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外れた世界で少女は。  作者: 三番茶屋
12/17

Ⅷ解決編・2

「さぁ、この事件の真相――それについては大よその目星がついたところで、そろそろ解決編に移行しようか」


 八千代の一声が僕を含めた四人の集まるリビングに響く。

 僕、八千代真伊、塔野やい子、旗桐林檎――此度の事件の真犯人は誰か、とは言っても、選択肢は二分の一にまで絞られる。

五十パーセント、二者択一。

塔野やいこか、或いは、旗桐林檎か。

けれど、アリバイのある林檎ちゃんが犯人とはどうしても考え難かった。

それは犯行不可能なアリバイだ。

 そう考えれば、唯一犯行可能なのは塔野やい子である。

 四人の中で唯一人犯行可能な彼女。

 そして、第一発見者である彼女。

 旗桐 行司の死亡を最初に発見した彼女。

 塔野やい子――使用人、メイド。

「犯人がわかったのですか?」

 第一発見者であり、最も犯行が可能であろう塔野さんが無表情に言った。

「わかった、わかった、わかった――ねぇ?」

「……?」

 塔野さんは表情を変えずに首を傾げる。

八千代の含んだ物言いに疑問を抱いているようだった。

それを理解してるのか、否か。

林檎ちゃんと同じような無表情で、心境を読み取ることが難しかった。

「まぁ、いいよ。解決編というからには勿論、犯人はもう既にわかっている――」

 『真犯人』がね、と八千代は不適に微笑んだ。

まるで悪魔のような笑み――それを言うなら今現在、僕たちが身を置いている立場上、それは言い得て妙だった。

どっちが悪魔だと言うんだ、全く。

 僕は八千代の笑顔を横目に。

「とりあえず、今回の事件の当事者である僕たちが犯行可能かどうか、それについて話し合いましょう」

「……アリバイ、ですか」

「そう、それです。アリバイ――と言っても、それを証明する手段が皆無なので、この場合少し違いますけど」

「と、言うと?」

「例えば僕が犯行不可能なアリバイを語ったところで、それを証明することはできません。勿論、確認のしようはありますけど、工作はいくらでもできます」

「……なら、意味なんて――」

「意味はありますよ。なんたって犯人は僕たち四人の内の誰かなんですから。だから重要なのは、アリバイの証明ではなく、アリバイの有無です」

 旗桐行司の死亡から多少の時間が経過しているけれど、長い廊下を挟んだ隣の犯行現場からは嫌な臭いはしないようだった。

しかし、しないのは腐敗臭であって、血の臭いは薄く漂っていた。

居間の扉を開けると、今にも錆びた金属のような臭いが蔓延(まんえん)しそうである。

まぁそれを言うなら、自覚がないだけで――或いは嗅覚が麻痺したせいで、衣服や身体に臭いが染み付いているのかもしれない。

なんたって、死体を背にして会話していたくらいだ。

比較的それでも僕と林檎ちゃんはマシだろうが、現場検証を行っていた八千代の場合、それは酷く臭うだろう。

さすがに相手が八千代とは言え、女性の身体の臭いを確かめることは難しい。

いや、対象が八千代だからこそ、できることかもしれないが。

「まぁ少年の言う通り、私たちが昨晩、旗桐家を後にしてから部外者の侵入があったわけではなさそうだし――とは言っても、不確定多数の犯人『n』と言う存在の可能性も無きにしもあらずだが、それについては考えるだけ不毛だろう」

「……えぇ、そうですね」

「なら、まず――少女、林檎少女」

 予期せぬ指名だったのか、林檎ちゃんは体を一瞬反応させた。

 (まぶた)がふっくらと腫れて、赤みがかっている。

 けれど、それでも。

 いつもの無表情で。

 いつもの無愛想で。

 抑揚のない声で淡々と言う。

「午前十時に、わたしの担当医師の方から連絡があって病院に向かいました。内容はいつも見舞いに来る学生がわたしの病室で妙なことをしているらしいと――」

「…………」

 妙なこと……。

 それはどういう意味を含んでるんだよ。

「えっと、具体的な内容を話した方がいいでしょうか?」

「いや、いいよ。気にせず続けて」

 と、僕は林檎ちゃんを制する。

ここで余計な不信感を周囲に抱かせてたまるか。

何だか、訳のわからない濡れ衣を着せられた気分である。

いや、訳はわかっているが。

「死亡推定時刻が正しいのなら、その時点で、すでに病室でお兄ちゃんと会っている頃だと思います。それからすぐに帰宅しました」

「林檎少女、病院に向かうまでは何をしてた?」

 八千代が僕の方に目をやって、嘆息しながら言う。

 ため息を一つ、二つ。

「恥ずかしながら起床したのが電話が来るほんの少し前だったので、その問いの答えとして正しいのは、睡眠中でした」

「この家で、か」

「はい、自室は二階にあります。わたしが家を出る時に、おじいちゃんが健在だったかどうかは把握していません」

「おっけ、わかった。じゃ――」

「では次、私がお話します」

 塔野さんが名乗り出る。

 凛とした表情だった。

「起床したのは午前七時です。それから家事――洗濯や炊事、掃除をして、九時には朝食を取られに行司がこの居間に来られるのですが、それがどうしてか時間通りに来ませんでした」

 塔野さんはそこで言葉を詰まらせる。

途中途中にため息にも似た深呼吸を挟んで、冷静を保とうとしているように伺えた。

「奇妙だとは思いましたけれど、何分(なにぶん)、分家との絶縁直後だったので書斎に篭ってお仕事でもなさっているのではないかと」

「それで、気づいたのがあの部屋だったということ?」

「あの一室は普段ほとんど使われない客間でして――いつでも朝食を出せるように準備をしてから、行司が来られるまで清掃の続きをしようと、そして彼が死亡しているのを発見しました」

「どうして呼びに行こうとしなかったのですか?」

 僕は問う。

「都合の全てにおいて、決定権が行司にあります。それに、私がその様な厚かましくも身勝手な行動を取れるはずがありません」

「なら、あの犯行現場の一室はほとんど使われていないと言いましたけど、では何故、旗桐 行司はあの部屋で、それも昨晩と全く同じ格好で死んでいたのでしょう?」

「……それは把握しかねます」

「昨晩、僕たちが帰宅した後、あなたは行司があの一室に留まっていたことを不思議に思わなかったのですか?」



「私は付き人ではなく、唯の使用人でございますよ?」

 ただの――

 ただのメイドです――

 塔野さんは顔を伏せてそう言った。

 少々の違和感を彼女に感じつつ、僕は考える。

 なるほど、融通の効かない立場だ。

融通というか、塔野さん自身の都合が全くもって存在していない。

彼女の意思も存在しない。

それをメイドの(かがみ)、と言えば正しいのだろうが、しかし、それはまるで人形のようではないか。

悪く言えば、奴隷、ではないだろうか。

お金で買える忠義、か。

確かにそれは的を射ているのだろう。

「ふむ――まぁ、そんなところだろう。第一発見者にまともなアリバイがあるとは思えないし、妥当な話だ」

「それはつまり、私が犯人である可能性が高まったということではないでしょうか」

「元より、その可能性が高いのだから仕方がないだろう。どんな事件でも、まず初めに疑わしいのは第一発見者だと相場が決まっている」

「……犯人は相場では決まりませんが」

「はは、そりゃそうだ。相場が犯人を決めることはあっても、ね」

「…………」

 一瞬の沈黙を経てから、三番手に僕は切り出す。

まぁ、自分の身の潔白は元より自分が一番承知しているので、僕は冷静に言う。

淡々と、飄々と。

まさか、何かの拍子に記憶の一部が欠落して、知らず知らずの間に殺人を犯してしまったなどという馬鹿げた犯行があるはずはないだろう。

いや、あるはずがない。

「午前六時に起きて、それから顔を洗って、けれど、昨晩入浴していないことを思い出して、それからシャワーを浴びて、ついでに歯を磨いて、そしたら、シャワー中に急激に空腹感に襲われて、脱衣所に常備してあるガムを噛みながら浴びました。あぁ、シャワーと言っても、僕は結構な長風呂なのでそれでも三十分以上平気で掛かるんですよね。全く、苦学生だと言うのに、水道代が勿体ないですが、まぁそれはともかく――」

「それはともかく!」

 と、八千代が怒鳴った。

清楚な見た目とは裏腹な、身の毛もよだつほどの恐ろしい怒声だった。

眼力だけで人を殺めてしまいそうな。

そんな視線が鋭く、痛々しい。

まぁこの場合、痛々しいのは僕の方だけれど。

怖ぇ……。

「……じょ、冗談だよ」

「この場で流暢に冗談を言えるとは不敬極まりないですね、お兄ちゃん」

 意外にも林檎ちゃんが僕にそう言った。

 先ほどの、無理矢理彼女を制したことのやり返しと言わんばかりに。

「不敬って言っても、この場合誰を敬うんだ」

「それは、死んだおじいちゃんを、でしょう」

「…………」

 十四の少女に打ち負かされる僕だった。

「もういいよ、次、私」

 八千代がため息を吐く。

 そして、数秒の間を空けた。

「色々考えることがあって、睡眠は取っていない。今でも眠たい目を擦って、やっとの思いでここに立っているわけだけれど――まぁずっと座りっ放しで、少年と同じようにお風呂に入ってなかったから、私も入浴した。確か八時頃。シャワーではなく、ちゃんと湯に浸かってね。数日前に丁度、知り合いの駄目屑人間に疲労回復に効果抜群とされる入浴剤を貰ったから、それを使った。しかし、それがすごい臭いでね、いい薬ほど苦いとは言うものだけれど、あれはさすがに耐えれなかったよ。いくら体を洗っても少し浸かっただけで臭いが染み付いて、大変だった――まぁ、それはともかく」

「なるほど、八千代さんはアリバイとして十分ですね」

「…………」

 林檎ちゃんは僕に何か恨みでもあるのだろうか。

露骨な扱いの差異に、僕は林檎ちゃんの腹黒さに恐怖を覚えた。

それは、十四の少女に、近々成人を迎える大学生が辛辣(しんらつ)な対応をされる様だった。

そして、そんな彼女の態度に素直に落ち込む僕であった。

上下関係が、ここではっきりしたような――そんな気がしなくもないが、よくよく考えてみれば、以前からそういった傾向があったのかもしれなかった。

 まぁそれだけ、お互いの距離が近いのだろう。

遠慮せずに、何でも言えるような信頼関係を築くことができているのだろう。

 そういうことにしておこう。

 そういうことであって欲しい。

「簡潔に言うと、旗桐 行司が殺害されたであろう時刻――私は家にいたよ。概ね、君たちと同じだ。その後、午前十一時には喫茶店で衛理少年と落ち合った」

「死亡時刻から逆算して推測すれば、あなたも犯行が可能ですね」

 と、塔野さんは言った。

 待ってました、と言わんばかりに。

 その言葉が聞きたかった、と言わんばかりに。

 八千代の台詞に食いついた。

それは、言質を取った、ということなのだろう。

 確かに犯行は可能かもしれない。

けれど、八千代には確固たるアリバイがある。

午前十時半に行司が死亡したのが正しいのならば、三十分の間に、この邸宅と喫茶店を往復することは不可能に近い。

それに喫茶店に彼女が入店したのは、およそそれよりも前の時刻だ。

それならば、殺害して、戻ってくるのに十五分―――




「いや、塔野さん、それは――」

 違う、と否定しようとした寸前で、その言葉を僕は飲み込んだ。




 ん?

 あれ?

 殺害して戻ってくるのに十五分――違う、そうじゃない。

 車で片道およそ二十分の距離。

 それならば、犯行が不可能とは言えないじゃないか。

 僕は何を勘違いしていたんだ。

 午前十時半に殺害されていたのなら、それよりも前に犯人は本家に存在していたということだ。

八千代が僕と喫茶店で落ち合う前に、本家に侵入していたとするなら――殺害した後、喫茶店に入店することは可能じゃないか。

 いや――けれど、八千代にはもう一つ。

犯行不可能を裏付ける決定的なアリバイがある。

それは一度、僕も体験したことだ。

この本家に到着するのに、彼女の運転では、どう見積もっても三十分を軽く超える時間を要するのだ。

ある意味、ペーパードライバーなのだから。

ある意味、だが。

 そうなれば、彼女を疑う余地など皆無だが。

 だが――

 それを証明する手段は、およそない。

それこそ、皆無だ。

何せ、走行時間など、運転手のさじ加減でどうとでも変動してしまう。

それに、アリバイと言うのなら、この場合正しくは、走行距離。

走行距離が明確になっている以上、運転がどうあれ、最短時間は簡単に導き出すことは容易だろう。

 最短時間。

信じたくもないことだったけれど、それは十五分から二十分の間ということだ。

勿論、法定速度を厳守して。

 八千代の疑いに拍車を掛ける事実だった。

けれど、僕は知っている。

彼女が犯人でないことを知っている。

確かな証拠がなくとも、アリバイを証明する手段がなくとも、僕はそう信じている。

信頼している。

 そうとなれば、八千代に掛けられた疑いを晴らすため、今すぐにでも塔野さんの言葉を否定するべきなのだろうが、如何せん私情を大いに挟んだ僕の言葉など、きっと相手にもされないだろうということはわかっていた。

だから僕は何も言わない。

あえての沈黙。

塔野さんだって、確固たるアリバイが存在しないのだ。

状況は二人とも、似たり寄ったりだ。

 そこで。

 ふと思い出す。

 八千代の言葉を瞬間、想起する。



「旗桐家は敵である私たちに殺人事件の犯人を擦りつけようとしている」



 そうだ。

 そうなのだ。

アリバイの信憑性が塔野さんと比べて、五十歩百歩だということに何の意味があるというのだ。

むしろ、だからこそ、まさしく八千代が言うその通りに事が進みつつあるのではないか。

アリバイがないと言っても等しい以上、それを証明する手段がない以上、平均的な走行時間に、それを語られても文句一つ言えないのだから。

否定一つ、することでさえできないのだから。


「なるほど、確かにその通りかもしれない。私が犯人である可能性は十分にあると言ってもいいのかもしれない」

 なんて、八千代は塔野さんの言葉に大した否定もせず、肯定するのだった。

 どうして、否定しないのだろう。

 私はやってない、と。

 私は違う、と。

 私の運転技術では三十分はかかる、と。

 それとも、この場面で、まさかプライドが許さないとでも言うのだろうか。

お高くとまったキャラもまた一つ考えものだ。

「だってそうだろう。勿論、何と言われようが身の潔白は自分がよく理解している。けれど、それを証明する手段がない。それに、客観的に見れば、私もまた容疑をかけられてもおかしくはないということだよ」

 冤罪(えんざい)だ。

 これでもし、八千代が犯人に仕立て上げられたなら、紛れもなく、それは冤罪だ。

 





 逆転の手は――ある。

 まだ、逆転の余地は十分にある。

 切り札を出さなくとも、状況を打破するための手段はある。

 八千代はそう意味するように、肯定するのだった。





「まぁ、容疑などいくらでもかけてもらって大いに結構だが――それを言うなら、少年の方がそういうことには秀でているのだが――」

「…………」

 僕は否定しない。

 沈黙は肯定を意味する。

「だからと言って、犯人に仕立てられるのは御免だよ。誰かの罪を被ってあげられるほど、自己犠牲に富んでもいないし」

 八千代は笑う。

 くつくつと、笑う。

 一枚目のカードを切るに相応しい場面だと、何かを含んだ笑みだ。

一枚目。

初手。

それは相手の陣を一手で蹴散らすほどの、強烈な一言だった。

強烈にして、鮮烈で。

聞く耳を疑った。

脳が理解できない、と頭をがんがん揺らして、回るほどの衝撃を受けた。

ぐにゃり、と今まで捉えていた視界が歪むほどの――戦慄でさえ覚えるほどの、ほんの一言だったのだ。





 八千代は言う。

 にやり、と笑みを浮かべて。



「そうなれば、犯人は二者択一ということだ――」



 ねぇ。

 ねぇ――



「――旗桐 鶴賀(つるが)さん」


 と、冷笑を込めた。

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