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異世界でバーを開いたら魔王が入り浸っているんだが  作者: 楢館祥人


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8-2 雨の強い日

シュウが出発の支度をしようと決意したその時、クローヴェルが店の扉を押し開けた。

外から湿った空気が一瞬で店内に流れ込み、彼は肩や鎧についた水滴を払うと、穏やかで重みのある声とともに笑みを見せた。


「いやぁ、今日はひどい雨だな。 また来たよ、ご主人。」


シュウは思わず立ち止まり、深く息をつく。団長の存在は、常に周囲の空気を変える。圧倒的な存在感と静かな威圧感が同時に、二人の間の空気を引き締める。


「ごめんなさい。今日はもう、店を閉めようかと思ってまして。」

「あ、いや、すまない。 今日は飲みに来たんじゃないんだ。」


思いがけない返しに、シュウは思わず目を瞬かせた。クローヴェルは早速に紙の束を取り出し、シュウに依頼を告げた。


「この手配書を、店の中に貼ってくれないか。」


シュウはその手配書を受け取り、目を通す。そこに写っていたのは、見知った魔族の顔だった。今まさに、彼について何か知っていることはないかと、鍛冶屋に向けて出発しようとしていたところだった。手配書には、赤黒い肌、鋭い牙、そして縦に細く裂けた赤の瞳――ザクレトの顔が載っていた。


「先日のデゴル山での戦いで取り逃した魔族だ。」


クローヴェルは手渡した手配書を見ながら、静かに語り掛けた。

手配書には”要注意・危険な魔族 懸賞金10,000,000セル”とだけ記されていた。


「……名前は?」

シュウが訊ねる。


「わからぬ。」

クローヴェルは短く答える。


シュウは顔写真をじっと見つめながら、胸の奥に焦燥が滲むのを感じた。無意識のうちに眉間に皺が寄り、それを見透かしたのか、クローヴェルが小さく首をかしげる。


「? 何か知っているのか?」

「え? いや、何も。ないです。」


シュウは動揺を抑えようとするものの、声にはかすかな震えが混じっていた。クローヴェルは王都でも屈指の衛兵だ。少しでも疑いを持たれること、――気づかれるだけでも危険だと、シュウは理解しているつもりだった。


クローヴェルは大きく息を吸い、カウンターに腰を下ろそうと店の奥へ入ってきた。


「そうか。 やはり、一杯頼めるか? 勤務中だが、この大雨だ。少し体を温めたい。」

「あ…。 ああ、はい。どうぞ。」


シュウは、はっと我に返ったようにおぼつかない動作で手配書をその場に置き、おしぼりを準備する。


「店を閉めようとしていたのに、申し訳ない。」

「……。」(そうだった。)


静かな店内に沈黙が流れる中、シュウの頭にはピトの手紙とザクレトの手配書の二つが、重くのしかかっていた。

シュウはおしぼりを渡すと、手配書をその場に置いたまま、団長の方を見て立ち尽くす。


「…。 メニューをもらえないか?まだここのお酒には明るくないんだ。」


困った表情を浮かべるクローヴェルが、静かに告げる。


「あ、ああ、すみません……どうぞ。」


シュウは手元を整え、メニューを差し出す。そしてようやく手配書を手に取り、店の掲示板に画びょうで打ち付けた。


団長はシュウの微かな動揺を見逃さぬよう、メニュー越しに彼を観察している。シュウはその視線の重さに一瞬息を詰めるが、深呼吸をして集中を取り戻した。


「この、”マンハッタン”というのにしようかな。」


時間をかけて、クローヴェルは”マンハッタン”を注文した。


静かにカウンター越しでお酒を作り始めるシュウ。

普段なら客の表情を観察しながら接客するのだが、頭の中は手紙と手配書でいっぱいだった。デゴル山での戦い、取り逃した魔族、そしてサルマや銀環聖団の動向……。考えれば考えるほど、不安が頭を支配する。


(取り逃がした、ということは、ザクレトはデゴル山の戦場にいたのか。サルマも参戦していたはず。まさか二人が対峙したってことはないか?)


体に叩きこまれたオペレーションは、考え事をしながらでも自然に体を動かせる。

シュウはカクテルグラスとミキシンググラスに氷を入れて冷やし、ミキシンググラスにライ・ウイスキー、スイート・ベルモット、アンゴスチュラビターズを注ぎ入れて、優しくステアする。カクテルグラスの氷を除き、カクテルを注ぎ入れ、カクテルピンに刺したチェリーを飾って完成させる。


出来上がった”マンハッタン”を団長の前に滑らせるように出し、シュウは手を動かしたことで少し落ち着きを取り戻したのか、さっきまで重かった口を開く。


「……あの、そのデゴル山での戦いって、銀環聖団も参加していたんですよね? 彼らの消息を……。」

「ようやく話し始めてくれたか。」


クローヴェルは穏やかに言い、シュウの問いを遮った。しばらく無言のまま観察されていたことに、シュウ自身すら気づいていなかった。


「何か、思いつめていた様子だったが、大丈夫か?」

「あ、え……あぁ、大丈夫です。申し訳ありません、ボーっとしてしまって。」


シュウは答える。


「銀環聖団だったね。メンバーのほとんどはドランベルに帰国できている。今回の戦いは人類側の勝利だと聞いているよ。」

「そう……だったんですね。」


「銀環聖団に知り合いでもいるのか?」

「ええ、冒険者の友人が加勢すると言って……しばらく会えていません。」


「そうだったのか……。それは、心配だな。」


クローヴェルの表情は硬い。

団長はマンハッタンにゆっくりと口をつけながら、掲げた手配書を見て話題を変える。


「…その魔族だが、突然戦場に現れて、天候を嵐に変え、戦場を荒らしたそうだ。」


シュウは、クローヴェルの目を見据え、話に耳を傾けた。


「嵐は戦場にいる者全員が前後不覚になるほどだったという。しかし嵐が止むと、魔族の軍団は一匹残らず姿を消したそうだ。」

「消えた?」


「ああ。統制の取れた魔族というだけでも珍しいが、その動きを撤退と見なすと、魔王が率いる軍隊だったのではないかと考えている。」


シュウは黙って聞き入った。


頭の中でサルマや仲間たちが戦場で遭遇している可能性が、悪い予感としてよぎる。無事でいてほしいと願う気持ちと、何かあったらどうしようという不安が入り混じり、胸を締め付けた。


「もし戦争の準備を進めているのだとしたら、とんでもない脅威だ。」


顔を下に向けたまま、迫力ある姿を見せるクローヴェルに、シュウも息をのむ。

その瞬間、店の扉が勢いよく開き、びしょ濡れのサルマが滑り込むように入ってきた。


「久しぶりだな! 帰ったぞ!」


数か月前と変わらない姿の友人が勢いよく顔を出したのをみて、シュウは驚きと安心が入り混じり、目頭が熱くなる。


「…ははっ。生きてたか。」

思わず口元がほころぶ。


「約束通り、帰ってきたぜ。」


シュウは急いでバックヤードからバスタオルを持ってきて、サルマに手渡す。

サルマは肩から滴る水を拭いながら受け取り、シュウは胸の中の重みが少しずつ解けていくような感覚を覚えた。相談したいことが山ほどある。


クローヴェルは、そのやり取りを静かに見守っていた。

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