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剏之章 -prologue-

 随分と前から書こうと思っていた北欧神話を元にした小説に、ようやっと漕ぎ着けました。

 アクションシーンが書きたかったんです。戦闘に関しては本当に素人ですが、素人なりに粋を凝らしたなんでもありのファンタジーものです。

 どうぞお手柔らかに。

 天地が引っ繰り返る。

 そう感じてから半瞬、引っ繰り返ったのは自分だと気付いた。内臓が滅茶苦茶に暴れ回り、先刻被った腹部への掌底も相まって嘔吐感が咽喉元を焦がした。

 後向きに三回転と少し、まともに受身も取れず背中から地面に落下した。その衝撃に背骨は軋み、視界が白む。咽喉元に迫り上がる胃酸を無理矢理嚥下し、躯中が酸素を欲する。しかし腹部への打撃によるダメージが呼吸をも許さず、吸えども吐けども空気は肺を出入りしなかった。眼の奥がちりちりと痛む。それでも躯を蹶起させ、襲撃者に相対した。

 鳩尾を掌底で打撃し数米吹っ飛ばした襲撃者。その姿を再び視界に捉えた時には、既にその姿はすぐ眼前にあった。打突の構えではない。じゃりり、と地面の砂を踏み締める音が鮮明に耳に届いた。両の肱を躯の左側にて交叉させる。その咄嗟の防御を嘲笑うかのように、容赦ない蹴撃が肱の上を擦りつつも通り抜けて耳朶を打った。

 再び天地が引っ繰り返る。但し今度は右に倒れ伏し、右肩を強かに打ち付ける。

 苦悶に眉を顰める暇さえ無い。脳震盪を起こし朦朧とした意識の中、氷のような鋭い一撃が腹部を劈いた。地面の上をこれでもかと転がり、口の中で血と土の味が混じり合う。本当に、一分の隙も無かった。膝を立てることも、腹を抱えて咳き込むことも、剰え呼吸する機会すら与えられないまま、一撃、二撃、三撃と間断なく暴力の波に曝され続ける。憎悪も喜悦も感じさせない、淡々とした機械だった。

 最早痛みすらも感じない。生の実感は立て続けに身を苛む暴虐に希釈され、徐々にその存在を喪いつつあった。希釈され果てた後には何が残るのだろうか。大海の如く莫大な水に溶けて薄まれば、何を残すことができるのだろうか。

 その時、獣のような唸り声が聞こえた。唸りはやがて嵩を増し、咆哮へと変わった。大海も大地も揺るがす大音声が、世界中に響いたかのように思われた。

 怪物が発露する。

 存在を希釈しつつあった海原は蒸発し消え失せ、大陸は裂けて深淵を覗かせた。天空は霹靂に身を響めかせた。

 加虐の嵐が止まる。襲撃者の足を摑み、ぐしゃりと握り潰したのだ。血肉が地面にぼたぼたと落ちる。右脚の脛から下を喪った襲撃者は僅か狼狽の気色を見せるが、それで取り乱すことはしなかった。(左脚のみで上手くバランスを保ちつつ)一旦距離を取り、猛獣の出方を窺う。

 不思議なことだった。肋骨と言わず全身骨格の随所に罅が入っているはずだし、無意識か蹴りの前に翳していた両肱は痣と内出血に塗れ、感覚は世界と膜で隔てられでもしているかのように鈍くなっていた。それでも、まるで自分のものではないかのように躯は牙を剥く。

 先程から続く獣の唸り声が、自らが発しているものだと気付くのに数秒を要した。

 理性などなく、眼の前の仇敵を討たんとする。よろよろと立ち上がり、眦を決して相手を睨んだ。瞳は針の如く細く、爬虫類じみた威圧を漂わせていた。かなりの手傷を負わされ、一体どこにそんな気迫が残っていたというのだろうか、今にも咆哮をあげて飛び掛からんばかりの威容が、そこにはあった。

 されど敵も然る者、窮鼠に怯むとあっては話になるまい。使い物にならなくなった己が右脚を一瞥し、悠然と構えた。

 時間にして四秒、両者が感ずるは永遠、一陣の風すらも吹くのを憚るような緊張が走る。

 腰を深く落とし、痛覚の消え失せた肱をだらりと地面すれすれにまで下げる。次の瞬間には、凄まじい膂力を発揮して数米先の敵に肉迫していた。虚を衝かれ瞠目と共に距離を取ろうとする襲撃者の、左側頭部、右脚を喪っているが故に踏ん張りが効かない左側頭部を、渾身の力を込めて殴打する。バランスを喪い、右側に傾ぐその躯の、腹部に膝蹴りで以て追撃を見舞った。

 今度は相手が数米吹っ飛ぶ番だった。右脚から流れる血がスプリンクラーじみて散乱し、自分の貌にもそれが付着する。それを舐め取り、また血反吐を吐き捨て、意志の介在しない躯を疾駆させる。

 歴然とした体格差をおよそものともしない敏捷性を得て、起き上がることも許さない程の連撃を叩き込む。

 しかしある瞬間に、彼奴が懐に携えていたのであろう、短刀が自らの胸に突き刺さっているのに気付いた。

 胸元から生える刃を目視した時、心臓を握り潰されるかのような怖気が全身を奔り、次いで焼き鏝を押し付けられているかのような激痛が迸った。

 苦悶の呻きは喀血に遮られ、瀑布の如く胸から流れ落ちる鮮血を眺めていることしかできなかった。嗚呼、己が血は斯くも紅くありけり――と、遠のく意識の中、薄ぼんやりとそんなことを内心で零した。前傾の姿勢そのまま、地面に倒れ込む感覚は、最早ありはしなかった。



 不意を討って反撃を果たした襲撃者は、少しバランスを崩しつつも立ち上がる。立ち上がり、意識を喪った襲撃対象を睥睨する。ストリートチルドレンもかくやとばかりの薄汚れた衣服に、襤褸布のような外套を纏っていたその対象、青年は、先刻の獰猛な気性を感じさせない穏やかな貌立ちをしていた。

 青年の胸に突き立てたナイフを抜き取って手袋で血を拭い、再び懐に仕舞う。血腥い手袋も同じように仕舞い、新しい手袋を取り出して装着した(露わとなっていた手には、幾つもの裂創や火傷痕が生々しく残っていた)。そうしてブラックスーツに付いた砂埃を払い、彼方に落ちていたハットを拾い目深にかぶる。片脚で器用に膝を折り青年を抱き上げると、不意に空を仰いだ。全天の黒穹には幾多もの星々が貼り付けられ煌めいていた。その星々が、一瞬、真赤に染まり上がった。と、錯覚した。

 背中に熱い感覚。抱き上げた青年の、鋭利に変化した爪が深々と突き刺さっていたのだ。

 思わず青年を取り落とす。地面に落とされた青年は、激痛も意に介さず、唸り声を口の端から漏らしていた。心臓付近の血管を傷付けられても尚、漲る殺意が彼を生かしたのだろうか。人のものではない爪を地に突き立て、鰐だとか蜥蜴だとかを髣髴させる瞳でぎょろりとこちらを捉えた。再び怪物が発露している、と男は判断した。

 怪物が吼える。見る者に恐怖を、聞く者に怯懦を、万物に敵意を剥き出したその怪物は、その背に黒翼すらも幻視させて、颶風の如く男に飛び掛かった。


 今回は序章のみということで。

 開幕から戦闘で、半分は満足しました。嘘です。まだまだ書きます。

 次回から明確に主人公を設定してあれこれと活躍させていくので、長い目でお待ちくださいな。

 ご読了頂き、恐悦至極にございます。

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