2-1 寝不足と仕事
とてつもなく頭が重い。翌朝、目覚めた瞬間、シュウの頭は強い眠気と鈍い痛みに覆われていた。寝不足のせいか、まぶたは重く、腕も鉛のようにだるい。布団の中で身をよじりながら、大きく伸びをすると、思わず口からあくびが漏れた。
「ふああ……」
あくびを噛み殺す暇もなく、耳の奥に昨夜の声がこだまする。
「明日、必ず来る!」
ザクレトの声だった。荒々しく、しかしどこか強い確信を帯びたその声。
シュウは布団をはねのけ、ぐったりとした体を起こす。仕入れの時間だ。
寝不足で重い体を引きずるようにして、シュウは台所で水を一口含む。冷たい水が喉を通るたびに、少しずつ目が覚めていく。
昨晩の出来事――あのどこか掴めない深夜の来訪者――が頭をかすめるが、今は仕入れを終わらせなければならない。
人間の国セレナスは、200年近く続く大都市だ。
バーカラビナは、都市の中心から少し外れた場所に構えた。近くには活気ある市場や主要道路もあり、昼間の人通りは夜と打って変わって雑踏で溢れる所だ。
シュウが市場の通りに足を踏み入れる時には、高い位置にある陽の光が街中を焼き付けるように照らしていた。
人々が行き交い、声を上げて品物を呼び込み、露店のカラフルな布や木箱が視界を彩る。シュウは背筋を伸ばし、店のひとつひとつに目をやりながら、人々の合間を縫うようにして市場の中へと進んでいった。
市場の端の暗く影になった場所にある氷屋にようやくたどり着くと、発注量とお店の場所を伝えて約束手形を払う。お店に届けてもらった時に支払うようにしていた。氷は非常に扱いが難しく、それに高価だ。冬の湖から切り出された氷は、濡れた藁を被っていて、その隙間から冷ややかな冷気を覗かせている。
仕入れの時はいつも時間をかけて市場の隅から隅まで見て回るようにしている。
食器を並べる店に立ち寄ったり、果実や香辛料を取り扱う店に行き、慎重に品質を確かめる。手際よく買い物をこなしつつも、シュウの視線は常に市場のあちこちを巡っていた。
茶色の商人――お酒の仕入れ人、謎めいた人物の姿を探すためだ。
市場には多くの人が集まり、通りはざわめきに満ちている。だが、どこを探しても彼の姿は見当たらなかった。
「今日も、見つからないか……。」
肩を落としながらシュウは歩く。膨れた買い物袋は、眠気と相まって体にずしりと重くのしかかる。露店の間をくまなく歩きながら、シュウは心の中でため息をついた。
彼の正体を知りたい気持ちは強く、しかし追い求める術は限られている。
この世界に転生して初めて<前にいた世界>のお酒を売ってもらった時の衝撃が心の奥に引っかかっている。初めて会った時は感動で何もできなかったのを覚えている。
彼には聞きたいこと、確認したいことがまだ山ほどある。いつも会話もそこそこに酒瓶を2,3本売ってもらったら姿を消してしまう。いつもはぐらかされるように煙に巻かれてしまう。そして、またしばらく会うことすらできなくなる。とてももどかしい存在だ。
市場を歩きながら、シュウは荷物を持ち直し、視線を周囲に巡らせる。人々の話し声、果物を売る声、子供たちの笑い声――すべてが混ざり合う雑踏の中、茶色の商人の姿はやはり影も形もない。
今日もまた、茶色の商人は見つからなかった。見つからないことの方が多いので、姿を追い始めたころの時よりは、心が疲れなくて済むようになった。それでもシュウはほんのわずかに眉をひそめる。今日の彼の目の奥には、眠気と期待が混ざり合った複雑な色が宿っていた。
市場の通りを抜けると、屋台の熱気と人々のざわめきが、背中を撫でるようにゆっくりと遠のいてゆく。シュウはやがて静かな小路に足を踏み入れ、自分の店へと向かっていった。




