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浮気初心者の侯爵令嬢、なぜか王太子に囲い込まれる

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/05/23

 私の好きな人は妹の事が好き——。



 下級学園の三年生で15歳になる妹の侯爵令嬢ミルフィー・フォン・ローゼンバーグ、通称ミリーが、同級生の王太子から家に行きたいと迫られているとか。


 私、上級学園の三年生、18歳のアデレード・フォン・ローゼンバーグ、通称アデラのクラスにも聞こえて来た。


 可愛い妹のミリーは上級生からも人気がある。


 私の同じ歳の婚約者の侯爵令息エドワード・クライスト、通称エドも動揺していた。


 エドは、同じ侯爵の令嬢で婚約者である姉の私アデラとは上手くいってないわけじゃない。


 ただ、妹ミリーの方がより好きなだけだ。


 私と出かけていても特につまらない風でもなく、楽しいことがあれば私と一緒に笑って過ごす。


「楽しかったね、アデラ」


 ただ、出かけた後に家まで送ってくれた後に、ミリーに会うと、それまで以上に嬉しそうに微笑むのだ。


「……ミリーこんばんは……!」


 今日の一日は私と過ごしたんじゃなく、ミリーを一眼見るための時間だったのだ。


 妹ミリーの方もエドが好きなのはバレバレ。

 私たちが帰る時にはいつも玄関近くでウロウロしている。

 たまたま居ただけ風を装ってはいたけど、エドの顔を見て極上の笑顔を見せて、戻って行く。


 そんなわけで、想い合う二人が、一目だけ姿を見るだけの為に、私を一瞬だけ無視する。

 休日のエドからの私への誘いは全部この一瞬の為なのではないかと思う。


「アデラが行きたくないなら仕方ない……。また、誘うよ……。はぁ、ミリー……」


 たまに誘いを断ると、エドはものすごく悲しそうな顔をするけど……ミリーに会えないからよね?


 なんだかとても悪い事をした気分になる。


 でも、あの一目だけの逢瀬に休日を一日潰されるのはコスパが悪い。


 だから私はエドに、妹のお土産を買おうと提案するようになった。


「え!? ミリーに!?」

「エドが選んであげて、きっと喜ぶと思うから」

「わ、分かったよ、アデラ!」


 家に帰って、エドがミリーにお土産を渡して一言二言の言葉を交わしていたのが、十分二十分、一時間になっていって……報われた気がするわ。


 エドに一日付き合うコスパ——というかこれはタイパね、が良くなった。

 これくらい婚約者を無視してくれるとかえって気持ちがいい。


「アデラには青が似合うから、ブルーサファイアのものを買ったんだ。ミリーにはピンクが似合うと思ってこれにしたんだ」


「お姉様のついで、ですよね……。それでも、嬉しいです、エドワード様」


 あ、ミリーがお土産が私のついでだと思っている。


 エドがナチュラルに選んだミリーのピンクのネックレスは私の十倍の値段がするって言うのに……!

 流石にここまで差をつけられたらキレそうだったのに!


 エド、最近、調子に乗りすぎだと思うけど!

 

 払ったコスト分の元は取りなさい! 誤解させてどうするの!?


 って、言いたいのに言えない……。


 私がエドの正式な婚約者だから、エドがミリーを好きだなんて感じさせるような事は、私の口からは言えないの。


 今が歪な状態なのは分かってる。

 だから、私は、ここまで想い合ってる二人のために、身を引こうと思う!


 思ってはいる……。


 ただ、身を引いた後の私は、身を引いて誰にも愛されなかったらと思うと心配です。


 この国では身分制度が絶対で婚姻関係にも色濃く繁栄されている。


 王族に嫁げるのは公爵家の令嬢と決まっているけど、王太子本人が強く望めば侯爵家ならば婚姻出来る。


 王族以外も同じで、ほぼ同階級の貴族との婚姻しか認められておらず、強く跡取りが望んだ場合のみ一つ格下の相手とも婚姻出来るようになる。


 同格の良い家の相手を見つけようと思ったら、早いうちからの婚約が有効で、長男長女は幼い頃から親の決めた婚約者がいて、18歳にもなれば婚約者が確実にいる。


 身分制度と男子が優位なこの国で、年頃を過ぎてあぶれてしまったような女子は、一生実家の世話になって肩身の狭い思いをする。


 平民になって下級貴族に嫁ぐ者もいるが、愛し合っていた夫も一度平民になってしまえば愛も冷めてしまうらしい。

 酷い扱いを受けても、上級貴族の令嬢が離縁して平民として生きることもできないので耐えるしかないと聞く。


 だから——!


 愛される練習をしたいと思います。


 婚約者がいる間に浮気相手を作って、私でも愛されることを証明したい!


 浮気相手を作れたら、自信を持ってエドとお別れできます!


「どうしたの? アデラ?」

「……なんでもありません。でも、エド、楽しみにしてください、すごいプレゼントがありますから……!」


「?」


 私は、義務感から愛してるふりをする優しい嘘に甘えるのはやめにします!


◆◇◆


 クラスメイトの令嬢に教えてもらいました。


 私の通う学園は王侯貴族御用達で身分制度の事情から、みんな幼少期から婚約者が決められている。


 だからこそハメを外したいと、浮気相手を探す夜会が行われているらしい。


「では、アデレード様、パートナーの男性と一緒に来てください。私の馬車に四人乗れますから、一緒に行きましょう」


 クラスメイトの令嬢はそこまでお膳立てしてくれたけど……。


(……え、浮気相手を探すのに浮気相手がいるの?)

 

 浮気相手を作るのに最適と噂の夜会に行くのに、パートナーが必要とは!?


 エドを誘う……?


 親しい男性のクラスメイトもいないし……。


 こんな事なら、前世でもっと浮気しておくんだった。

 何も考えずに、一人の男性と添い遂げてしまったわ。


「どうすれば、一緒に夜会に行ってくれる人が見つかるでしょうか……」


 思わず、そんな風につぶやいてしまう。


「あの、僕が一緒に行きましょうか?」


 声がした。


 振り返ると学園の男性が立っていたけど……。


 背が高くて上級学園の三年生の男性達とそんなに変わらない見た目をしているけど、制服が違う。


 下級学園の生徒のよう。

 少なくとも3歳は年下だ。


「話が聞こえて来てしまって……。浮気相手を探す夜会、とっても興味があります」


 まさか、下級学園の一年生で13歳ってことはないと思う。

 多分15歳なんだと思う。


 それでも浮気なんて早すぎます。


「私も浮気は初心者なので、下級学園の生徒さんの面倒は見れないの。せっかくだけど、今回はお断りしますわ」


 私は笑顔でお断りした。


「でも、僕が一緒にいかないとアデレード様も夜会に行けませんよね」


 う、その通り……。

 浮気初心者どころかパートナーすら見つけられない為に、浮気に門前払いを食らっています。


「あれ? なぜ私の名前をご存知なんですか?」


「僕はミリーのクラスメイトなので、お姉様の事も知っているんですよ。レオニード・ベルモンドです。レオって呼んでください」


 にこりと笑うレオ。


 普通はクラスメイトというだけで家族構成なんて知りません。


 彼……レオもミリーを好きな男性のうちの一人なのね……。


(私に声をかけたのは偶然? 姉と知り合いになって外堀から埋めていこうって作戦か……)

 

 ミリーには今のところ婚約者はいないし、相手がいればいつでも婚約が出来る。


(ミリーが別の人と婚約したら、私が身を引く意味がなくなってしまう……どころか、あんなに好き合ってる二人を引き裂く事になってしまうわ……)


「浮気に門前払いされてる場合じゃなかった……! レオ、お願いします! 一緒に行って下さい!」


「はい、喜んで! ……ところで、浮気に門前払いってなんですか?」


◆◇◆


 クラスメイトの令嬢の馬車で夜会に向かいます。


 これから浮気相手を探す大事な夜会なのだけど。


 家を出る時に、妹のミリーが心配そうにこっちを見ていたのが気になります。



——「明日はエドワード様とお出かけなさらないの?」


「ええ、今夜は友達の夜会に誘われたしまったので、明日は、やめておきます」


「きっと、お姉様と出掛けられなくて、エドワード様ががっかりしてますね……」


 寂しそうなミリーの笑顔に、妹もがっかりしている事が分かった。


 一度の週末くらい会えなくても良い気がするけど……。


「それに、きっと来週もお姉様はおでかけ出来ないと思います」


 ミリーが申し訳なさそうに言う。


「? どうして?」


「王太子様に家へ遊びに来たいと言われて断っていましたが、さすがに断り辛くなっていて、一度お招きするしかないと思うんです」


「……あら、そうなの?」


 学園の中では身分差によっての力関係の不均衡や争いは禁止されているけど、外の世界と地続きである以上は完全には切り離せない。


 家に来て、その場で即、王太子とミリーが婚約するなんて事はないと思うけど……一度招いてしまったら別の男性と婚約はし辛くなるわ……。


 その前にエドとミリーを婚約させないと……。


「……エドワード様がいるのに……王太子には聞いていただけなくて……」


 ミリーが涙目になっている。


 胸が痛む。


 エドを好きなことを隠してるつもりのミリーが思わず本音を漏らしてしまうほど、追い詰められている。


 今夜、私がしっかり浮気しなくてわ——!

 


 浮気相手を探す夜会の馬車の中、令嬢が連れてきたのは、同じくクラスメイトの令息でした。


 二人ともの婚約者もクラスメイトですけど……仲が良さそうだと思っていたのに。


「婚約者の事は世界一愛してますよ。だからって、一人に縛られるのは嫌なんです」

「だよね〜。結婚したら絶対に浮気なんてできないもの、今のうちに遊んでおかないとね」

「ね」


 結婚しても浮気しそうな感じの二人ですけど……。


 たぶん、浮気中級者から上級者レベル……!

 私もこれくらいを目指したいですね!


 政略結婚が当たり前の貴族社会では既婚者の浮気は珍しくない。

 私の両親は仲がいいと思いますが、18歳にもなると、仲がいいと思っていた人たちの実情を教えてくれる人がいて……。


 一部の例外を除いては、貴族社会の婚姻では飲み込んでいかなければいけない事なんだと思います。


 だから、浮気の練習をして、達人レベルを目指すのもいいと思います。



「アデレード様、変な事を考えてませんか?」


 レオに聞かれる。


「変な事ってなんですか? 真面目に浮気しようと思ってるだけですよ」


(……変な事です……)



「アデレード様、レオ様とは何処でお知り合いになったんですか? 上級学園ではお見かけしませんが……」


「レオは……」

 私が答えようとするとレオは私を遮って答えた。


「僕は、別の学園に通っていて、アデレード様に一目惚れして声をかけたんです」


「あら、そうなの! まさかアデレード様にこんな素敵な浮気相手がいたなんて思いませんでした! エドワード様一筋だと思っていましたよ!」


 令嬢が褒めてるのか貶してるのか分からない事を言う。


「エドワードとは親同士が決めた婚約者で、仲はいいですけど一筋というわけでは……」


 私が一筋に思う方は別にいます。


 でも、愛されることはない人だから、別に愛される練習をしなければいけません。


「アデレード様?」


 暗い表情の私に気づいてレオが心配するような表情で見てくる。


「な、なんでもありません! さあ、張り切って浮気しますよ、レオも後で私を参考に浮気してください!」


(もうここまでの時点で、アデレード様を浮気の参考になんてできないけど)


◆◇◆


 夜会の会場は下町にあった。


 貴族の令嬢や令息が尋ねるような場所ではないけど、平民の中でもお金を持った者たちが集うサロンとして使われてるらしく、外観はとても豪華で明るい雰囲気だ。


 浮気相手を探す夜会という怪しげな雰囲気はない。


「アデレード様、こんな所に来たことがあるんですか?」


 令嬢たちと別れてレオと二人っきりになっていた。

 レオは不安そうに私の顔を覗き込む。


 私はレオの不安を取り除くことにした。


「この場所には来たことがないけど、下町には来た事はありますから、大丈夫ですよ。私に任せてください!」


 子供の頃に国を挙げてのお祭りがあって、下町に来たことがあった。


 たくさんの出店と仮装した人たちだいて、不思議な雰囲気だった。

 楽しくてキョロキョロと歩き回っているうちに迷子になってしまって……あの方に出会ったのだった——。


 迷子になった事は不安にさせてしまうから、レオには言わなくて良いと思う。


 あの時は、あの方に頼りっきりだったけど、無事に帰ってこれたんだし、私は下町慣れはしているのよ。


「……アデレード様! そっちは水たまりです」


 レオが私の身体引き寄せる。


 見ると、レオの言う通りに水溜りがあった。


「アデレード様、下町の道は貴族街のようには石畳が敷かれていないんです。気を付けて歩かないと、ドレスが泥だらけになりますよ」


 下町慣れしてるのに……これじゃ、下町のこと全然知らないみたい。


 カアァッと顔が熱くなった。


「こっちですよ、アデレード様」


レオが私の手を取ってサロンの入り口まで綺麗な道を連れていってくれる。


「子供の頃に来た時はずっと晴れていたから、水溜りなんてなかったのよ……」


「そうですよね。あの時の、一度しか来ていないなら気付きませんよね」


「一度と言っても迷子になったんですよ! 普通ではいけない場所にも行きましたよ」


 私はつい言い返すのに迷子になった事を話してしまう。


「ごめんなさい迷子になったことがあるなんて、私に頼り切っているレオを不安にさせるような事を言ってしまって。でも、子供の頃のことですから、もう大人になった私は大丈夫ですよ」


 レオに言うと、レオは複雑な顔をしていた。


(本気で自分を頼りになるお姉さんだと思ってる……)



 サロンの中は外よりも一層豪華だった。


 重厚な家具と照明の暗さに、少し怪しい雰囲気が出てきていた。


「あ……」


 キスしたり抱きあったりしてる人がたくさんいる。


 私はドキドキしてレオの服の裾を掴んだ。


「怖くなっちゃったんですか?」


 レオがクスッと笑う。


「た、楽しみになったんです!」



「アデレード様も浮気相手を探しに来ていたんですか!」


 声をかけて来たのはクラスは違うが同級生の侯爵家の令息だ。


 彼と伯爵令嬢が困難を乗り越えて、婚約した経緯は同級生ならみんな知ってる。


「どうしてあなたがこんな所に!」


「アデレード様だって同じ立場でしょう。あなたの事を狙っている人は多いから、俺が一番に声をかけられて良かった。俺とあっちの個室に行きましょう」


「本当ですか!?」


 私を狙っている人が多いという言葉に嬉しくなる。


「アデレード様、ダメですよ、こんな人は。すぐ捨てられますよ」


 レオが必死に止めようとする。


「一度でも浮気できたら、愛されたって証明されるから良いじゃないですか?」


「それは、愛されたじゃなく、遊ばれたです」


「違うんですか?」


 レオが頭を抱えている。


「私、エドとは手を繋いだ事もキスした事もないんです。愛されるって、誰かから手を繋ぎたいとかキスしたいって思って貰えるって事でしょう?」


 レオが崩れ落ちた。


「ど、どうしたんですか、レオ!」


 レオはしばらく床を見つめると、急に立ち上がった。


「アデレード様、婚約者がいるのに、ずっとそんなに寂しい思いをしていたんですか!?」


 レオは私の手を握る。


「僕がいくらでもつないであげますよ。キスだって……」


 レオは私の手に口付けしながら上目遣いで私を見た。


 目があってドキっと胸が高鳴る。


「でも、レオは年下だし……私は、年上の自分よりしっかりた頼りになる人が好きなんです」


「アデレード様、僕があなたよりしっかりしてなくて頼りなかったことありましたか?」


 レオが笑顔を貼り付けて聞いてくる。


「ないけど……年下だし。知り合ったばかりだから、たまたまそう言うことが続いただけで……」


 あの方だけは年下でも例外だけど。


「個室ってどこですか?」


 レオが私の話は無視して、さっきの侯爵令息に聞いている。


「予約しないと使えないぞ」


「あなたがアデレード様の為に予約した分を使いますから大丈夫です」


「僕の顔を見ても、誰かわかりませんか?」


 笑顔のレオが耳元で何か囁くと、侯爵令息は個室の鍵をレオに渡した。


「え!?」


「行きましょう、アデレード様」


 レオに手を引かれて個室の中に入っていった。


◆◇◆


 個室の中にはソファがあるだけだった。


 一人用よりは大きいけど、二人用には物足りないソファが狭い部屋に置かれていた。


 完全に男女が密着しなければいけない場所で、私はソファに座ったレオに抱きしめられていた。


 レオって歳下なのに、よくわかってるみたいで、もしかして浮気上級者だったの!?


 レオの心臓の鼓動が聞こえるくらい密着すると、レオの私に回された腕の熱が伝わってくる。


 俯いてレオの胸元ばかりを見ている私にレオの熱い吐息がかかる。


 息をして血を全身に送り届ける血管の音がした。


 生きている男が、私を求めてる。


 私は、愛されてる——。


 涙が溢れると、私の身体が嗚咽で揺れた。


 レオはもっと強く私を抱きしめてくれる。


 レオが私の顔を上げさせると、レオの唇が私の唇に近づく。


「ダメです。レオは15歳だから、キスは早いです」


 泣きながら私が拒むと、


「ええ!?」


 レオが不満の声を上げた。


「……分かりました……」


 渋々納得して、私を抱きしめて髪を撫でてくれる。


 私は泣きながらレオの熱を感じている。


「愛してますよ、アデレード様」


 レオが私を愛される女にしてくれた——。

 



 しばらく経って、落ち着いて泣き止んだ私にレオが言う。


「僕と浮気してくれますね?」


「それはできません」


 レオがまた笑顔を貼り付けて固まった。


「この流れは絶対に、はいって言う流れでしたよ」


「私は年上の人が好きなんです。たった一人だけ、大好きなあの方以外は年下は好きにならないんです。それに、レオはあの方に似ているから、浮気よりほんとうに好きになってしまいそうだもの」


「アデラ様、好きな人がいるんですか!?」


 レオが声を上げた。


「なんでそんなに驚くの……。私にだって、好きな人くらいいます」


「……ダメですよ。浮気なら許すけど、アデラは僕以外を好きになっちゃいけない……」


 暗く小さくつぶやく。


「……?」


 なんて言ったのか聞こえなくて不思議に思っていると、レオは今度はニッコリ笑顔で聞いてくる。


「なんて言う人ですか?」


 すぐ側で圧を感じるけど。


「それは言えません。一方的に私が好きなだけだし、多分、あの方は覚えてないと思いますから」


「エドさんと婚約破棄してその方と婚約するんじゃないんですか……?」


 拍子抜けしたようにレオの声が柔らかくなる。


「む、無理よ! あの方と婚約なんて考えてないわ。元気に過ごされていればいいの……」


 言ってから、自分の嘘に気づく。


「……違うわ……エドと婚約破棄しようと思ったのも、あの方の恋を邪魔するため……。やっぱり、私は悪い女みたい……」


 私を好きになってもらえないないからって、好きな人の不幸せを願うなんて……。


「アデレード様好みで、エドワード・クライストと女性を取り合ってる人……? エドさんを好きなんて物好きな女ミリーの他にいるのか?」


 またレオがぶつぶつ言ってる。


「誰か知らないけど、じゃあ、アデラ様はやっぱり僕と浮気すべきですよ! エドさんの前に浮気相手として僕を連れて行って、この人と婚約したいって言えばすんなり婚約破棄できます。

 僕と遊びの浮気ができないなら、本気の浮気相手にしてください」


 レオが真剣な顔を近づけて来る。


「……でも、それじゃレオが私の婚約者になってしまいますよ」


「僕はあなたの本気の浮気相手になりたいんです。婚約しても問題ありません」


 にこりと笑う。


「うーん……そうですね」


 私は決めた。


◆◇◆


 王太子が家に来ると言う。


 ミリーは同級生の、しかも王太子にずっと家に来たいと言われて断れなかったらしいと言うのは聞いたけど、来週のはずが、明日来ると言う。


 同級生として来るから、正式な訪問ではないけど。


 エドとまだ婚約破棄出来ていないのに!


 せっかく昨日の夜会で、愛される練習もできたのに……。


 エドはミリーのことが心配でたまらない感じだったから、婚約者の私が明日の家に誘う。


 なんとか王太子とミリーと一緒の席に、私たちも同席出来ないかと思っていたら、ミリーからエドも同席して欲しいと言われる。


 王太子の希望らしいけど……。


 どうしてだろう?


 王太子とミリーの婚約の証人にする為に呼ばれた気がして、ズキっと胸が痛んだ。


 ミリーとの婚約をなんとか阻止したい。


 私は王太子が来る前に、エドと婚約破棄して、エドとミリーを婚約させる方法を考える。


 でも、無理だ——。


 正式な婚約破棄と婚約には書類の提出が必要で、それぞれ一日はかかる。


 あの方——王太子の恋路を邪魔しようと思っていたのに、間に合わなかった。


 また、妹のミリーに、好きな人を奪われる場面を見せつけられる……。


 婚約者のエドのことは好きだけど、恋愛じゃない。

 親同士の決めた婚約者だから、愛されないのも仕方ない。


 エドがミリーの方が好きな事は悲しかったけど、エドならまだいい。


 でも、王太子様とは約束したのに……。


 迷子になって助けてくれた時に、王太子様が言ってくれたのに——。


 五年前だから、私は13歳で王太子様は9歳だった。

 小さかったから、王太子様は私のことを忘れてしまったんだろう。




 ——下町のお祭りの日、私は王太子様と出会った。


 お父様とミリーと一緒に下町のお祭りに出掛けて、13歳の私は迷子になってしまった。


 お祭りは初めてで、出店と仮装した人たちにキョロキョロして歩いていたら、見知らぬ場所に着いていた。


 お祭りの雰囲気とは違う暗い雰囲気に、ここがいつもの下町の姿なんだと思った。


 石の壁の家から人の声が聞こえてくる。


 ただの日常会話だったんだと思うけど、大人の男の声が恐ろしいものに思えて、身体がこわばった。


「どうしたの? お姉ちゃん」


 後ろから急に声をかけたれて飛び上がった。


「ごめんなさい、驚かせるつもりじゃなかったんだ」


 見ると、身なりのいい男の子がいた。


「お姉ちゃんが迷子になりそうだから、着いて来たんだ」


 そう言われてホッとする。


「帰り道がわかるの?」


 喜んで聞くと、


「分からなくなっちゃった……」


 男の子が泣きそうな声で言う。


 私はガッカリしたけど、男の子の手を取った。


「大丈夫よ、お姉ちゃんが一緒だから、すぐ帰れるわ。心細かったから、私を気にしてついて来てくれて嬉しいわ」


 にこりと笑いかけると男の子も笑った。


 帰り道は一緒に探したけど、


「こっちの気がするわ」


 私が進む方は、ことごとく暗い雰囲気や行き止まりだった。


「あっちの方が建物が古くなっているから、お祭りのある新しい通りとは逆かも」

「こっちから人の声がたくさん聞こえてくるよ」


 男の子に言われて向かう先はだんだん賑やかになる。


 祭りの行われる通りに出て、私はしゃがんでホッと涙を流す。


「お姉ちゃん、年上なのに頼りないです……」


 男の子に言われてしまう。


「う、最初にあなたも迷子って聞かされた時は年下の頼りない子だと思ったけど、あなたは頼りになったわ。私を助けに来てくれて、本当にありがとう」


 素直にお礼を言うと男の子が真っ赤になった。


「お姉ちゃんが手を握ってくれたから、頑張れたんだ。これから、僕が、お姉ちゃんをずっと守ってあげるよ!」


「うん、お願いします」


 男の子がますます赤くなった。


「お姉ちゃんは僕のものだね。愛してるからね」


「はい、私も愛してます」


 そんな話をしながら、祭りの警備をしていた騎士に迷子だと事情を話す。


「お、王太子様!」


 私と男の子は気付いたらバラバラに家族の元に帰って行った。


 私は、騎士が彼を王太子と呼んだから、彼の正体を知ることが出来た。


 きっと、忘れられてしまうだろうけど、私は忘れない。


 王太子様が大好きだって、強く思った。


◆◇◆


 王太子様を待つのは明るいテラスだった。


 太陽の光が気持ちよく降り注ぐのに、私、エド、ミリーは、3人とも暗く沈んでいた。


 五年前に会った王太子様はいまはどんな風に成長しているのか、楽しみだったけど、目の前でミリーと仲良くされるのは嫌だった。


 ただ、私には夜会で作った本気の浮気相手のレオがいる。


 五年前の王太子様がそのまま大きくなったみたいでとってもカッコいい。

 好きになってしまわないようにするのが大変だったけど、本気の浮気相手になってくれた。


だから、ミリーに王太子様を取られても耐えられると思う……。


 気づくと王太子様がいらしていた。


 私たちは、玄関ホールで王太子様をお迎えした。


 エドはミリーの横で王太子様を警戒している。


「ようこそいらっしゃいました、レオニード王太子殿下」


 ミリーが挨拶する。


 そう、王太子様の名前はレオニードと言って、偶然にもレオと同じだった。


「ミリー、お招きいただきありがとうございます」


 そして、ミリーに挨拶する王太子様は五年前からそのまま大きくなったみたいで、レオにそっくりだった……!


 まるで本人みたいに、似ていて……。


「レ、レオ……!?」


 私は礼儀を忘れて呼びかけてしまう。


「はい、アデレード様」


 王太子様が一昨日の晩に別れた浮気相手と同じ顔で微笑む。


 ……。


 どう言うことでしょうか……?


「レオが……王太子様だった……?」


 私は間の抜けた声で答えた。


「そうです。どうして、すぐに気付いてくれなかったんですか?」


 王太子様……レオが言う。


「だって、王太子様が私に話しかけてくるなんて思わないでしょう!?」


「僕はずっとあなたに会いたくて仕方なかったのに……子供の頃に会った事を忘れてしまったんですよね」


 レオが悲しそうな顔をする。


「わ、忘れたのは、レオでしょう? 私のことなんて覚えてるわけないもの……!」


「ずっと守るって約束したお姉ちゃんの事を忘れたりしません。……ただ、僕も子供だったから、すぐにあなたを探し出せなかったんです」


 レオはずっと私を探していてくれたの?


 五年前からそのまま大きくなったみたいな顔で見つめられたらドキドキしてしまう。


「どうして、会った時にすぐに教えてくれなかったの……?」


「それは、忘れられていると思っていたし、覚えていても子供だったから僕は恋愛対象には見られていないと思って、初めて会ったことにした方がいいと思ったんです」


 レオが悲しそうに言うけど、次には笑っていた。


「まさか、アデラも僕の事をずっと好きでいてくれてなんて思いませんでした。あの方って僕の事ですよね?」


 レオがにこりと極上の笑顔を向けてくる。


 私もレオが王太子様だって思ってなかったから、何度もあの方が好きって目の前で言ってしまった……。


 しかも、本気の浮気相手にするって言ったし……同じ人を二度も好きになってしまいました。



「ちょっと待ってレオニード様! お姉様にはエドワード様がいるから、近づかない約束です!」


 見つめ合って話す私とレオに、ミリーが言う。


「どうしてもお姉様に合わせてとおっしゃるから、仕方なく今日はご招待したのに……。エドワード様とお姉様は毎週必ずお出かけになるほど仲が良くて、愛しあってらっしゃるのに、邪魔しないでください!」


 ミリーが怒っている。


「え? 王太子様はミリーに会いに来たんじゃないんですか?」


「僕はずっとアデラに合わせてとミリーにお願いしてたんです。ミリーには学校で会えるのに、なんで、家に行く必要があるんですか?」


 王太子様がミリーを好きだって言うのは最初から勘違いだったの?


「でも、エドも王太子様はミリーが好きだって、勘違いしてたわよね?」


 エドに聞くと、黙っていたけど、口を開いた。


「僕はミリーから王太子様がアデラに会いたがってるって聞いて、アデラの事が心配だったんだ」


「……エドはミリーが好きなんじゃないんですか?」


「それは……ミリーの事は好きだけど、アデラの事も嫌いじゃないし、婚約者は君なんだから心配するだろう。ずっとミリーに協力して貰ってアデラに僕を好きになってもらおうと努力したのに、ダメだったけど」


「……ミリーに私より高いネックレスを買ってたじゃない……」


「……高かったの? 宝石の事なんて知らないから、似合う色で選んだんだけど」


 エドは私のことを嫌いじゃないし、愛そうとしてもくれていたんだ……。


 私が、エドがミリーを好きだって知って、エドのことを諦めてた……。


「今更遅いし、アデラは最初から僕のものでしょう。僕は自分のものを取り返しただけですよ」


 レオが割って入ってくる。


「アデラとエドの婚約は破棄ですよ。ね、アデラ?」


 私はレオに聞かれて答える。


「はい、エドとの婚約は破棄します! 私にはレオがいるので。エドはミリーと婚約してください」


 エドとミリーが驚いている。


「お姉様、私とエドはそんな……」

「アデラ、僕はミリーと婚約したいとは……」


 二人とも言い訳しようとしてる。


「私に振られた同士なんですから、諦めて婚約してください」


「僕がアデラに会うのを邪魔したんですから、バラバラにいられても目障りなので、婚約してもうアデラには近づかないでください」


 レオが無茶なことを言ってる。


 エドとミリーはまだお互いに戸惑っている。


「さあ、今すぐに、ここで婚約してください」


 レオが詰め寄る。


「ミリー、僕と婚約して下さい」

「はい、エドワード様」


 こうして二人は婚約して、私とレオが証人になったけど……無理矢理すぎる。


「邪魔者は片付いたので、アデラ様の部屋に行きましょう。早く二人っきりになりたいです」


 レオに促されて部屋に行く。


 残されたエドとミリーは驚いていたけど、顔を見合わせて赤くなってた。



 私の部屋に入るなりレオが抱きついてくる。


「王太子様は年下なので、ダメです」


「ダメなのは、キスでしょう?」


 レオが不思議そうに言う。


「それは15歳だと思っていたからで、王太子様ならお誕生日がまだだからレオは14歳ですよね? 抱きしめたりするのもなしです」


「ええ!? なんのルールですかそれは!」


 レオが驚いてる。


「でも、婚約者なんだから歳は関係ないでしょう?」


「それもなしです」


「え?」


 レオが驚く。

 

「だって、私、浮気しようとしていたのに、王太子様には相応しくありません」


 そして呆れる。


「あんなに浮気するのに苦労する人は、多分いないと思います」


「そ、それは本当に好きな人がそばにいなかったからで……今は、レオがいてくれるから、上手に浮気できるようになったと思います」


 レオが固まってる。


「う、浮気するつもりなんですか? アデラ」


「はい、せっかく浮気初心者から中級者くらいになれたので、浮気の達人目指してみます」


「何が出来たら浮気の達人なんですか……?」


「そうですね……浮気相手と一生添い遂げることでしょうか……?」


「……じゃあ、本気の浮気相手の僕とずっと一緒ですね!」


 レオはそう言って私を抱きしめられる。


「だ、抱きしめるのは15歳まで禁止です」


「大丈夫です、アデラ。僕って本命がいるのに、僕と本気の浮気してるアデラは、とっても悪い女なので、ルールは破っても良いんです」


「そうなんですか?」


 騙されてる気がするするけど、レオといるととっても幸せです。


 私はレオに深く愛されて、優しくキスされていた。


【終わり】


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