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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

光彩の退魔師 ~小さな太陽~

作者: 水木麻衣

 日付が変わろうとしている時刻。闇の空に包まれる町を一人の少年と一匹の白い猫が駆けて行く。

 学生服を身にまとい、見下ろされている空と同色の後ろに結われた髪が立ち止まると夜風に揺れた。つり気味の黒い目で辺りを探る。


「いないな……。確かに夕方気配を感じたのに」


 呼吸を弾ませ、顔に伝わる汗を袖で拭いながら空間を睨むも、沈黙が広がるばかり。

 少年の足下で猫も辺りを見回し、耳を立て音を集める。点々と明かりのついている家から多少の音が聞こえ、車の走る音が微かに聞こえる。

 しかし、奇怪な物音は聞こえず目を細めた。


「たま、分かりそう?」


 少年が猫、たまに声をかけると黄金色の目で少年を見上げて首を左右に振り、一瞬の間に二メートルはある巨大な猫に姿を変えた。


「気配が遠いのか仮の姿では他の気配と混じって分からぬ。まこと、ワシに乗れ。このなりのワシに乗って走り回れば早く見つかるだろう」


「でもその姿見られていいの?」


 少年、神木真かみきまことはたまの申し出にためらった。彼は猛獣どころか、化け猫と言うにわかには信じがたい存在だ。

 誰かに見られたら警察を突破し、どこかの研究所にでも連れて行かれそうだと思い身を震わせる。ただし、心配するのはたまの身ではなく、一般の範疇をこえた存在と対面することになる人に対してだが。


 たまは鼻を鳴らし、口を歪めて笑う。深い夜の中で艶やかな毛がたくわえられた尻尾をゆったりと動かし、月明かりの下に浮かぶその姿は不気味である。

 真は以前、火の玉があればもっと雰囲気が出るのにと言ったことがあり、狐じゃあるまいしと渋い顔をされたこと思い出す。


「見つかると思うのか?ワシはあやかし、人間の目をくらますなど造作も無い」


「じゃあよろしく!」


 真は勢いよく背に飛び乗る。体毛は手触りがよく、安全のためと感触を堪能するために強く抱きついた。

 抱きつかれた側は涼しい顔で声を上げて笑い、次いで目を柔らかく動かして自分の背中に重なる温もりが見えるように顔を向ける。


「お前は満で十七になるのに癖は直らぬな」


「フサフサして気持ちいいから抱きつくの止められないんだって」


「まあよい。行くぞ」


 たまはしっかりと掴まったことを確認し、今度はたくましい足で地面を蹴った。






「いた!」


 たまの背に乗り移動を始めてから数分後、片手で足りる数の遊具が置かれた、小さな公園に異様な様子の少年を見つけて真は声を上げた。大きな背から軽やかに下り、ズボンから素早く数珠を取り出して片手で握る。


 相手は体を不規則に震わせ、言葉にならない声を発しながら公園内をさまよっている。

 他に人の気配はなく、外傷などが見られないことに真は安堵した。しかし、異様な気配の濃さを感知するとすぐに神経を研ぎ澄ます。


心魔こころまが少し強いようだな」


「まだ小学生かな、早く楽にしてやんないと」


 眉尻を下げて瞳を揺らす横顔を見て、たまは長らく他人に強く感じていない思いを持つ。

 真の遠い先祖が命の恩人で、恩を返すべく心を一定の距離に置いてずっと見守って来た。

それがなぜか真には出来ず、まるで己の子供のように接してしまう。

 まだ幼く、ただの猫と思い触れて来た日も、初めて本来の姿を見せて目を見開いた後に笑ってくれた日も。

 たまにとって心地よく、責任と言う言葉では表せないものになっている。

 無事であれと願いを込め、今は何よりも大切な存在の頬に顔を寄せた。


「気をつけるのだぞ」


 真は小さく頷き、数珠を握る力を強めて対象者に近づいて行く。

 気配と足音に気づいた少年は目を見開き涙を流し、引き攣るような叫び声を上げた。悲しみや怒りなどの感情をない交ぜにしたような表情を浮かべ、真っ赤にぎらつかせた目で真を睨む。


 睨みを一身に受け、何度見ても決して慣れる物ではないと体に伝う冷や汗を感じながら痛感する。


「なんだ、ぁ、オマ、エェェ……!」


「……まだ小さいのに何かあったんだな――――ぐっ!」


 腰の位置を下げ、優しくつとめて声をかけた瞬間、一気に間を詰められて真の首に手がかかる。小さな手は首に回りきらず、それでも想像しがたい強さで首を圧迫する。

 態勢を大きく崩されぬよう足に力を込め、腰を出来る限り上げた。それでもなお拘束は続く。


「邪魔、だ……ジャマダァ――!」


「真!」


「――っ、大、丈夫……っ」


 歯を剥き出し鋭く名を呼ぶたまに声を絞り出す。首を圧迫される中、体を出来る限り動かし隙を作りながら酸素を体内に取り入れていく。


「しゅ、中すれば、出来る……っ」


 返答により、たまは直ぐにでも飛びかかりたい衝動を息を荒く吐くことで誤魔化した。相手を八つ裂きにと考えるのは自身が妖ゆえか。それでは心を救えない、本末転倒だ。


 真の手に握られた数珠が光彩を放ち、長い数珠へと姿を変える。少年は光に怯えるようにひどく震え、真の首から手を離す。


「う、……ああっ!」


「も、少し、頑張れ……!」


 頭を両手で抱え、数歩後退る姿から真は目を離さない。急いで息を整え、大きく歯を鳴らす少年に数珠を近づけ言葉を唱えた。


「――心に憑きし魔の物よ。その心を本来持つ者へ返したまえ。委ねよ。今ここで、退魔師神木真の名の下に浄化する」


 真の言葉に呼応するように数珠は光を増して独りでに浮かび上がり、震える体を数珠の輪の中に入れて行く。


「もたらせ、安寧を――」


「――アァアアァァァ――――!」


 そう締めると共に公園一帯が激しい目映さに染まり、断末魔の叫びが耳を刺す。


「真! 目を閉じるでないぞ!」


「分かってる……!」


 まぶたを閉じろと告げる指令に、目を細めながらも必死に抗う。退魔師になると決意した際、最後まで見届けることが責務だとお互いに決めたことだった。

 やがて少年の体から黒い靄が飛び出し、光に飲み込まれ消えて行った。意識を失い、糸が切れた人形のように倒れ込む体を静かに支え、真は小さく息を吐く。やがて光は消え、変哲のない公園の姿を取り戻す。


 肩の荷が一つ下りた瞬間だった。


「――退魔完了、と」


「よくやった。残るは記憶の忘却だな」


 そばに寄って来るまでに普通の猫へと変わったたまに頷き、真は少年を奥にあるベンチへと運んで寝かせる。少年の頭を一度撫で、物憂げに眉をひそめた。


「本当は本人の意思で決めさせてあげたいけど……」


「しかし、子供ではやむを得ないだろう。憑かれていた際の記憶が原因でまた憑かれる可能性もある。心魔は人間の感情に取り憑く魔物だ」


「ああ。そんな魔物を浄化して退けるのが俺みたいな退魔師の仕事だもんな」


 元の長さに戻った数珠を軽く持った状態で、真は無理に起こさぬように頭に再度触れる。数珠は先程とは違い淡い光彩を放つ。


「この者の心魔に関する本人および他人の記憶を忘却、その他の記憶で補完せよ――」


 言葉を唱えると淡い光が少年の頭部から足までの全身を包み込む。次いで数多の光の珠が空へと上り、吸い込まれるように消えて行き。

 やがて閉ざされたまぶたが開かれた。何度か瞬きを繰り返す様子に驚かせないよう声をかける。


「目が覚めてよかった。具合悪くはないか?」


 彼は首を横に振り、丸い目で見つめて来る。幼い顔立ちに先ほどまでの形相は跡形もない。

 自分とは違う垂れがちな目が可愛いと思った。


「お兄ちゃん誰……?」


「俺は近所に住んでるんだ。こんな時間に人が公園で寝てたから心配したんだぞ?」


「……僕、お母さんが病気で死んじゃって、いつも一緒に遊んでくれた公園に来て――」


 柔らかな頬に温かい物が伝う。ベンチの近くに設置された街灯に照らされて、輝く悲しみに真の胸は締めつけられた。

 たまは声を出さず、ベンチのそばで二人を見守る。


「母さん亡くなったのか」


「うん……。ここにいたらお母さんに会えるかなって。――でもね、ほんとは分かってるよ。もう会えないって」


 頬を濡らしながら少年は笑う。

 その痛々しさに、真は永い眠りについた両親の前に立ち尽くす幼い自分が脳裏に浮かび、泣きたい衝動を数珠を持つ手が痛くなるほど握ることで我慢した。そして数珠を持たない左手で少年の頭を滑らせるように数回撫でる。


「えらいな。会いたいけど頑張ってるんだ」


「お父さんがね、お母さんは天国から僕を見ててくれるんだって」


「それじゃあ元気でいないとな」


「うん、頑張る!」


 雫を残しながらも明るく笑った様子に真は胸を撫で下ろす。この様子なら早々に再度取り憑かれる可能性は低いだろうとたまを見れば、愛らしく一鳴き。


 一人と一匹が言葉無く会話をしていると、どこからか声が聞こえ、足音と共に近づいて来る。

 耳を澄ませれば声の主は男性で、声には動揺がにじんでいるようだった。


「太陽! 太陽どこにいるんだ! いたら返事してくれ……!」


「お父さんだ!」


 少年が声を上げて起き、公園の入り口に跳ねるように駆けて行く。追いかけようとするとたまがもう一鳴きで制止をかけ、入り口に視線を送る。

 たまに倣い様子を見ていると、男性が入り口で少年を見つけ、勢いよく抱き締めた。


「ここにいたのか! 無事でよかった……!」


 声を震わせる男性に、幼い彼はついに大声で泣き出した。かがんだ男性の腕の中で声を張り上げる。


「お父さんっ、お父さん……!」


「太陽っ、太陽――!」


「――あの子供、太陽と言うのだな」


 尻尾を左右に揺らし小声で話すたまにそうみたい、と返し、真は口もとを引き上げた。


「いい名前だ。きっとこれからさらに輝くに違いない」


 手を振る太陽とありがとうございます、と何度も頭を下げる父親に、会釈し手を振り見送りながら、目尻を緩めてもう一度口を開いた。


「今はまだ小さな太陽に、幸せが数多くありますように――」


 退魔師のささやかな祈りが、星降る夜に染みて行った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 退魔師という仕事が、ローファンタジーな現実世界の中に上手く描けていると思います。 [一言] 続きが読みたいです。
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