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異世界でバーを開いたら魔王が入り浸っているんだが  作者: 楢館祥人


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7-3 嵐の前触れ

カラン――。


鈴の音が、静かな店内に涼やかに響いた。

夜の闇を背にして訪れたのは、見慣れぬ男だった。


背が高く、肩幅が広い。

厚手の黒いマントの下には、銀の鎧が鈍く光り、手甲と脛当て、重そうな鉄靴が床を軽く鳴らす。

腰には長剣。柄には、見覚えのある紋章――王国の象徴、三翼の鷹。


貴族のような気品と、戦場を歩いてきた者の静かな圧が同居していた。

その存在感に、カウンターにいた三人組の常連たちの笑い声が一瞬で止んだ。


「いらっしゃいませ。」

シュウは、声の調子を整えるようにして口を開いた。

男は一度、無言で店内を見渡し、やがてゆっくりとカウンター席に歩み寄る。

重い靴音が一歩ごとに響き、そのたびに空気が締まっていく。


席に腰を下ろすと、彼は手甲を外し、静かにカウンターへ置いた。

その金属の表面は見事に磨かれており、ランプの光を受けてまばゆく反射する。


「美味しいエールが飲めると聞いて来た。」


低く通る声だった。

どこか威圧的でありながら、響きには品がある。


「ご来店ありがとうございます。何に致しましょう?」

「メニューはないのか?」

「ございます。こちらをどうぞ。」


メニュー表を差し出し、少し距離をとる。

男は黙ってページをめくりながら、視線だけであたりを観察していた。

その間、カウンターの三人組は、肩を寄せ合ってひそひそと何かを話している。

そして、まるで何かを察したように、男の一人が小声でシュウに囁いた。


「……お会計、頼むよ。」

「え? もうお帰りですか?」

「ああ、ちょっと……な。」


妙な気配を感じつつ、シュウは三人組の会計を済ませる。

三人は今来たばかりの客の方に軽く会釈しながら、その横を通り過ぎていく。

男はその様子を無表情で見送り、軽く顎を引いた。

それはまるで「気にするな」とでも言うような仕草だった。


三人組が足早に店を出た後、扉が閉まり、再びの静寂。

シュウはその様子を不思議そうに見ていた。

「……すまない。この“ラスティ・ネイル”というのを頼む。」

「かしこまりました。」


淡々と応じ、シュウは手元の作業に取りかかる。

バーカラビナではラスティ・ネイルをオールドパーとドランブイで作る。琥珀色の液体がグラスの内でゆっくりと混ざり合い、香ばしい甘さを帯びた香りがふわりと立ち上る。


男は静かに口を開いた。

「さっきの三人組を帰らせてしまったようだな。ご主人にはすまなかった。」

「いえ、お客様が気にされることではありません。」


そう言いながら、紳士な態度の男を横目に、手元に集中するシュウ。

「いや……おそらく、私が騎士団の者だからだ。」


シュウの手が一瞬止まる。

氷がカランと音を立て、静寂がそれに続いた。


「王国騎士団の方……ですか?」

「ああ。セレナス王国騎士団アルケインの団長、クローヴェルだ。」

「……団長、さん。」


その名は誰もが知っている。

セレナスの治安と国境防衛を担う三大守護団のひとつ、その最高位。

彼の前に立つというだけで、背筋が伸びるような威厳があった。


「団長ともあろうお方が、なぜこのような小さな店に?」

「街で評判を聞いたんだ。とても良い酒を出すと。……それに、最近はどうも寝つきが悪くてね。」


冗談めかしたように言いながら、軽く笑う。

だがその笑みの奥には、戦場の匂いがあった。


「一度来てみたかったんだ。」

「それは、…光栄です。」


そう言いながら、完成したお酒を団長の前に滑らせていく。


「お待たせしました。ラスティ・ネイルです。」


琥珀色の液面がランプの灯りを受けて、金色に揺らめく。

クローヴェルはグラスを取り、ひと口、口に含んだ。

そして、少し目を細める。


「……これは、いい。柔らかくて、深い甘みだ。」

「お気に召していただけましたか?」


シュウは自身をもって提供できたことに、誇りを感じた。


「これには、”ハチミツ”を感じる。…なぜだ?」

「ドランブイというリキュールに、ハチミツが使われているんです。ウイスキーと混ぜることで、香りが丸くなるんですよ。」

「そうなのか…そんなお酒があるのか…。」


団長はグラスを指で軽く回しながら、独り言のように続ける。


「最近になって、ハチミツの効力の一つに、魔素を中和する力があることが分かってきてな。」


シュウの心臓が小さく跳ねた。


「魔族に有効であると、研究されている。やつらにとっては”毒”になるようだ。」

「毒…ですか?」

「ああ。魔族との抗争が激しい北国では、人の姿に化けて潜り込む者もいるらしい。だから魔族狩りの判別に使われているそうだ。」


団長は穏やかな口調のまま、ちらりとこちらに目を向けた。琥珀色の光が瞳の中で鋭く反射する。

シュウは息を詰め、作り笑いを浮かべた。


「……それは、恐ろしい話ですね。」

「いや、むしろ安心のためだよ。」


団長はグラスを軽く揺らしながら、微笑を浮かべる。


「お酒で楽しみながら、魔族の見分けもできる。…いい宣伝になりそうじゃないか?」


団長の話は、途中からもう耳に入ってこなかった。

――ハチミツが魔族の弱点だということを、自分以外にも知っている人間がいた。

それも、この国でも屈指の実力を誇る王国騎士団の団長が。


その事実が、じわりと胸の奥を冷たくしていく。

ザクレトの正体が知られるかもしれない――。

そう思った瞬間、背筋を伝う汗が冷えた。


その直後――


カラン――。


静まり返った空間を震わせるように扉の鈴が再び鳴った。


「こんばんはー。」


明るくのんきな声。聞き慣れた声。

シュウの喉が、かすかに鳴った。


ザクレト。魔族の王。

人間の姿に化け、この店を頻繁に訪れる“常連”。


「っ……いらっしゃい。」

(馬鹿野郎っ……!! なんてタイミングで……!!)


笑顔を取り繕いながら、内心で頭を抱える。

ザクレトはいつもの調子で、ゆっくりと店内を見渡した。


「お、混んでるかと思ったけど、空いてるじゃないか。」


ザクレトの視線が、クローヴェルに止まった。

一瞬、表情が変わる。が、それもすぐに笑顔に戻る。


「はじめまして、かな? バーカラビナへようこそ! ここの酒は美味いだろう?」


なぜか自信満々の笑みで、今来たばかりの魔王が、ひとりでしっぽりと飲んでいた団長へ、気さくにも話しかけた。

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