3「いや、なんか写真と違うんですけど」
二人の間を生暖かい風が吹いている。その風にケチャップの匂いも乗っているが。
「⋯⋯あなたは誰? まさか依頼人のお父さん?」
ルーシアは少し眉毛を尖らせて男性に問う。
そして彼は自分の眼鏡に右手の中指を添えて、空を見上げた。
「俺の名前は剛林 亜蓮さ。異世界冒険案内管理事務所に依頼した筈だけど、まさか本当に来るとは思わなかったよ。⋯⋯さぁ、立ち上がって、ビューティフォーウーマン。君の瞳が描いている美しい海原が消える前にね」
男性は手を差し出し、立ち上がるよう迫った。
「⋯⋯えっとぉー。嘘はやめて頂けますか? 脳内処理が追いついていないので訳が分からないんですが」
ルーシアがそう言うと、男性はまたしても自分の眼鏡に右手の中指を添えて決めポーズをした。
「嘘では無い。本当なのさ⋯⋯。なんせ僕は嘘をつかないからねぇー。嘘なんてただの不幸を招く序章に過ぎないからね。だから本当だよ」
何こいつ。歴代史上最もウザイ眼鏡男大賞第一位受賞だろ。喋り方ウザすぎて死にそう。今にも殴りたい気分。
ルーシアは震える拳を強く握りしめて殴りたい気持ちを沈めた。
「でも本人と証明されなければあなたは異世界へ冒険に行くことができないわ。⋯⋯確かにこの家に住んでいて、あなたが本人であると言うのならそれは本当かもしれない。⋯⋯でもあなたが依頼してきた当初の顔写真はゴリッゴリで眉毛は濃くていかにもボディビルダーにいそうな体つきをしている超頭悪そうな顔だったんですけどぉー? 何かあなたが剛林 亜蓮くんである証拠があるんですかー? さっさと教えて下さーい!」
ルーシアは超長文で、小学生の屁理屈並に子供っぽい口調で亜蓮と名乗る男性に問いかける。──が、彼は冷静さを失わない。むしろ自身に満ちた表情でルーシアの顔を直視する。
そして彼は突然ルーシアの顔の前に自分の顔を急接近させ、少し悪い笑顔で返答した。
「⋯⋯証拠ねぇ。証拠ならいくらでもあるんだけどー。まぁ君に信じてもらえるとしたらこれかなぁ」
彼はそう言って部屋に入っていき、しばらくして何かを持って来た。それは大きくはなく、小さくもない。
「⋯⋯これで信じてもらえるかな」
そう。彼が持って来たものとは。
「ここをよく見てくれ」
彼は『数学I』と書かれている紙が何枚も重なっているものに指を指した。
「ここに剛林 亜蓮と書かれているだろう。これが最も有効な証拠さ。⋯⋯さぁ、異世界へと僕を誘っていただこうか」
キョウカショ──
「⋯⋯はい? 私舐められてるの?」
「え? いやぁ、舐めてなんか⋯⋯」
「誰が教科書の後ろに書いてある名前だけで信じなくちゃならないのよ!! あんた馬鹿じゃないの?」
ルーシアは彼が持っている数学の教科書を思いっきり叩き落とした。
「もう話にならないわ! あなたの部屋を物色させてもらうことにする。さぁ、そこをどいて!」
ルーシアは顔を真っ赤にさせながら、ズカズカと彼の部屋に入っていった。
部屋に入ると、予想を覆すような光景だった。
「⋯⋯な、何よこれ。外から見た家からは想像もつかないぐらい⋯⋯」
「ふっ⋯⋯だろうな。俺の部屋は素人とは違ってロイヤルを意識した超高級──」
「きっったねぇぇーー!!」
ルーシアは男みたいな声で叫んだ。
部屋からは今までにないぐらいの異臭がして、床はゴミで歩けない状態。さらに飲み物や食べ物があちらこちらに散らばり、参考書もビリビリに破かれて散乱している。
「なんでこんなに汚れてんの──って、くっさぁ!!」
ルーシアは鼻を思いっきりつまんで再び叫んだ。
この部屋にいたら死ぬ勢い。いや、ガチで逝っちゃうわ。
「確かに臭いわな」
「あ、そこはちゃんと認めてんのね⋯⋯じゃ、ないでしょ!! 早くこの部屋を掃除するわよ!! あなたが依頼人本人であるかを証明するのはそのあと!! 良い?」
ルーシアはおかん目線で男性に訴える。
「君、意外と優しいんだね。見直しちゃった!!」
「やかましぃわぁぁ!! さっさと手伝え!! くそ眼鏡ぇ!!」
──そして、二人はそれぞれ役割分担をして掃除を始めた。
⋯⋯捗るか捗らないかは別として。