婚約破棄の癖が強すぎる~目の前で王太子が公爵令嬢に断罪されているんだが~
「どうして貴方はいつもわたくしの言うことを聞かないの? もう、婚約破棄よ!!」
貴族なら全員が通わなければならない学園の卒業パーティーで公爵令嬢の声が響き渡った。
つり目ではあるものの美しいと言える公爵令嬢の隣には、下品な笑みを浮かべた男性が立っている。
「……婚約破棄?」
妹とダンスをするためにホールに出ていた王太子殿下が段上の公爵令嬢に首を傾げる。
極わずかに動いただけなのに場は王太子殿下の持つ雰囲気に圧倒されていた。
ただ2人、鈍感な公爵令嬢と隣の男性を除いて。
「そうよ!! 貴方ってばアランを虐めたのですってね。ちまちま嫌味を言って心を追い詰めて教科書に落書きまで! 挙句の果てには階段から突き落としたそうじゃない!! アレクが優秀な騎士見習いじゃなきゃ大変なことになっていたわ!」
そう叫ぶ公爵令嬢は自分の方が危険なことをしていると自覚していない。
私は引き攣る頬を扇の裏に隠した。
こっそりと公爵令嬢の弟にあたる小公爵を確認すると、気絶しそうなほど青ざめて震えている。
それほど危機感を持つのなら姉たる公爵令嬢を止めれば良い。そう思ってしまったけれど、代々あの公爵家は女傑なのだ。当主と言えど男性は尻に敷かれている。
今回の断罪騒ぎも、彼女を唯一止められる叔母が亡くなってしまったせいだろう。
だからと言って許される範疇を超えているわ。
王家がどう出るか……。
私は我が家が件の公爵家と関係がないか脳内で確認をする。
幸いうちは裕福な伯爵家で、あの公爵家の寄子になっていない。一緒に立ち上げている事業もなかったはずだ。
それでも公爵家が潰れるとなったら影響が大きい。本当に余計なことをしてくれたものだ。
扇の陰でこつそりため息を着く。
これでは私の婚約者探し所ではない。余波が及ばないように上手く立ち回る必要がある。
私は殆ど口を開いていない王太子殿下に視線を戻した。
隣の王女殿下は額に血管を浮かばせている。ここまでされたら淑女教育もくそもないのだろう。
般若のごとき表情で拳を握る王女殿下は今にも反撃をしそうだ。
「…………で、×××だから…………!! ~~でしょ!?」
もはや何を言っているのか分からない公爵令嬢にふと、王太子殿下が口を挟んだ。
「そうか。君が私に不満を持っていることは分かった。こんな事になっては婚約を続けることも厳しいだろう。婚約破棄に関しては父と話すが良い。元々父の決めた婚約だからね」
あれだけ罵られたのに王太子殿下は全く気にしていないらしい。怒り出しそうな王女殿下を宥めながら和かに微笑む。
こんな時でなければ見惚れてしまいそうなほど綺麗な王子スマイルだ。
「え、ええ。分かったのなら良いのよ」
キラキラ輝く笑みを近くで見た公爵令嬢から勢いがなくなる。どれだけ公爵令嬢の隣に居る男爵家の男の口が上手かろうと、浮かべることの出来ない完璧なスマイルだ。
それでも一度婚約破棄を言い出したプライドからか、公爵令嬢はツンと顎を上げる。
こんなことでは隣の男爵家の子息とも長続きしないだろう。王家をコケにして命が続けばの話だが。
もはや勝敗の決した場で、誰もが王太子殿下の次の行動を見守る。場の支配者はすでに王太子殿下に移っていた。
「さて、盛大に振られてしまった訳だが、私には婚約者が必要だ。傷心を癒してくれるような心優しいご令嬢がね」
当たり前のように告げる王太子殿下に皆が息を飲む。我先にと立候補をしないのは王太子殿下に嫁げる家格の令嬢でフリーの人がいないからだ。
……私を除いて。
嫌な予感を感じながらも逃げ出すことは許されない。
ここは既に王太子殿下の独壇場だ。逃げ出せば悪目立ちをしてしまうし、公爵家に与していると疑われるのも嫌だ。
「ねぇ、リリー? 私を癒してくれないか?」
ゆったりと私に向かって歩いてくる王太子殿下がまるで悪魔の使いのように感じる。この瞬間、私の平穏な日々が砕け散った。
もう婚約者を探すどころの騒ぎではない。
「あの、私では力不足かと……」
いくら裕福だと言っても、うちは高位貴族と呼ばれるギリギリの爵位、伯爵家に過ぎない。王太子殿下妃になれるかは微妙なラインだ。
それに、私は既に一度王太子殿下妃闘いに破れていた。
…………うちが伯爵家であるせいで。
12歳頃まではよく一緒に遊んでいた王太子殿下にもう遊べないと言われた時はショックだった。
小さい頃からずっと一緒だったのに。どうしてと家格を恨んだこともある。
泣いて泣いて泣いて。
ようやく割り切った頃にまた、そんな事を言うのか。
震える声で断る私に王太子殿下が膝まづく。
まるで求婚するかのような姿勢だ。
「私はリリーが良いんだ。どうか……私を選んでくれないだろうか」
いつの間にか私が選ぶ立場になっているような錯覚を受ける。
こんなに近くで王太子殿下を見たのも久しぶりだ。
「ですが…………」
救いを求めて周りを見回す私の手を王太子殿下が掴む。
「愛してる。リリアンナ」
壊れ物を触るかのように手の甲に唇をつけられ、閉じ込めていた想いが溢れ出す。
もう、我慢しなくて良いのかしら。
この言葉に縋っても突き落とされない?
小さい頃、王太子殿下は同じことを言って私に薔薇を差し出してきた。場所は違えど同じように片膝をついて。
その思い出は大人達によって無惨にも壊されてしまったけれど、今度は壊されないで済むのだろうか。
どこか縋り付くような王太子殿下の瞳に、気がつけば小さく頷いていた。
遠くで王女殿下がやれやれと言わんばかりの表情を浮かべ、嬉しそうな王太子殿下の笑みの中に黒いものが混じっていると知らぬままに。




