んでも、答えは無力にたどり着く。
お願い、誰か。
この世界を、変えてよ。
私たちが、住みやすい、世界に。
私は明里ちゃんの部屋で本を読んでいたが、今日に限って内容が頭に入ってこない。
何だか頭がボーっとしてしまう。
明里ちゃんはというと、必死に勉強しているようだがさっきからノートを睨みつけてばかりで進んでいないように思える。
私は明里ちゃんに声をかけた。
「どうしたの?
勉強、進まない?」
「……………はい。
何故か今日は内容があまり頭に入ってこなくて。
長年勉強してるとたまにこういう日ってあるんですよね」
そう言って明里ちゃんはノートを閉じて私の隣に座った。
私はベットに座って本を読んでいたのだが、その本を机の上に置き、彼女の方を見た。
対する明里ちゃんは私に身体を預けてきて、どこかボーっとしていた。
今日の私たちは、どこからしくない。
私は彼女を抱えてベットに寝かせ、抱きつくようにその隣で私も寝た。
「………………どうしたんですか?」
彼女の顔を真っ赤にしたいつものツッコミがない。
…………らしくない。
「今なら明里ちゃんを好き放題できるかなって」
そう言って私は彼女の頭を撫でる。
…………私もちょっとらしくないかも。
「………………いいですよ、たまには」
うん、らしくない。
「分かった。
じゃあ遠慮なく」
ここで素直に襲ってしまう私は相当らしくない。
私は足を絡ませ、おでこをくっつけて明里ちゃんを見つめる。
それに応えるように明里ちゃんも私を抱きしめてきた。
「………………………………」
「………………………………」
お互い何も話さない。
そしてほぼ同時に動き、唇を重ねた。
「んっ………ちゅっ……くちゅっ」
「んん…………ちゅっ……んちゅ」
お互いがお互いを求めるように強く抱きしめた。
「ぷはっ………………………。
今日は………えらくやる気なんだね」
「………たまにはこんな日があってもいいのかな、なんて思ったりもしてます。
いつ平穏が壊されて、平穏である今を望む日が来るかもしれませんから」
「そっか……………そうだよね」
私は彼女の目を見つめていたがその目に生気を感じられない。
おそらく、私も同様の目をしているのだろう。
「ねぇ」
「なんですか?」
「……………明里ちゃんは気持ちいいことに興味ってある?」
……………私はこの後にR-18のCGが用意されているか試してみた。
「…………………………少し」
おおっ?
「でも、今日はやめときます。
あまり疲れるようなことはしたくない気分なので」
ですよねー。
「なんか今の状況だけ見ると私たちダメ人間だよね」
「私はダメ人間ではないですよ。
百合さんのせいでこうなっているんですから」
「それって私がダメ人間ってこと?」
「もしかしたらそうかもしれません」
「ねぇ、真顔でそんなこと言わないでよ、悲しくなる」
「あはは、冗談ですよ」
私たちの身体はくっついたままだ。
「……………………昨日の事、引きずっているんですか?」
昨日の事、とは暴行事件を目撃した事だろう。
「……………………どうなんだろうね、分かんないや」
「昨日百合さんに偉そうな事言っておきながら、実は私も引きずっているんですよ。
………………………あの時の私の判断は、正しいものだったんでしょうか。
少なくとも、あの人にとっては悪い判断でした」
あの人とは、暴行を止めに入った人だろう。
「もし明里ちゃんの言ってた最悪の事態が起これば、私たちは今ここにはいないと思う。
想像を絶する痛みを心身共に負ったら一生その記憶が私達の身体に刻まれるだろうね」
「私が言った事ですが、そこまで惨事にはならないと思います」
「けど、そうなったかもしれない。
その可能性を明里ちゃんは未然に防いでくれたんだよ」
「……………………あなたのその言葉、本当に心地良く心に響いてきます。
今日の私はいつもの私じゃない。
だから、今日起こった事は全て明日には忘れてください」
「うん、また明日からいつも通りの日常を過ごそう。
だから、今日は。
今日だけは」
その後、私たちは心の隙間を埋めるように唇を重ねた。
幸せな日常は、些細な出来事ですぐに崩壊する。
小さな悪が蔓延っているこんな世の中、理不尽な事はいつ起こるか分からない。
それを昨日私たちは痛感し、恐怖した。
それでも。
それでもきっと私たちなら乗り越えていけるだろうと。
いや。
きっと私たちならそれから逃げ切れるだろうと。
理不尽から逃れられるように懇願しながら。
恐怖を誤魔化すように。
身体を重ね、お互いを求め合った。
いかがだったでしょうか?
これを読んで何か考えるきっかけになれば幸いです。
これはとある動画を見て色々思う所があったので気持ちを整理するために書いた部分もありました。
ゲーム製作も一応してはいるんですが、文を書く練習がてら今後も短編を投稿していけたら、と思っています。
誤字脱字、アドバイス等あれば是非感想によろしくお願いします。
今後の参考にさせていただきます。