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外れた世界で少女は。  作者: 三番茶屋
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Ⅱ問題編・2

 これは賭けだった。

 ハイリスクローリターンの賭けだ。

失敗すれば間違いなくこの事件、永遠に解決されることがなくなるほどの賭けだった――と言うには過言であるけれど。

 ギャンブル。

 間違いなくギャンブルそのものだ。

公営ギャンブルなんか比べ物にならないほどの賭け。

 賭博、賭打。

 しかし、一体全体どうしてこんな賭けに出ようとしたのか――病院というのはかなり閉鎖的な空間で、情報がほとんど漏れ出さないという理由からである。

それもそのはず、患者の個人情報の詰め合わせなのだから。

 詐欺師なんかからすれば、まさに宝石箱のような場所だ。

企業の個人情報が流出するという事件があっても、内部犯でない限り病院や警察からの流出というのはほとんどない。

外からのハッキングやクラッキングに成功して情報が漏れたというニュースは幾度か見た覚えがあるけれど、それにしたって稀である。

 しかしそういった場合、犯人はしっかりと逮捕される。

確か日本の警察機関の検挙率は九十九パーセントを超えているとかなんとか――いや、これは殺人事件の検挙率だったけ。

ただ、こういった情報戦の場合、一度漏れ出したものは歯止めが効かず、ネットとという膨大な情報量の中で拡散するのだから性質が悪い。

ネットの普及で便利になった反面、それを悪用した犯罪も急激に増加しているのも事実だ。

 それはともかく。

 逸脱した話を戻すと、病院へのハッキングはさすがの八千代でも出来なかった。

いや、やろうと思えば簡単に出来るのだろうけれど、それでも弁護士という身分が都合よく影響したのか彼女はしなかった。

まったく、良い身分だと思う。

弁護なんてしたことないくせにと思う。

こんなときにだけ弁護士面しやがってと思う。


「私はこれでも弁護士だから、そういう犯罪行為はお断り」


 とかなんとか。

 可愛いなぁ、なんて思い返しながら僕は午後四時、閉館ぎりぎりの時刻、病院内にいた。

 賭け、賭博。

 つまり、僕は林檎ちゃんの午後の問診――消灯前のそれの予定がどうなっているかを確認しにやってきたのだけれど、言わずもがなハイリスクである。

林檎ちゃんの失踪を悟られる可能性が高過ぎるからだ。

いくら外出自由とは言え、よほどの都合が無い限り定期問診を必ず受け、消灯時刻の前には必ず病室に戻っていた林檎ちゃんがいないとなると、混乱を招きかねない。

一度くらいのことなら、病院側も目を瞑るだろうという淡い希望に縋れるほど、僕達は甘くなかった。

 まず、消灯前の問診は予定されているのかどうか。

これだけだ。

これだけなのだが、中々難しいことである。

 彼女の失踪が露見すれば、即座に警察への通報はないしせよ、少なくとも旗桐家に連絡は行くだろう。

健康状態である彼女に対する管理の甘さは存在するが、それはあくまで患者としての立場だ。

少女の行方不明については患者と医師の関係ではなく、子供と大人の関係になってしまう。

 そして何より防ぐべきことは、警察への通報。

これだけはどうしても避けないと、僕たちが表立って動けなくなってしまう。

まぁしかし、これはあまり考えなくても良い可能性なのかもしれない。

無視してもいい確率ろうだ。

なぜなら警察への通報は旗桐家に一任されるはずだからである。

 何にせよ僕たちは林檎ちゃんが失踪してから、それが発覚するまでの猶予――タイムリミットの確認が必要だった。

今すぐにでも動く必要があるのか、それとも様子を伺える程度の猶予があるのかどうか。

重要な確認作業だ。

「こんばんわ、志木式さん」

「おやぁ、南名っちかい?ん、なんか黒い格好だね……君」

「これは正装ですよ。今から友人と出かけるので」

「ふぅん。あぁそうそう、今日南名っちが帰ったあとに食べたメロンパンがすごい美味しかったんだけど、それで三十個ほど買ったわけ。職場でも配ったんだけど余りに余ってね、いる?」

 聞き辛いにもほどがある……。

 なんだこの空気。

 僕がこの時間に来たことになんの疑問も持ってないようだけれど……。

「いえ、それより少し聞きたいことが」

「なになに、もしかしてメロンパンをどこで買ったか知りたい? えっとー、病院を出て――」

「……林檎ちゃんの午後の問診の予定ってありますか?」

 このままじゃ志木式さんのペースに乗せられる。

 最早単刀直入に言うしかない。

生憎というか、都合の良いことに午前より志木式さんの同僚か上司であろう看護士の数は少なかった。

「ん、どうして南名っちがそんなこと気にするの?」

 志木式さんがあざとく首を傾げた。

 茶色の瞳が天井を向く。

 仕方ないか……。

 志木式さんを信じて飛び込むしかない。

 僕は湿った手のひらを握り締めた。

「林檎ちゃん、今少し外出しているんですけど、思いのほか帰ってくるのが時間かかりそうなので、問診時間まで間に合うかなと思ったんですが」

「あー、そうかそうか、うんうん。えと、ちょっと待ってね」

 と言って、志木式さんはナースステーションの奥の方に消えていった。

 これは、まずいか?

 悪手だったか?

 問診の予定があるという前提の賭けに変更したが失敗だったかもしれない。

とりあえず八千代に電話を、と思ったところですぐに志木式さんは奥からのんびりと出てきた。

「今日は無いみたいだよ? というか、家族の人が来たみたいで今日一日実家に帰るからそもそも病院には戻らないって。病院食もいらいないって、そう言われてるみたいだけど」

 やっぱりそうか。

 家族を装って連れ出したわけか。

ということは、午前の触診は明らかに医師を偽装した旗桐家の誰か。

予定通りの計画ということも間違いない。

「じゃ、明日の問診については何か知っていますか」

「えーと、明日の午前も無しってなってるね」

 タイムリミットは明日の消灯時間――おそらく午後九時頃か。

しかしおよそ一日、二十四時間という間に一体何が出来るというのだろうか。

「南名っち、何かあったの?」

「いえ、家族団欒に水を差すなんて悪いじゃないですか。だから変わりに僕が伝えようと思ったんですけど、飛んだ徒労でしたね」

 なんて。

 嘘っぱちの笑顔をつくりながら僕は言った。

 我ながらピエロである。

「ふぅん、なんかさっき言ってたことと全然違う気がするけど。話がすり替わってない? まぁいいか、林檎っちと仲良い君だから言うけど、本当はダメだからねこういうことは」

「承知してますよ、志木式さん」

「だから午前に来た家族の人と、午後に来た家族の人が全く違う人だったってことは秘密だからね」

「……?」

 あはは、と彼女は快活に笑ったあと、足早に僕の前から去っていった。

 いつもは僕の方から去っているせいか、何だか少し寂しいと思ってしまった。

次からはもう少しだけ彼女の与太話長話に付き合ってあげることにしよう。

 しかし。

 彼女さっき何て言った。

『午前に来た家族の人と、午後に来た家族の人が全く違う人だった』

 どういうことだ?

 これは一体どういう――

 考えても見ろ、この事件は明らかに前もって予定されていたものだろう。

だからこそ問診や病院食、ましてや病室に戻ってこないということも伝えられているのだろう。

しかし、わざわざ二度に分けて報告する必要があるのか。

旗桐家の都合が変わったのか。

消灯前に林檎ちゃんは帰って来る予定だったけど、変更になったということなのだろうか。

 さらには明日の問診だ。

明日の問診もしなくていいと伝えたのは一体誰だ。

確立的には午後に来た人間で間違いないだろうが、それでも一体どうして二度に分けたのだろう。

そこにどんな意図があると言うのか。

 けれど、予期しない不明な点は増えたがかなりの収穫はあった。

まず病院内で林檎ちゃんが外出しているということになっていること――この認識が病院側にあるということは大きい。

通報の余地も外部への連絡も、少なくとも明日の消灯時間までは皆無ということだ。

余計な心配はしなくてもいいと言うことだ。

とどのつまり、僕達は自由に今回の事件を快刀乱麻できるということなのだ。

一刀両断できるということだ。

 先までは彼女が誘拐されたという予想だったけれど、よくよく考えれば簡単なことじゃあないか。

 そうなのだ。

 健康状態で管理の甘い彼女を病院外に連れ出すことなんて容易だ。

外出許可云々、元々そういった制限は彼女に課せられていない。

自由に外出することが可能で容認されているのだから。

わざわざ嘘の口実や、強引に連れ出す必要もない、皆無だ。

彼女は患者ではないのだから、最低限問診の時間、或いは消灯時間に帰ってくるだけで良い。

点滴を打っている訳でも、薬を服用している訳でもなく、ただただ自室のように病室に存在しているだけなのだから。

確かに無断外泊でもすればさすがに旗桐本家のほうに連絡は行くだろうが、よっぽどのことが無い限りその心配はないのだったと思う。

ましてやこうして、家族が直々に、しかも堂々と彼女を連れ出すことに普通は何の違和感も感じないだろう。

 家族のようで他人のような――他人のような家族、か。


「ここで君の誤解を訂正しておかなくてはいけないな。いや、私の誤解とも言えるか」


 八千代の住居であるマンションの一室に帰ってきた頃には午後六時に差し掛かりそうな頃だった。

病院まで徒歩十五分の道のりを考えに(ふけ)っていたせいか、倍の時間が掛かってしまった。

八千代は火のついていない煙草を器用に指で回しながら言った。

「君は一体全体どうして今回の旗桐林檎が連れ出された事件、分家の犯行だと思ったのだい?」

「…………」

「君も知っての通り、旗桐分家が捉える彼女の価値はあくまで財政的なものだ。財力の一つとして、だ。それはもう、先月――八月中旬から一昨日にかけて終局したではないか」

 確かにそうだ。

 八千代の言う通り、旗桐分家が林檎ちゃんを狙った理由は本家の財産なのだろう。

 表向きは彼女を利用するという理由。

 彼女の才能を利用するという理由。

 最初から旗桐分家からすれば林檎ちゃんの才能なんてなんとも思っていなかったのかもしれない。

ただ単純に、極々素直な理由から彼女に目をつけたのだ。

 しかし、どうだ。

 彼女の財産的価値はその程度なのだろうか。

彼女を利用すれば、まだまだ本家から搾取できるのではないだろうか。

「いや、少年、それはない」

 八千代が続ける。

「知っての通り、先の事件の解決策として旗桐 行司は分家に財産を搾取されたが、現状概ね本家と分家の財政格差はほぼ零に等しいのだからな」

「――!」

「やはり林檎少女の才能の強大さは一番身近にいるものがより感じているだろう。つまり、分家には彼女の資質はあまり把握できていなかったのかもしれないな」

「一番身近に才能を感じているからこそ、わかる……」

「その通り。それに旗桐 行司は彼女の才能を高く評価している上に、彼女のことを溺愛しているからな」

 分家としては彼女の才能がどれだけ強大だろうが、弱小だろうがどっちでもよかったということなのか。

旗桐家を取り締まる頂点――旗桐 行司が溺愛する孫娘を目につけるだけで十分だったのか。

「例え分家が彼女の才能を理解していて、価値がまだまだ有るという事実を知ったところで、本家からこれ以上の搾取は望めないだろうな」

 本家と分家の財産格差は零になった。

 それが意味するのは――

 それが意図するのは――

「けれど八千代、林檎ちゃんの財産的価値は消失したかもしれないが、利用する価値は十二分にあるだろ?」

「確かにそうだな。けれど、こうなってしまった以上分家からすれば彼女の価値なんてどうでもいいのかもしれないな」

「それはどういう意味だ?」

「なぜならすでに、分家は独立するほどの財力を持ち合わせているからさ」

 所詮は金。

本家の肥やしを搾取するための道具として林檎ちゃんは利用されたのか。

全く、どいつもこいつもである。

 先月の事件で死亡した三名。

 旗桐 (つがい)、旗桐 久木(ひさき)、そして旗桐 小枝(さえ)

いずれも旗桐分家の人間である。

犯人は本家使用人の女性のメイド――名前もない使用人だ。

 林檎ちゃんには直接的に手を出さなかった分家ではあるが、脅迫材料としては十分だったのだ。

そりゃ孫娘が脅迫材料になれば、旗桐 行司は黙っていないだろう。

例え、分家の上層部を殺すことになっても、殺害することになっても、可愛い孫娘が――自分の溺愛する孫娘を守れるならば殺人など厭わないだろう。

だから恐らく、使用人に犯行指示を出したのは旗桐 行司で間違いないのだと思う。

まさか自らが手を出す訳にはいくまい。

そして分家としては予想外な死人が出たものの、それを利用して本家から財産を奪うことに成功したというわけか。

林檎ちゃんを利用し、さらには死人をも利用して。

 先月の事件だけではなく、旗桐家内部における事故や事件は決して表沙汰にはならない。

それは林檎ちゃんの存在だけでなく、旗桐家の財力は警察や政治、公営機関でさえ掌握することができるほどだからだ。

しかし、より一層力が増したのは、きっと林檎ちゃんの存在なのだろう。

彼女の才能はそれだけ異質だった。

周囲を狂わせるほど異端だった。

けれど、林檎ちゃんの才能はほとんどが隠蔽されているので、知っている人は知っている、ということらしい。

さすがに表立ってニュースにでもなったら、世間は混乱することだろう。

そんな異形を『外』に出せるはずがない。

「今回の事件は――いや、事件とは断定できないけれど、大よそ本家の仕業と理解していいのか?」

「…………」

「ん、どうしたんだ八千代?」

「気になるな、いちゃらぶ看護士が言ったこと」

 いちゃらぶ看護士というネーミングセンスはどうかしてるだろ。

しかもそれ、いちゃらぶしてるのは僕だって言いたいのか。

林檎ちゃんにも変な言い方されるし……。

一人歩きしている噂だってそうだが、僕達はそういう風に見えているのだろうか。

「あぁ、問診と外泊の旨を伝えた家族の人が違うってことかい?」

「いや、午前の問診のことだ」

 あぁ。

 あぁ、と思った。

 予想としては林檎ちゃんを連れ出すための下調べ、ということだったけれど、実際彼女の外出理由は実家での外泊。

妙に辻褄が合わないような、何かが交錯しているのような、そんな気分だ。

分家には直接的に彼女に手を出す必要が無い以上、本家の仕業という可能性が高い訳だが、それならより午前の問診は意味がない。

皆無だ。

普通に面会して、単純に連れ出すだけでいいのだから。

無駄な工作も良いところだ。

「よし、では衛理君。夕飯の時刻になったところで状況を開始しようか」

「へいへい」

「いつも貧相な生活をしている君にとって、今日は願ってもいない豪華なものになるだろうさ。さぁさぁ楽しもうじゃあないか」

 そう言って。

 彼女は快活に笑った。



 全く、あざとい。

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