ep64 乙女の聖域
……一四〇〇(ヒトヨンマルマル)。
私は、霧ヶ峰の涼風に別れを告げ、都会という名の「灼熱の小惑星帯」へと帰還を開始した。
先行するのは、Mちゃんの駆る可愛らしい警戒機、ハスラー。
「……エアコン直るまで私の部屋に泊まりませんか?」
その一言は、私の脳内コンピューターに過負荷をかけた。
友人宅への外泊など、数光年……いや、三、四年は経験のない任務だ。
だが、アカネハイツ203号の生命維持装置は依然として沈黙したまま。帰還すれば、待っているのは「ハッカ油の地獄」か「ガリガリ君による延命措置」のみ。
「……了解した。……明後日まで、貴艦のドックを借用させてもらう」
到着したMちゃんの母船は、生活感の中に「可愛らしさ」が溢れる、私の1DK型宇宙船とは異なる次元の居住区だった。
「……せめて、お礼に料理(兵糧)の作成を申し出たが、あえなく却下された。……もてなされる、という行為に、私のセンサーが激しく動揺している」
士官たるもの、常に与える側であれ。
そんな不器用な矜持が、Mちゃんの「わーい、お泊まりだぁ!」という天真爛漫なパルスによって霧散していく。
そして何より、この部屋には……。
「……涼しい。……エアコンが、効いている。……これだ。文明の利器とは、これほどの幸福を運んでくるものだったのか……」
私は、Mちゃんが淹れてくれた冷たい紅茶を啜りながら、都会の猛暑を遮断する壁の厚さと、文明の恩恵に咽び泣いた。
今夜は、オイルの匂いもしない、もやしの焦げた匂いもしない。
ただ、友人の優しさと、完璧な室温に包まれた「特別な航海」が始まる。
▼拠点移行・潜伏報告(Temporary Relocation Report)
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【現座標】 : Mちゃん邸・特別客室
【生命維持装置】 : 完全正常稼働(24度設定)
【艦長の心理状態】 : 極度の緊張 & 圧倒的感謝 & 涼しさへの敗北感
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【ミッション・ログ】
・「おもてなし」に対する防衛ラインが完全崩壊。
・ハスラーの後ろをついていくアルカディア号の姿は、まるで大型船を導くタグボート。
・今夜の夕食は「もやし抜き」の可能性が濃厚。
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