逃走
「お父さん、これ……何?」
「私もこんなもの見たこと無いわよ?結婚してからかれこれ20年くらい経つけど。」
私の父の手に握られていた黒いソレ。
私も本物を見たことは無かったけどとんでもなく身近にあったなんて。
それよりも…
「ってお父さん!法律はどうしたの!」
「法律なんて見つからなければ問題ないさ。それに、海外で買ってから日本に帰る時に、置いていくのがもったいなかったからね。分解してラジコンに組み込んで持ってかえろうとしたんだよ。そしたら空港の金属探知機に引っ掛かったんだけどそこの人は笑いながら通してくれたよ。だから問題なし!」
いや笑い事じゃないよね?
こんな状況だからこそ助かったけど、もしそうじゃなかったらいつ警察につかまってもおかしくなかったんじゃないだろうか。
「すみません〜……ちょっとゾンビの数が増えてきたのでそろそろ逃げませんか〜?」
「あ、ああ、すまない。」
「分かったわ。」
それにしてもゾンビの大群なんて映画でも滅多に見ないのに家の窓から見ることになるなんてなぁ……。
ゲームセンターでも確か一度に10体位までしか現れなかったはず。
ゲームじゃない現実でこれはちょっときついかな……。ドアもずっと叩かれ続けてるし。
さあ、逃げよう、と外にいるゾンビを吹き飛ばす勢いでドアを開けるとそこには50体を軽く超える数のゾンビが居た。
父は無言でドアを閉め、
「裏口から逃げようか。」
と顔を青くして言った。
あれ?家に裏口なんてあったっけ?
「確かここに……あった。」
何でカーペットをめくるんだろう……。はっ、まさか!
いや、いくらなんでも流石にカーペットの下に裏口なんて無いはず……あった。
「長年使ってなかったから細かくは覚えてないが山の途中にある火煉神社に出たはずだ。かの有名な姫様には気をつけて行けよ。今も居るとは思わないがな。」
火煉神社って『煉獄の姫』が居るって言われてる所だったはず。
童話になる位有名な『竜殺しの少女』。
今も生きて神社に居るなら会ってみたいかも……。
「流石にこの中にはまだゾンビは居ないと思うが一応気をつけて進んでくれ。障害はゾンビだけとは限らないしな。」
「分かったわ。」
「「はい!」」
金庫のような巨大なドアを開けてみると中は電気が通っていて通路全体が明るくなっていた。地面に有ることを考えるとドアじゃなくて蓋かな。
この通路は400年程前にご先祖様が3代に渡って作ったんだとか。
どんな事情があったのかは知らないけど昔の技術でよくこんな地下道掘れたね……。
「待って。この地下道、一部が崩落してないかしら?」
「だな。別の道からいこう。」
その時、奇声をあげながら奴等は現れた。
「下がれ!天井を落とすぞ!」
その後、すぐに銃声が聞こえて天井が崩落した。
土煙が上がり、視界は少し塞がれた。
少しすると、土煙は晴れ、ふとそこを見た。見てしまった。
そこに落ちていたのは、人間の、腕。
「い、いやぁぁぁぁぁ!」
「落ち着いて!水月!水月!」
そこで私の意識はぷつりと途切れた。
目が覚めると知らない部屋に居た。
ベッドに寝かされているって事は無事なのかな。近くで明里が机に突っ伏してるけど……寝てる?
「明里、ここは?」
「ん……目は覚めましたか〜?火煉神社の地下室ですよ。ここはまだ安全なのでゆっくりしてて問題ないですよ〜。」
ふむふむ、今は火煉神社の地下室に居ると。
そして私が気を失っている間にここまで運ばれてきたと言うことだね。
なら、確認すべき事はそこまで急がないでも良いはず。
最初にゾンビを倒した時に聞こえてきた《メニュー》。あれを使えば事態は好転してくれると思うけど……。
「水月、大丈夫!?痛いところとかない?」
「大丈夫よ、お母さん。」
思い切り抱き締められてるけどかなり痛い。
「取り敢えず離れて。地味に痛いから。」