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外れた世界で少女は。  作者: 三番茶屋
14/17

Ⅹ糾弾編・2


「旗桐 鶴賀――君が服用している、その薬、それは一体何の薬だい?」


 さて、ここからは八千代の独壇場であり、傍観者の僕としての役割は皆無と言って等しい。

真相の解決を待ちかねた、と言わんばかりに、八千代の口調は調子付いていた。

こうなってしまっては、例え僕に重要な役割があったとしても、易々と発言することすらままならない。

 これが八千代である。

弁護士と言うより、検事とした方が正しい気がしないでもないが、ここからが弁護士としての本領を発揮する場面ということだ。

 薬、か。

 毒殺なのだろうか。

警察機関を導入できない現状、証拠不十分に陥ることは前もってわかっていたことではあるけれど、確かにそれなら殺害し易く、それに証拠も出ない。

まさに今の状況下で殺害することに、これ以上の犯行共用物はないだろう。

 僕たちが死体解剖をするわけにもいくまい。

 できるはずがない。

いや、八千代ならやってみせるかもしれないけれど。

 彼女の才能は多義に渡って多様だ。

 オールマイティであり、オールラウンダーだ。

八千代が放つ異彩は、彼女の当てずっぽうですら信頼できるほどのものなのだから。

冴えている、と表現するにはやや物足りないくらいに、彼女の直感は鋭い。

 

 だからこそ、この証拠不十分である犯行現場を目の当たりにしても、その答えに辿り着くのかも知れなかった。

 まぁしかし。

 死因が毒殺って、あまりにベタというか、何と言うか。

「――精神安定剤ですが、それが何か?」

「そう、それ。死因は恐らくそいつだよ。と言いたいところだが、解剖でもして、胃の中を調べないと断言はできないけれどね。まぁそれでも、何らかの薬であることは間違いない」

 八千代は自信に満ちた表情で言う。

楽しそうに、軽い笑みを浮かべて。

「どうしてそう判断できるのですか?それに、私の服用する精神安定剤は多量摂取しても死に及びません。安定剤と言いますか、抗うつ剤ですけれど」

「へぇ、抗うつ剤か――それなら、なおさら、それだよ」

「これにも、致死量はありませんが……」

 どの安定剤も副作用は付き物だろう。

それに、種類によって効果の強弱もあるし、それの大小だってある。

服用する人に応じて、多種多様な薬が処方される。

中には、とてつもない代償を払って、それを服用する者だっているだろう。

 しかし、それが精神安定剤ならともかく、抗うつ剤となればどうなのだろうか。

知り合いや友人のどれを辿っても、身近にうつ病の患者がいないから定かではないが、抗うつ剤が原因で死亡するなら、それは本末転倒だ。

最悪、いつ死ぬかわからないうつ病患者が服用する薬で死亡するなんて、少なくとも僕は寡聞(かぶん)にして聞いたことがなかった。

生まれてこの方、一度も。

それは僕がそういった情報に疎いという理由もあるのだろうけれど、果たして一体どうなのだろうか。

その辺、八千代なら当然知っているのだろう。

勿論、常用する鶴賀さんだって。

「ははっ、面白いこと言うね。誰が致死量の話をしているんだ。君だって知っているだろう、その薬を多量摂取することによって生じる副作用を――まさか、そこまでの『異才』を持ち合わせていて、医学分野には疎いとか、そんなこと言わないでくれよ」

「…………」

「確かに安定剤には副作用が大きいものもある。中には多量摂取によって死ぬ場合だってある。抗うつ剤は反面、同じような効果があるけれど、致死量と言えば多分本当に死ぬほど胃に入れなきゃいけないかもね」

 それは食べ過ぎて死ぬ、みたいなことか。

 と、八千代の軽い冗談に僕は素直に関心を覚えたのだった。

「そう――簡単に言えば、そいつの多量摂取による副作用は頭が馬鹿になるということだよ。それは安定し過ぎて、頭が弱くなるってことなのかもしれないね」

「例えそうだったとして、致死量にはほど遠い気がしますが、それが死因とでも?」

「死亡の原因の根底を作っているんだから、死因だろう」

 まぁ確かに八千代の言うことは正しいのだろうが――。

 それにしても、頭が弱くなって死ぬ、なんて状況は一体どういうことなのだろうか。

仮に、そうだったとして、頭のネジが緩んで自殺した、とか?

いやそれはない、確実に有り得ない。

紛れもなく、誰がどう見ても、他殺だということは明確なのだ。

もしくは、薬のせいで童心に返った定年過ぎのじいさんが日本刀を玩具のように振り回した結果、偶然、胸に突き刺さってしまった、とか?

自分で考えて、有り得ない……。

自分の発想が有り得なかった。

こんな稚拙な発想で事件の解決を図る重大な役割を担えるはずがなかった。

 ともかく。

 とにかく。

 なら、一体どうやって――

「まぁけれど、私は君を犯人だとは未だ言っていない。断言していないからといって、君が犯人でないという可能性も捨てきれない。君が犯人なのかもしれないし、私が犯人なのかもしれない。もしくは、少年なのか、林檎少女なのか――私は犯行に使われ、死因になったものが君の服用する薬と言ったまでだよ」

 八千代は続ける。

 もったいぶりながら、続ける。

「さぁて、犯人は一体誰なんだろうね?」

 と、真相を既に知っているであろう八千代がにたにたと嫌らしい笑みを浮かべた。

 それを見て僕は、心底性格の悪い奴だと、素直に思った。

そう言えば、八千代はそんなやつだったなぁ、なんて感傷に浸る気がしないでもない。

 短くない期間を共に過ごして。

 冗談のような事件を幾つか経験して。

 冗談であって欲しい事件も体験して。

そのおかげで今では八千代のことを『友人』と言うには足りないほどに、信頼を置くことができてはいるけれど、初めて彼女と出会った頃は確かに悪いやつだと確信したのを覚えている。

 そう言えば、あの時もこんな風に笑って――

 ニヒルに気取って――

「ではまず、殺害方法から説明しようか。動機や経緯、それに犯人が誰なのか、一先ず置いておくとしようじゃないか」

 鶴賀さんの薬が死因と言った。

それはイコール、犯人が鶴賀さんだと断定しているようなものじゃないか。

わざわざもったいつけて、犯人を明かさないことに何か理由でもあるのだろうか。

まぁしかし、特別な理由があるにせよ、ないにせよ、八千代はそういった人間だ。

いずれにせよ、最後まで犯人を明かすことはないだろう。

殺人事件にこう言ってしまうのは不敬極まりないが、その方が僕としても楽しみである。

この言い方だと語弊を生みかねないが……。

 ともかく。

 要するに、僕はショートケーキを食べる際に、必ず最後に上に乗った苺を食べる、ということだ。

いや、この表現、正確に言うならば正しくない。

むしろ、間違いしかない。

当たり前のことだが、殺人事件が大好きだなんて、決して思っていない。

しかしまぁ、推理という事件解決の醍醐味(だいごみ)という点では、強ち間違いではないのかもしれないけれど。

「運良く、と言うべきか、都合良く、と言うべきなのか、それとも逆に運悪く、とでも言えるのだろう――この場には秀才が二人もいる。それならば、私の推理も説明し易い。一番面倒なのは頭の悪い輩が逐一単純な疑問を投げ掛けてくるからね。そういうやつは大体、殺人現場に必ず一人はいて、そして場を荒らすだけ荒らした後、あっさり犯人に殺されたりするが――いや、逆にそんなキャラがいるからこそ、推理の疑問点を説明できるという利点もあるにはある、か」

「…………」

 一同、沈黙。

「だから、私の推理に『もしも』疑問点があるなら、その場で答えるよ」

 八千代が、もしもと強調したことで、彼女の言うキャラが等しく僕なのではないだろうかと思った。

暗にそう制されているのか。

それとも僕の考え過ぎか。

いずれにせよ、彼女の推理が一区切りするまで沈黙を守ろう。

下手に出ても、八千代にどんなしっぺ返しを食らわされるかわかったものじゃない。

「最初に言えば、旗桐 行司の体に刺さったこの刀――これは別に他の死因を隠すためのカモフラージュでもなんでもない。仮にそうだったとしても、死因はこの刀であることは間違いない」

 あれ。

 なんかさっきと言ってることが矛盾している気がするのだが、気のせいだろうか。

「つまり、行司が薬を飲んだ時にはまだ生存していた、ということさ。まぁそれも死んでいると言っても正しいかもしれないだろうけれどね」

「薬を飲んだから、この刀が刺さった、と?」

 鶴賀さんが素直にそう質問した。

いや、これは質問というより、確認に近い言葉だった。

 八千代は応じる。

質問に答える、のではなく、応える。

「薬を飲んだ『から』刀が刺さった、と言えるし、薬を飲んだ『せいで』刀が刺さった、とも言えるね」

「どちらも同じですね」

「くはっ、いやいや、全然違う違う。じゃあ、こう言い換えよう。薬を飲んだ『から』刀が刺さった、と言えるし、薬を飲んだ『せいで』刀を刺された、とも言える」

「……後の文が能動態から受動態に摩り替わってますよ。前者と後者の意味が等しくありません」

「手厳しいなぁ、もう。頭の良いやつは皆等しくこうだから、苦手なんだよ」

「……ごまかさないで下さい」

 鶴賀さんの表情が徐々に歪みつつある、ような気がした。

と言うのも、顔に全く出ないせいで、驚いているのか、感心しているのか、それとも感嘆しているのか、表情から察することができない。

林檎ちゃんも同じような感じだが――それなら、頭の良い天才は誰もがそうなのだろうか。

 無表情。 

 ポーカーフェース。

聞こえは良いが、何か少し寂しい気もする。

「なら、君が納得するように言おう。薬を飲ま『された』『せいで』、刀を刺さ『れた』ということだね」

「…………」

「昨晩と同じ格好、そして、同じ位置――行司は昨晩からこの客間を出ていない。けれど、死亡推定時刻は午前十時半頃。これに間違いは、ない。それなら、私たちとの邂逅から、死亡するまでの間に長い空白の時間ができてしまう。そして、その空白を埋めるために使われたのが、旗桐 鶴賀、君が服用するその抗うつ剤だよ」

「私の、薬――」

「行司もまた持病を抱える身、少なからず幾つかの薬を常用している。それを抗うつ剤とすり替えて、飲ませた」

「……確かに、行司は血圧を下げる薬を日頃から服用していますけど、副作用が顕著に表れるほど多量に摂取するのはいささか難しいように思えますが」

「そうだね、君の言う通り、(ほう)けるまで飲ませるにはそれではちょっと無理がある。ちょっとどころか、怪しまれずに多量の薬を行司に飲ませるなんて、食事に毒を盛る、くらいしないと不可能だろうね。けれどしかし、食事に薬を入れることはできなかった」

 食事に毒を盛る、か。

 それができない理由。

 それができなかった理由。

 少し考えて、理解した。

 僕たちと行司が対面し、敵対する前に薬を飲ませれば、一体誰がその罪を背負うと言うのか。

だからこそ。

薬の投与は僕たちが行司との対面を果たした後でないといけなかったのだろう。

 罪を擦り付けるために。

 濡れ衣を着せるために、

 冤罪を掛けるために。

 犯人の目的が何であれ、僕たちに殺人事件の責任を被せようとしていることに間違いはないのだから。

「それなら、なおさら抗うつ剤を多量投与することは難しいのでは?」

「一度に摂取する必要はありません」

 と、鶴賀さんの疑問に、意外にも僕と同様今まで(かたく)なに沈黙を守っていた林檎ちゃんがそう口を開いたのだった。

行司の死体を黒い瞳で見つめて、おぼろげな口調で言う。

「短時間に微量を何度も摂取することでも大きな副作用は表れます。まぁしかし、勿論、一度に多量、の方が効果はありますが」

「そう、むしろ犯人としてはそっちの方が都合が良かった。死因が薬ということにでもなってしまえば、司法解剖ですぐに犯人がわかってしまうからね。それに、明らかに『人の手』で殺害された死体をつくらなければいけなかった。いや――犯人は咄嗟に、『人の手』による他殺をつくり上げた」

 なんか、よくわからなくなってきた。

情報が多すぎて頭が混乱する。

情報過多でパンクしそう。

 八千代の説明は、僕にとってかなり理解し辛い点が多々ある。

しかし、それはこの場で僕だけであって、林檎ちゃんも鶴賀さんも、八千代が何を言いたいのか、何を言っているのか、明確に理解しているのだろう。

「言っただろう、薬を飲まされた時にはまだ生存していたと。何度も言うが、それはつまり、刀で心臓を貫かれたことが本当の死因だということさ。そして、行司は犯人に薬を飲まされる以前に、微量の毒をすでに体内に溜めていた」

「…………」

「私たちがここに来て、行司と対面していた時にはすでに、彼は精神安定剤を飲んでいたということだよ」

「……一体どこで――」

 鶴賀さんは問う。

それは質問だった。

素直な疑問だった。

 けれど。

 けれどそれは、解答を知った上での問いかけだった。



「君が一番知っているじゃないか。彼が常用する血圧を下げる薬――正確にどんな薬を服用しているのか知らないけれど、それを抗うつ剤ではなく、精神安定剤にすり替えたのは紛れもなく、君じゃないか」



 ――!

 僕は声にならないほど驚愕する。

 薬をすり替えた――それはつまり、鶴賀さんが犯人、だということ。

 それはつまり。

 それはつまり。

 鶴賀さんが、行司を殺害したということ。

 鶴賀さんが、殺人犯だということ。

 そういうこと――

 で、いいのだろうか……。


「どうして、それを……」

「悪気はなかったし、悪意もなかった。故意ではあったけれど、それは行司の身を案じてのことだった。先月から続く一連の殺人事件、大物だからといって疲弊しないはずがない。気が滅入るのも頷ける。それを心配して、君は精神安定剤を行司のピルケースに仕込んだ」

「…………」

「分家の人間、そして、特異点である私たちの存在、両挟みになってたことも原因の一つかも知れないね。まぁしかし、安定剤を飲んだにも関わらず、私に激怒していた行司を思い出せば、本当に服用したのかどうか疑わしくもなるけど」

 そして。

 そして――

 と八千代は続けた。

先までとは一変し、物静かな口調。

「二度目の服用は、私たちが岐路に着いた後。そして、この事件を加速させてしまう。誰もが思ってもみない方向へと転がってしまう」



 なぁ――

 なぁ――




「林檎少女、一体行司にどれだけの抗うつ剤を飲ませたんだ?」




「君もまた悪気はなかった。悪意も当然、なかった。勿論、行司を殺そうとも思わなかった。しかし、故意にやった行為ではあった――自己防衛、だったんだろう?」

 林檎ちゃんは無表情に沈黙した。

沈黙は肯定を意味します、と言った彼女の言葉をそこで僕はふと思い出した。

顔色一つ変えず、虚ろな瞳で行司の死体をじっと見つめていた。

「行司の手から、自分の身を守るためにやったことだったのだろう。そりゃ怖いよね、過去に襲われそうになっているのなら、なおさら。君の持つ膨大な知識あってのことだ、ぎりぎりの副作用が出るくらいに調整して、薬を飲ませたんだろうが――まさか、数時間前に『似た薬』を服用しているなんて、ね」

「……ですね」

「その後は、もうわかるよね」

 鶴賀さんが行司の身を案じて、薬をすり替える。

 これは頑固一徹の行司だからこそ、黙ってそんなことをしたのだろう、察しがつく。

付き人紛いの使用人――もとい、彼が惚れ込んだ異才を持つ旗桐家の人間。

行司が一体どんな状態なのか、悟るには十分な距離で彼を見てきたのだ。

主人の心配をするのは当然だろう。

配慮。

気遣い。

行司への(あつ)い忠義。

 そして、だ。

 鶴賀さんがそんなことをしていたとは露ほど知らず、自己防衛手段として――万が一に備えて、副作用が大きく表れない程度に薬を飲ませた林檎ちゃん。

一晩を静かに終えることができれば、翌日には病院に帰り、また元の生活に戻ることができる。

 問診予定のある、本日の消灯前――午後九時。

看護士の式志木(しきしき)さんの情報である。

それを考えれば、少々手荒な真似だったかもしれない。

余計な心配だったのかもしれないし、徒労も(はなは)だしい行為だったのかもしれない。

わざわざそんな危険を(おか)してまで、やるべきことではないのかもしれない。

けれど。

不安を払拭(ふっしょく)するには、その手段しかなかった。

いや、考えればもっと簡単な方法はいくらでもありそうだが――林檎ちゃんならなおさら、正しく取捨選択ができるだろう。

しかし、林檎ちゃんはそれでも、行司に鶴賀さんの薬を与えるという選択をした。

それが彼女の決断した最良の選択なのだとしたら、僕がとやかく言うべきではないだろう。



 そして。

 そして――



「旗桐 行司は不運にも、家族二人から薬を投与され、呆けてしまった」



 それぞれが誰かのことを思い、自分のことを思い、行動した結果、人が死んだ。

 全く、この感情をどう表現すればいいのだろうか。

 曖昧な気持ちで、もやもやしてて。

「あー!」と大声で叫びながら、頭を掻き毟りたくなるような、そんな気分だった。

やるせない――行き場のない感情とは、つまりこういうことを指すのだろう。

それこそ、林檎ちゃんと鶴賀さんの二人がより感じていることだと思う。

自分を責めてるだろうし、不運極まりないこの悲劇を嘆いているだろう。

狼狽したであろう。

 不意な出来事とはよくある話だが、それにしたってこの場合、行き過ぎだ。

 冗談のような事件だ。

 冗談であって欲しい事故だ。

 絵空事のようで、絵に描いたような顛末(てんまつ)だ。

「ここまでの話なら、悲劇だよ。行司にとってはね。シェークスピアの作品でありそうだよね、こういうの。ヒロインは当然、旗桐 行司――嫌過ぎるけど。それにしたって、まさかこんな都合悪く殺されて、きっと地獄で恨んでいるよ。けれど、これは別に悲劇なんかじゃないんだよ。勿論、喜劇と言うつもりなんて毛頭ないから安心していい。綺麗事だろうが、特別な理由があろうが、これは立派な殺人事件なんだから。悲劇なんて格好つけた物語でもなければ、喜劇のように笑えるわけでもあるまい」

 何度も言うが。

この場面での八千代の冗談は本当に笑えない。

笑えない冗談のことを何と言うのか、僕は知らなかった。

「さぁ、そしてこの事件もいよいよ最後が見えてきたね」

「…………」

 言いたいことは山ほどあるが、僕も林檎ちゃんも鶴賀さんも、彼女の推理を一先ず聞こうという姿勢だった。

「さっき言った、死亡時刻までの空白の時間については、薬の多量摂取の結果、恐らくこの客間でずっと呆けていたんだろうね。それか眠っていたのかもしれないな」

 そして、と八千代は続けた。

「死亡時刻の午前十時半、客間で行司を発見した旗桐 鶴賀が眠っている彼の胸に刃を突き刺した――発見当初はまだ息のあった行司に止めを刺した、文字通り。そりゃそうだよね――息があったと言っても、虫の息だったんだから。そうなれば、行司は林檎ちゃんが投与させた薬で死んだということになってしまうんだから」

 と淡白に、そう言ったのだった。







「ふふふっ、お見事です」






 鶴賀さんは何故か嬉しそうに、笑った。

 僕と林檎ちゃんはそんな彼女の姿を見て首を傾げる、と言うより、ある種の恐怖を感じた。

戦慄さえ覚えたが、それでもその笑顔は柔らかく、優しいものだった。




「なぁ――もう嘘を吐かなくてもいいんじゃないか」

「……嘘?それはアリバイが嘘だった、という意味ですか?」

「私の口からそれを言わせるつもりかい?」

「…………」









「林檎、今ままで嘘吐いてごめんね。行司を殺したのは私。軽蔑してくれていいし、どんな罵声を浴びせてもいい。それでも私は――」









 お母さんは――








「守る為の殺人行為は綺麗だって、そう心から思えるの」

 鶴賀さんは目じりに薄っすらと雫を貯めて、白い歯を見せたのだった。

 綺麗事だよ、と呟いた八千代の声は誰にも聞こえない。

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