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物語シリーズ

救済の物語

作者: 瀧音

物語では様々な場面が出てくる。

町で人々が屋台を開き客引きをしている場面。

村でたくましく畑を耕す男衆の場面。

宿屋で旅人たちが静かに休息している場面。

酒場で皆が酒を片手に騒いでいる場面。


そんな一般的に正の感情をもたらす場面があれば、負の感情をもたらす場面もある。

病で床に臥せる親を必死に看病している場面。

魔物に襲われ壊滅してしまう村の場面。

悪人によって奴隷となってしまう子供たちの場面。

あまりにつらい、別れの場面。


物語では人の一生をすべて語りつくすことはできない。

だから、それらの場面はどうしても部分的で一方的になってしまう。

楽しい場面でも、悲しい場面でも、そしてそのどちらでもなくても、かけがえのない人の一生なのに。


だから、本当の物語は本当に最初から始まっている。





少女は絶望していた。

本来なら笑顔がよく似合う顔には、何も感情が表れていなかった。

なぜかといえばこの世界ならよくあることを少女の親がしただけだった。


すなわち、親が子供を奴隷として売ること。


たとえそれが非人道的な行為だとわかっていても、

周りの誰も少女の親を責めることはできなかっただろう。

生きることに必死で、その日暮らしな生活を送っている者なら必ずその選択をするからだ。

食料も少ない中で育ちざかりの子供の食事が足りるはずもない。

成人するまで同じ家にいることができる子供は本当に一握りだった。


少女の買取り人はすでに決まっていた。

今、その人の家まで馬車で運ばれている最中で。

少女はどこにも焦点の合わない目で、何も考えずにいた。


不意に馬車の揺れが止まる。

目的地に着いたのだ。

それが少女の心をさらに絶望に染める。


そして、少女にとって絶望の扉が、ゆっくりと開いた。







「おばあちゃん!」


私にそう呼びかけるのは、幼いころの私にそっくりな少女。

そばまで駆け寄ってくると、息を整える間もなくその手のものを私にくれた。


「まあ、よくできたお花のお冠ね」

「ほんと!うれしい!

 前におばあちゃんに習ってから頑張って練習したの!」

「えらいねぇ」


私がにっこり笑って頭をなでてやると、少女はうれしそうにはにかんだ。


「私、もう一個作ってくる。

 お母さんにもあげるんだ」

「それはいいわね。気を付けていってらっしゃい」


手を振って急いで駆け出す少女、私の孫をこちらも手を振って送り出す。

その後ろ姿を見ていると、なんとも言えない気持ちになった。

まさか自分に。


奴隷であった自分に孫ができるなんて。


あの日のことは今でもよく覚えてる。

着いた場所はとてもお屋敷とは呼べないこじんまりとしたレンガ造りの家。

私を運んだ奴隷商の男も、中から出てきた青年を疑いの目で見ていたわ。

本当に私を買うお金があるのかどうかってね。


でも青年は普通の倍以上のお金を男に渡したもんだから、男は喜んで私を売ったわ。

私も見たことない大金に驚いちゃって。

あの時ほど目をまん丸にした覚えはなかったわ。


しかももっと驚いたのは、そのあと。

家に入るなり、青年は私の奴隷の証である首輪をひょいっと、ほんとうに軽い動作でとってしまったの!

その時はあごが外れるかと思ったわ(実際外れそうだったわ)。

それで、一言、こう言ったの。


「それじゃ、これから家族になるんで、よろしく」


本当におかしな人だったわ。

奴隷を買って、家族にするなんて!

きっと私をだます嘘なんだって、その時は思い込んだわ。


でも、その人は私が嫌がることを何にもしなくて、むしろうれしいことばっかりしてくれた。

どこから出てくるのか、お金だけはたくさんあるものだから、何にも困ることはなかったわ。

さらに、私がその人にある程度心を許せるようになると、いろんなことを教えてくれたわ。

まさか村出身の私が勉強することができるなんて思いもしなかった。


そして、私が成人するまでにお金を稼ぐ方法もたくさん教えてくれて、

成人してからは自分が使うお金は自分で全部稼いだの。

その稼ぎ先で今の夫と出会って、相思相愛になって、結婚して、子供が生まれて…

本当に幸せになれた。

今でもその幸せは続いているわ。


でもね、ひとつだけ悲しいことがあったの。

私の恩人だったその人が、私が結婚したその翌日に突然…いなくなってしまったの。

狭い家だったから探す場所もほとんどなくて、部屋に手紙がぽつんと置いてあったのを見つけたわ。


「またね」


その一言だけ、書かれていたの。

それまでとっても不安で悲しくなってた気持ちがスーッと楽になったわ。

ああ、あの人らしいって。思わず笑ってしまったわ。


それに、あの人がどこに行ったかはわからなかったけど、私もまた会えると思っていたわ。

こればっかりは、女の勘ね。

きっといつかまた、必ず会えると信じている。

もうあれから60年以上たった今でも。


だからそれまで、私は自分の幸せを満喫することにしたの。

そして、その幸せだった出来事をあの人に話すことにしたわ。

それが恩返しになると思ってる。


最近、その日が近いんじゃないかと思ってるの。

これも女の勘ね。なんとなくあの人が頭に思い浮かぶようになったの。

楽しみだわ。私があの人にお礼を言える、その時が…


ああ、孫が帰ってきたわ。ちゃんと手を洗うよう言わなくちゃ。







誰も思いもしないだろう。

この一度は奴隷となった少女に、勇者となる未来がありえたことを。

奴隷先で力に目覚めてしまい、本来なら勇者と共に戦えたはずが一人で戦うことになってしまうことを。

その未来で、少女は魔王と戦い、最後には世界を消してしまう激突になってしまうことを。

少女が老婆となった未来で、魔王と戦った勇者も、魔王も、この世界の誰もが知ることはできない。


「すべては…ってね。

 それにしても





 やっぱり女の勘は、怖いね」


どこかで、誰かが、笑った。

もちろん、少女から見れば救済です。

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