『よくあること』
※※この作品はフィクションです。実在する人物、場所等と関係はありません。
今さら線香をあげに訪ねてきた男・西野を、適当なすいている喫茶店へ誘いだした。
仏前に長居せずに済み、露骨に安堵しているようだった。その癖、こちらの態度を油断なく探っている男――――本当にこいつは亡くなった姉の梨香の恩師であり、交際相手だったのかと聡は未だに思う。
「縁談の邪魔になるから私が梨香さんを殺しただなんて、テレビじゃあるまいし。だいたい、どこに証拠がある?」
ああテレビね。確かに古い二時間ドラマじみた台詞だと、心の中で聡は毒づく。
「殺した、とは一言も。」
硬い音を立ててコーヒーカップを置いた。
「ついでに……教え子だった姉と関係を持ったのも断ったのも、あなたの一方的な選択だったとは僕はまだ言ってません。今言いましたけど。」
聡はまっすぐに相手を見た。
「つまりね、姉の自殺の原因はあなただと指摘しているだけです。西野先生。」
せんせい、を強く発音したのは意図的にである。喫茶店の有線から流れてくるご陽気な流行曲とは対照的に、さらに西野は顔色を悪くした。
客は相変わらず聡と冷や汗まみれの西野だけ、一人きりの店員はカウンターの奥で携帯いじりに夢中、という状態がしばらく続いている。
ひと回りは年下であろう少年に傷つけられたプライドを沈黙の時間で回復させたのか、先程までの汗をぬぐって西野は喋りだした。
「ふん、ガキの分際で大人を脅してお前の目的はなんだ。言ってみろ。」
聡は眉を吊り上げた。
ずっと平静だった敵のわずかな変化に気をよくし、口の端を歪めてさらに西野は言う。
「あいつはな、梨香はゲームに負けたんだ。いわゆる恋の駆け引きだ。大人の世界ではよくあることなんだよ、ははっ。わかるか?シスコンの童貞くん。」
この古ぼけた喫茶店に入ってから初めて、やっと自分から聡の目を見た。
「よくある、か。」
にらみ合う数秒ののち、聡は先に視線を外した。唐突に「もう用はないので帰ります」と言うと一万円札を取り出し、西野のカップの横へ置いて立ち上がる。
「ガキにおごってもらうほど安月給じゃないが。」
大げさに肩をすくめた西野に対し、帰るそぶりを見せながら「でも」と続けた。
「逆玉を狙うくらいには貧困でしょう?サトミさんが、よくある話過ぎてみえみえだって小馬鹿にしてましたよ。まだ婚約期間中なのに、もう亭主気取りでうんざりだとも。」
「サトミ……沙都美?……え……」
「確か社長令嬢だか親族は政治家だとかで裕福な、あのサトミさんですよ。コーヒー代のおつりは、彼女に西野先生が渡しておいてください。元々は彼女の方から、事後に押しつけられたお金ですから。」
「おいっお前!どういうことだ!」
肩をつかんできた手を軽く払うと、聡は微笑んだ。
「そ、う、い、う、こ、と、ですよ。――シスコンの方は認めますけどね。」
(終)